第153話 真意

 このままでは「島の中央で魔石を見つけた」という報告だけになってしまう。たったそれだけの成果では次の冒険者が派遣されることになるだろう。もしかすると、他の研究員たちも呼ばれるかも知れない。そのときに何かあればどうなるか。

 プラチナランク冒険者であり、かつ、先陣を切ってこの場所に来たからにはそれなりの結果を残す必要があるだろう。


「あとはあの大きな魔石をどうするかだね。近づいて調査するとしてもそこからどうするか……」

「夕暮れまでにはまだ時間はあるが今日のところは一度戻ろう。今日は昨日の反省を生かして、この島から少し離れた場所まで飛行船を移動させる予定だからな」

「そうだったね。食料にはまだまだ余裕があるし、何も焦る必要はないよね」


 ここまで接近しても何も起こらなかったのだ。明日は必ず魔石に触れることになるだろう。もしかすると魔石までの別の道を作ったことで魔物が湧き出てくるかも知れないしね。


 俺たちは細心の注意を払いながら飛行船へと戻った。無事に到着し、遠くに「聖なる大地」が見える場所まで飛行船を移動させると、残っていた研究員たちと共に今日の成果について話した。


「魔石の近くにも何もなかったのか。そうなると、島一つを浮かべることができる魔法が存在すると言うことだな」

「単に空を飛ぶだけなら俺たちも使えますからね。でもこれだけの大きさのものをこの高さで維持するのにはかなりの魔力が必要になるはずですよ」


 俺とリリアは何かの参考になればと思って、研究員たちに空を飛ぶ魔法について話した。俺たちが空を飛べることは知っていただろうが、これまで研究員たちの目の前で使ったことはなかったのだ。


「なるほどな。そうなると、あの巨大な魔石から魔力が供給されていると見るべきだな」

「あたしもそう思うわ。地上に出ている部分はそうでもなかったけど、地面に埋まっているところからは魔力がたくさん出てるんじゃないかしら?」


 リリアも研究員と同じ意見のようである。ずっと魔石を見ていたのは魔力の流れを確認するためでもあったようだ。もしそうなら、あの巨大な魔石の魔力が枯渇すれば、この島は地上に落ちると言うことになる。


「そうなると問題になるのは、あとどのくらいあの巨大な魔石の魔力が残っているかだね」

「リリアちゃんはそれについてどう思うの?」


 みんなの注目がリリアに集まった。この中で魔力の流れがハッキリと見えるのはリリアだけだ。俺は感じることしかできない。


「ハッキリ言って、分からないわ。その辺りを流れている『濃い魔力の流れ』は分かるけど、魔石の中にどのくらいの魔力が入っているのかは分からないわね」

「魔石の中に残っている魔力量を調べるなら、研究員たちの方が向いているんじゃないの?」


 今度は研究員たちの方に注目が集まった。飛行船は魔石から魔力を供給されることで動いている。そのため、魔石にどのくらいの魔力が残っているかは常に調べているはずである。


「確かに可能だが……あれはちょっと大きすぎるな。あの大きさに見合った装置を作らねばならん」

「そうだな。さすがにあの大きさは想定外だ。明日大きさを測って、アカデミーで新たに装置を作り直さなければならないな」

「それならやはり、一度あの魔石を詳しく調べる必要があるのか」


 アーダンが考え込んでいる。いつも見ている魔石とはちょっと色が違うが、しっかりと濃い色がついていたし、すぐに枯渇するということはないだろう。それでも念のため、魔力を供給しておくべきだろうか。


「それにしても色が違う魔石か。土の精霊の影響があるからなのだろうか。その辺りも調べないとならんな。我々が知る魔石と違う性質を持っているなら、これまでのやり方では正確に測定できないかも知れん」

「こればかりは明日、詳細に調べてみるしかないな」


 研究員たちは魔石をもう少し詳細に調べたいようである。そこまでできれば、今回の成果としては十分なのではないだろうか。次に来るときには巨大な魔石に残っている魔力量を調べることができるだろう。


「それでは明日はあの魔石を調べることにしましょう。ただし、何が起こるか分からないので、その覚悟だけはしておいて下さいね」

「分かっておる。情報を持って帰ってこその研究者だ。無理はせんよ」


 その後はどのようにして魔石を調べるのかについて、研究員たちは遅くまで話し合っていた。俺たちは魔石を調べる術を持っていない。お任せすることしかできなかった。


「ごめんね、あたしが魔力量を見極められれば良かったのに……」

「気にしないでよ。今までそんなことをする必要がなかっただけの話さ。まあこれからは魔石の魔力量を調べる必要が出てきそうだから、やり方を探すのも良いかもね」


 寝袋の中で落ち込んでいるリリアを優しくなでながら励ましてあげる。気休めのつもりはない。これからは飛行船で旅をする時代がやって来る。そのときに必要になるのは動力源である魔石に残存する魔力量だ。きっと無駄にはならないはず。


「研究員たちも言っていたけど、確かにあの色は気になるね」

「そうね。あたしも初めて見るわ。まるで土の精霊が溶け込んでいるみたい……」

「怖いこと言わないでよ」


 そうなると、あの魔石そのものが土の精霊と言うことになる。それだと、巨大な魔石の中に封じられていた風の精霊とは違い、魔石を壊すと言うことは土の精霊を倒すことになってしまう。


「姉御が言うこともあながち間違いではないかも知れません」

「ピーちゃん……」

「土の精霊の気配がないのは、完全に魔石の一部になっているからなのかも知れませぬ」

「それだと土の精霊を助けられないわ。何か方法は?」

「もう手遅れかも知れない」

「そんな……」


 シルキーの言葉に思わずリリアと二人で絶句した。シルキーも悪気があって言っているわけではないのだろう。万が一のときに、俺が魔石を壊すことをためらわないようにするためにあえてそう言ったのだろう。

 それが分かるだけに、それを言わせてしまったシルキーを申し訳なく思ってしまう。

 あいている方の手でシルキーをナデナデしていると、カゲトラが難しい顔をしていた。


「殿、あの魔石からエナジー・ドレインを使って、土の精霊だけを回収することはできませぬか? 殿の中に土の精霊だけを取り込むことができれば、我々のように再誕させることもできるやも知れませぬ」


 俺ってみんなを再誕させていたんだ。良いの? そんな世界の創造主がするようなことをただの人間がやっちゃって。神様に怒られないか心配だ。というか、もうすでにやっているのか。今のところ問題がないところを見ると、大丈夫のようだ。


「よし、カゲトラの意見を採用しよう。どのみち放置していたら『この星』が何を仕掛けて来るだろうからね。もしかすると『聖なる大地』を地上に落として、土の精霊を利用して大地震を起こすかも知れない」

「その可能性は高いわね。土の精霊もフェルの監視下に置いておいた方がいいわ」

「それはそうなんだけど……言い方! そんな言い方をされるとちょっと傷つくから」

「ごめんごめん。これで許して」


 心の広い俺は許してあげることにした。


「ボクたち、ここにいない方が……」

「なりませぬぞ。正式に結婚しておらぬのにそのような不純は許されませぬ!」

「エッチ」


 その夜はなかなか眠りにつけなかった。

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