第149話 聖なる大地

 その日から、何度もアカデミーに通っては飛行試験を繰り返し、様々な動きの確認を行った。得られた情報はすぐに研究員たちに送られ、飛行船二号の開発に使われるようである。毎日のように乗っていたので、ずいぶんと飛行船での生活にも慣れてきた。

 そんなある日の夕食。アーダンが切り出した。


「そろそろ『聖なる大地』を目指しても良いんじゃないのか?」

「そうだな。飛行船にも慣れてきたし、今なら寝泊まりもできるんじゃないのか?」

「そうね。夜間飛行をどうするかにもよるけど……」


 ジルは賛成のようだが、エリーザは慎重に運びたいようだ。空の高いところを飛んでいれば山にぶつかることはないと思うんだけど、夜はやっぱり進まない方が良いだろうな。


「夜は地上に降りるか、進まないようにすれば良いんじゃないかな?」

「それが良いわね。風の影響をなくす魔道具はしっかり働いているみたいだし、知らない間に風に流されるようなことはないわよ。魔物に襲われてもバリアの魔法をあらかじめあたしたちが使っておくから問題ないわ」


 リリアが自信たっぷりにそう返事をした。聖なる大地はどうも海の上に浮かんでいるみたいなので常に地上に降りるのは難しいかも知れない。だけど俺たちが魔法を使えば上空での安全はそれなりに確保できると思う。


「分かったわ。『聖なる大地』にはいつか調査に行かなければならないことになるわけだし、まずは試しに行ってみましょう。ダメそうだったらそこで対策を考えましょう」


 それもそうだな。まずは軽い気持ちでやってみよう。最初から成功する必要はないのだ。何度も失敗しながら前に進んで行けば良いだけだ。

 次の日からさっそく準備を開始した。食料を準備し、飛行船の中で眠れるように寝床を準備する。もう少し大きな船体だったら二段ベッド付きの個室も作ることができたのかも知れないが、残念ながらこの船にはなかった。


「本当に必要な物しかないわね、この飛行船」

「そうだね。まずは空を飛ばすことを目的にした試作船第一号みたいだからね。二号船からはきっと個室もお風呂もついているよ」

「二号船ができたら交換してもらうのもありね」


 リリアが怖いことを言っている。それは俺だって性能の良い飛行船の方が良いけど……何度も乗っている間にこの船に愛着が湧いたのも確かである。そのうち自分たちだけで飛行船を運用することができるようになったら、そのときに内装を作り直しても良いような気がする。

 ルガラドさんに頼んだら、喜んで改造してくれることだろう。


 飛行船での旅の、最後の壁となっていた夜間飛行は思ったよりもすんなりとうまく行った。お試しで空に浮かべたままにしておいたのだが、風を防ぐ魔道具のおかげで、ほとんどその場から動くことなく夜を過ごすことができた。これなら空の上で休んでも安心だ。何なら地上よりも安全なのかも知れない。


 空を飛ぶ魔物はそれほど多くない。ハーピーだってここまでの高さまでは飛んでこない。飛んでくるとしたらドラゴンくらいだろうけど、ドラゴンはそうそうお目にかかれる魔物ではない。俺たちが二度、ドラゴンに遭遇しているのは運が悪いだけだ。……そう考えると三度目がありそうで怖いな。


 十分に夜間飛行訓練を行い、自信をつけた俺たちはいよいよ「聖なる大地」を目指すことになった。同行する研究員も一緒に訓練を行っているので問題はない。飛行船二号には俺たちの要望通り個室がつくそうだ。だがお風呂は無理だったらしい。残念。


 研究のため渡しておいたコンパスを返してもらい、飛行船の進路を確認する。コンパスは今のところ一つしかない。慎重に調査を進めて行く必要がある。だがしかし、プラチナランク冒険者としてはそれなりの成果を上げておきたいところだ。同乗する研究員たちもきっと同じ意見だろう。


 研究員たちやアカデミーの人たちに見送られて俺たちは「聖なる大地」を目指した。

 もちろんこのことは冒険者ギルドにも伝えてある。そこに「土の精霊」がいる可能性が高いことをギルドマスターのラファエロさんに伝えると、無理はせずに必ず帰って来るようにと念を押された。


 何度も飛行試験をしていたおかげで問題なく大陸の端までやって来た。そこから先の景色にはひたすら青い海が続いている。ここから先に進めば何かあった場合は海に着水することになる。もちろんその辺りのことは考えられており、海の上でも進むことができる。

 王都近くの湖で試していたらずいぶんと大きな騒ぎになっていた。


「海に落ちても大丈夫って言われても、なるべく落ちたくないわね」

「そうならないようにしないとね。飛行船の性能は問題ないし、あとは天気と魔物くらいかな? その天気も、嵐が接近すれば上空に上がれば良いだけだし、何とかなるよ」

「そうね。そうよね」


 今頃になってちょっと気後れし始めたリリアを優しくなでる。正直なところ、魔法があるので何とでもなるような気もしている。みんなの中では一番、俺が落ち着いているんじゃないかな?


 ピーちゃんたちは研究員たちに紹介済みだ。妖精リリアの友達ということにしている。こうしておけば、妖精様を信仰している彼らがそれ以上深く追求してくることはないからね。


 その日はその場で着陸してから飛行船の最終点検を行った。同時に魔力の補充も行う。空を飛んでいる最中でも俺が随時魔石に魔力を補充するので問題ない。魔石に直接魔力を送り込むことができる俺だからこそ、なせる技である。


 研究員たちが再現しようと頑張ったが無理だった。他の飛行船には魔力補充用の魔石が大量に乗せられることになるそうだ。その分、船室を狭くしなければならないとぼやいていた。


 翌日、地上で朝食を食べ終えるといよいよ「聖なる大地」に向けて出発した。道中は快晴が続き、大陸から離れてから三日後に空に浮かぶ島が見えて来た。


「あれが『聖なる大地』で間違いなさそうだ。コンパスもあそこを指し示している」


 操縦室でそうつぶやいた研究員の声が震えている。双眼鏡を持つ手も震えていた。すぐに船内が慌ただしくなった。双眼鏡をみんなに回して信じられないような顔をしている。

 俺たちはイーグル・アイを使ってその島を確認する。中央に一際高い山がある。てっきりハーピーなんかがいるのかと思っていたのだが、特にその島の周囲を飛び回る生き物はいなかった。


「どうリリア? 何かアナライズに反応はあった?」

「魔石の反応があるわ。それ以外は何もないわね。生き物や魔物はいなさそうね」

「魔石……それが土の精霊なのかな? みんなは何か感じた?」

「まったく何も感じませんね」

「それがしも同じでござる」

「いない。たぶん、私と一緒」


 何かを感じ取ったのだろう。シルキーがハッキリとそう言った。私と一緒。つまり、完全に「この星」に意識を乗っ取られていると言うことだ。そうなると、土の精霊を救い出すにはその魔石を壊す必要がある。そのときに「この星」がどのような抵抗を見せるのか。

 ひとまずこのことをみんなに話すことにした。


「魔石があるみたいだ。どうやらそこに土の精霊が封印されているみたいだよ」

「魔石に封印されているのか。風の精霊のときと同じだな。どうする? 魔石を壊すか?」

「そうしたいけど、まずはあの島を調査するのが先決だろうね」


 ゆっくりと近づいて来る空島を見ながら、何が起こっても良いように警戒を強めた。

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