第140話 最後の守護者

 最後の場所へと向かう。心なしか空を吹く風が弱まっているような気がする。巨大竜巻も少し小さくなっているようだ。


「最後の場所にはどんな魔物が守っているのかな?」

「さすがにウインドドラゴンがもう一体いるとは思えないけど……グリフォンとかフェンリルとかじゃないかしら?」


 首をかしげながらリリアが答えた。俺もウインドドラゴンがもう一体いるとは思えない。ドラゴンがそう何匹もいたらたまらない。多数のドラゴンを操ることができるなら、ドラゴン軍団だけで地上を踏みにじることは可能だろう。


「二匹同時、という可能性もあるのか。アーダンたちが無理をしていないか心配だよ」


 さすがに合流するまでには二、三日はかかるだろう。その間に魔石がある地点の周囲の状況は調べているはずだ。もし、魔石の守護者と鉢合わせすれば戦うことになるだろう。

 アーダンたちが負けるとは思わないが、さすがに無傷では済まないはずだ。


 移動を始めてから二日後、ようやくアーダンたちと合流することができた。魔石がある場所からはかなり離れていた。ここまで離れなければならないほど、強力な魔物が守っているのだろう。


「ずいぶんと早かったな。向こうは任せてきたのか?」

「いや、あっちにはウインドドラゴンがいたから手伝ってきたよ」

「まったく、フェルは大した男だよ」

「やったのは俺じゃなくて、ピーちゃんとカゲトラなんだけどね」


 俺たちは代わる代わる向こうであった出来事を話した。それを聞いた三人はため息をついた。ウインドドラゴンをボコボコにしたのはやり過ぎだったようである。二人には手加減というものを教えないといけないのかも知れない。


「フェルたちが早く来てくれたのは非常に助かる。ここに到着してから周囲をくまなく探索したのだが、魔石を守っている魔物が見当たらない。だが、エリーザが言うには何かしらの魔力の反応があるらしい。おかげでうかつに近づけなくて困っていたところだよ」


 アーダンにそう言われ、俺たちもアナライズで周囲を探ってみた。確かに魔石の周りに霧のようにモヤモヤとした魔力が満ちている。しかし、ハッキリとそれが何かは分からなかった。


「何かしらこれ? たぶん、近くに行ったら姿を現すんだと思うけど。ゴーストタイプかしら?」

「俺たちの考えもリリアと同じだ。恐らく近づけば姿を現すのだろう」


 そこでアーダンたