第148話 空を走る
運命か。確かに何かに導かれているような気がする。それならば、俺たちが飛行船で「聖なる大地」に行くのも運命なのだろう。
「どんな運命が待ち受けているのかは知らないけど、それなら行くしかないわね。飛行船はできているわよね?」
「もちろんですとも。いつでも飛び立つことができるようにしてありますよ」
「そう来なくっちゃ!」
リリアが楽しそうに笑った。それを聞いた俺たちは目と口を大きく開けて驚いた。どうやらそれはデタラメではないようで、誇らしげに研究員たちが口元をゆがめている。
「もうですか? 前に来たときはまだまだ時間がかかりそうな感じだったのですが……」
「ハッハッハッハ! 私たちを甘く見ない方が良い。やるときはやるのだよ。まあ、ちょっと焦りすぎて初飛行は少し失敗したんだがね」
「え?」
初飛行に失敗した? それって大丈夫なの? 俺たちの不安が顔に出ていたのだろう。慌てて研究員が両手を振りながら否定した。
「違うんだよ。飛行自体は問題なく成功したのだよ。ただ、舵を切り損ねてね。ちょっと建物の屋根に当たってしまったのさ」
「あー」
ここに来る途中で見た壊れた屋根は飛行船がぶつかった跡だったのか。まだ修理されていないところを見ると、つい最近の出来事なのだろうな。それにもしかしたら、建物の修理費用が高くついているのかも知れない。
「あの、もし良かったら屋根の修理費用を出しましょうか? 飛行船を一隻無料でもらえるわけですし」
「フェルの言う通りです。修理費は我々が受け持ちましょう」
「ほ、本当か!? それは助かる。いやー、実は大事な研究予算を削られるところだったのだよ。これで飛行船の造船も研究も続けることができるぞ」
土の精霊のことは気になるが、近い将来、移動には飛行船が使われる時代が来ることだろう。そのためには今の研究は必要だ。フォーチュン王国は飛行船の分野で他の追随を許さない技術力を持つことになるだろう。十分な国益になるはずだ。
「それじゃ、さっそく飛行船を見せてもらおうぜ。飛行船の修理は終わっているんだろう?」
「もちろん。そもそも飛行船は壊れておらんからな。その程度の衝突で壊れるほど、柔な作りをしておらんわ」
ハッハッハと笑う研究員。その犠牲になったのが学園の校舎の屋根である。これは学園長から小言を言われても甘んじて受けるしかないな。
研究員たちに案内されて飛行船の格納庫へと向かった。そこは今は使われていない大きなダンスホールを改造した倉庫であった。さすがに生徒が使うにしては広すぎたんだろうな。無駄にならなくて良かった。いやもしかして、このときのために用意されていたのか? ……これ以上考えるのはよそう。何だか運命に翻弄されているようで怖くなってきた。
「これがあたしたちの飛行船……! かっこいいじゃない」
「そうでしょう、そうでしょう。妖精様ならそう言ってくれると思ってましたよ」
鈍く銀色に光る船体には妖精の羽のような絵柄が描いてあった。研究員たちの趣味なのかな? 何だか妖精を崇拝してる感じがさっきからしているんだけど。イタズラされたいのかも知れない。
「こいつはすごいな。まさかこれが俺たちの物になるとはな」
珍しくアーダンが感情を露わにさせている。普段は冷静な場面が多いのだが今回ばかりは興奮を抑えられなかったようである。その隣でジルがニヤニヤとしている。
「そうだよな、アーダン。早く空を飛んでみたいよな?」
「そうだな。飛んでみたいな」
「ちょっと、二人とも本気なの? さっきの話、聞いてた? 操縦を誤って建物の屋根に突っ込んだのよ。また突っ込んだらどうするつもりなの?」
エリーザが腰に両手を当てて二人をにらんでいる。驚きよりも怖さの方が勝っているようだ。気持ちは分かる。俺も自力で空が飛べなかったらきっとそう思っていただろう。
「エリーザは怖いみたいね」
「そうだね。エリーザは俺たちと違って空を飛べないからね。もしものときを考えると怖いんだよ」
「そうなのね。あたしには分からないわ」
それはそうだろうな。妖精は自由に空を飛べるからね。地上を歩いている方が稀だろう。リリアも食事のときか、寝るときか、くらいしか歩かないからね。そんな話をしている間に格納庫から飛行船が外へと引っ張り出されていた。
当然のことながら、何だ何だと学生たちが集まって来た。中には飛行船が出て来るのを何日もこの場で待っていたのか、むさ苦しい姿をした学生もいた。
「発掘された飛行船を一回り小さくしたような大きさだな」
「これなら、提供した魔石の魔力にも余裕がありそうだね」
「諸君、それは違うぞ。あの飛行船よりも強化されているのだよ。具体的には暑さや寒さをしのぐための魔道具が組み込まれておる。風に対する防御性能も段違いじゃ」
フォッフォッフォと眼鏡をかけた白髪交じりの研究者がそう言った。どうやらかなりの自信作のようである。魔法で代用することができるとはいえ、標準装備されているのならそれに越したことはない。空を飛んでいる間、ずっと気が休まらないのはちょっときついからね。
「さっそく飛ばしてみようぜ。俺たちでも操縦できるのか?」
「もちろんだが、それなりの操縦訓練が必要だ。そのうち覚えてもらえばいい」
「それはどういうことですか?」
「お前さんたちの冒険に我々も連れて行って欲しいのだよ」
そう言うと、合わせて四人の研究員が集まって来た。体つきは細く、戦闘要員をするのは無理だろう。
「この四人は古代文明を研究しているものたちだ。古代に使われた『機械』と呼ばれる魔道具の取り扱いにも長けている。『聖なる大地』に行くのなら必ず役に立つはずだ。もちろん飛行船の操縦ならお手の物だ。簡単な修理もできる」
そこまでの人材なら断る理由はないな。だが、危険な旅に連れて行くことになる。何かそれなりの報酬が必要だろう。
話し合いの末、報酬を支払うことで何とか決着をつけることができた。もちろん研究員たちが突っぱねようとしたため、話し合いは難儀したけどね。
その間に、飛行船の周囲では今や遅しと色んな人が詰めかけていた。
「それじゃ、さっそく空を飛んで見せようかの」
俺たちが乗り込んだのを確認すると、操縦者が何やら手元の鉄の板を操作し始めた。正面には船の舵のようなものがあり、どうやらこれを回すことで旋回するようである。
前回、飛行船に乗ったときには何かあってはいけないからと言って、操縦室に入れてもらえなかったのだ。しかし、今回の飛行船は俺たちの船だ。遠慮なく操縦室に入らせてもらった。そのうち自分で飛ばせてみたいからね。
徐々に高度が上がっている。どうやら先ほど操作したのは船体を浮かせるための魔法陣を起動するスイッチだったようだ。十分な高度に達したところで足下の踏み板を踏んだ。
それに応えるかのように飛行船が前へと進み始めた。
「やっぱり飛行船はすごいわね。空の上を走っているみたいだわ」
「そうね。まるで海の上を走っているのと同じような感じだわ。雲がすぐ隣にあったりして、ちょっと奇妙な感じがするけどね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。