第143話 竜巻の中へ

 周囲にいた冒険者たちが騒ぎ出した。しきりにその方向を見ては、指を差している。


「どうやら攻撃を仕掛けたみたいだな。これは俺たちの出番はなさそうだ」

「ああ、そうらしいな。これでフォーチュン王国に帰れるぞ。まさかウワサのベランジェ王国がここまでひどいとは思わなかった」


 冒険者たちもずいぶんと苦労してきたようである。それもそうか。途中の町や村は被害がひどくて、とてもではないが冒険者たちを受け入れられる感じではなかったからね。しかもよそ者。良い思いはしなかったに違いない。


「竜巻に攻撃してるけど、ちゃんと事前に調査したのかな?」 

「どうかしら? 調べていたら、矢を放っても無駄だと思うんじゃないの?」


 俺もそう思う。竜巻に矢を放ってもダメージなんてないんじゃないかな? そう思いながら竜巻を見ていると、再び周囲が騒がしくなった。


「お、おい、あれを見ろよ! 矢が、矢が戻っているぞ」

「矢だけじゃねぇ! 魔法も戻っている!」


 目の前では竜巻に吸い込まれた矢が、無情にも王都に雨のように降り注いでいた。竜巻に吸い込まれた魔法も、それに続いて王都に降り注ぐ。今の王都は地獄のようになっていることだろう。


「どうなっているんだ? 何かの魔法?」

「魔法じゃなさそうよ。竜巻に吸い込まれたものがそのまま戻ってるみたいね。どうやらあの竜巻は飛んできたものをそのままお返しする能力を持っているみたい」


 ここから王都までの距離は遠い。この場所からではどうすることもできず、ただ見ていることしかできなかった。それは俺たちだけでなく、他の人も同じだった。みんながぼう然とその光景を見ている。


「……ねえリリア、あの竜巻、少しずつ動いてない?」

「……フェルもそう思う? あたしもそんな気がするんだけど」

「それってまずくないか!? しかも王都に向かって進んでいるよね?」

「そうみたいね」


 俺たちの声が聞こえたのだろう。周囲がさらに騒がしくなった。中にはだれかに知らせに行くつもりなのか、どこかへと走り去る人もいた。


「まずいな、このままだと王都が破壊されることになる」


 アーダンが難しい顔をしている。どうやらノンビリと情報収集をしている時間はなさそうだ。周囲はますます慌ただしくなっていた。


「どうするの?」

「もう一度、騎士団長と話すしかないな。このままだと、情報を集めている間に王都は壊滅する」


 急いで騎士団長がいるテントへと向かう。そこには他の冒険者たちの姿もあった。情報が交錯しているのか、あちらこちらから怒鳴り声が聞こえている。人が右往左往しているテントの中で騎士団長を見つけると、人混みをかき分けながらそこへ向かった。


「騎士団長、竜巻が王都に向かっている話を聞いていますか?」

「おお、君たちか。先ほど自分の目で確認したところだ。王都にはすでに王族も貴族もいないだろう。だが、住人の多くは残っているはずだ。見捨てるわけにはいかない。どうにかならないだろうか?」


 フリーデル公爵からの手紙で、すでに権力者たちが逃げていることを知っているのだろう。それでもそこにいる人たちを助けて欲しいと言ってきた。俺たちが王侯貴族の捜索には手を貸さないと言ったのを気にしているのだろう。庶民ならあるいは、と思っているのかも知れない。


「外部からの攻撃は無意味でしょう。全て自分たちのところへと跳ね返って来るはずです。やるならば、竜巻同士をぶつけて勢力をそぐくらいでしょうか」


 先ほどのリリアの意見を踏まえて、アーダンがそう口にした。こちらも同じように竜巻を作り出し、ぶつけることは可能だろう。だがしかし、それを見た周辺の住人がどう思うか。同じようなものを作り出せる人がいると分かれば騒ぎ出かねない。何か別の方法が……。


「リリア、三つの大きな魔石からあの竜巻に集まっていた魔力がどの辺りに集中していたか分からない?」

「どの辺りって……確か、上の方だったわよ」

「そうなると、魔力を集める装置のようなものが竜巻の上の方にあるハズだよね?」

「たぶんそうなるわね」

「上からその場所に直接行けないかな?」


 思ってもみなかったのか、それを聞いたみんなが驚いたような顔をしている。あれ? 結構良い考えだと思ったんだけど、ダメだったかな。


「直接乗り込むのか。危険過ぎないか?」

「確かに危険だと思う。でも、竜巻の中がどんな様子になっているのかを知るだけでも価値があるんじゃないかな」

「それもそうね。あの巨大竜巻の中がどうなっているのかが分かれば、何か対処方法が見つかるかも知れないわ」


 エリーザは一定の理解を示してくれたようだが、アーダンは容認できない様子である。俺たちだけが危険な目に遭うことを気にしているのだろう。


「飛行船があれば俺たちも行けるのにな」

「さすがにそれは危険過ぎると思うよ。俺たちなら魔法でどうにかなるから大丈夫。このまま手をこまねいていると、被害が増えるだけじゃないかな?」


 ようやく納得してくれたのか、重々しく首を縦に振った。ひとまずはこれで決まりだな。あの巨大竜巻のことを調べるためにも、一度、竜巻の中へ入ってみることにする。

 攻撃が自分たちに跳ね返ってきた今なら、再び竜巻に攻撃することもないだろう。やるなら今しかない。


「少しでも竜巻の注意を引くために、我々は陽動作戦を行うとしよう。王都から竜巻を引き離すことができれば、その間に住人を避難させることもできるからな」


 あの竜巻に意志があるのかどうかは分からないが、もし意識がそちらに向いてくれるのならありがたい。より安全に近づくことができるはずだ。

 作戦はすぐに決行された。アーダンたちはここに残り、陽動作戦の支援をすることになっている。冒険者たちは情報収集だ。


「それじゃ、行ってくるよ。竜巻まではひとっ飛びだからね。すぐに戻って来られると思うよ」

「十分に気をつけてくれよ。竜巻さえ消えれば、俺たちにもできることがあるはずだ」


 みんなに手を振って応えると、回り込むように竜巻へと向かった。意味があるのかどうかは分からないが、何もしないよりかはマシだろう。ピーちゃんとカゲトラを呼び出し、こちらの準備はできた。


「リリアはアナライズと防御魔法を頼むよ。移動は俺に任せて欲しい。ピーちゃんとカゲトラも魔力の消費を抑えておいて。何か気がついたらすぐに言って欲しい」

「わずかですが、あの中に風の精霊の気配を感じます。前まではまったく感じなかったのですが……」

「確かにピーちゃん殿の言う通りですな。もしかして、三つの魔石を壊したことであの竜巻の中に何かしらの変化があったのかも知れませぬ」


 周囲の三つの魔石で風の精霊の意識が封印されていたのかな? そうだとすれば、竜巻の中心に向かえば、風の精霊に会えるかも知れない。

 近づくに連れて風が強くなっているようだが、リリアのウインド・バリアのおかげほとんど風を感じることはなかった。


「中心付近に強い魔力の反応があるわ。だけど、どうも魔石みたいなのよね」

「風の精霊じゃないのかな?」

「うーん」


 リリアが首をひねっている。てっきり中心部にいると思っていたのだが、どうも違うようである。これはますますあの竜巻の中に入ってみなければならないな。

 目の前の竜巻は相変わらず王都に向かって進んでおり、今では王都の城壁を破壊し、そのまま王宮の方へと直進を続けていた。


「竜巻の中心部が見えて来たわ! やっぱり魔石があるわ。それもかなり大きい!」


 そこにはこれまで見たこともない大きさの魔石が宙に浮いていた。どう見ても、この魔石を中心にして竜巻が形成されている。となると、この魔石をどうにかすればこの竜巻も消えるはずである。

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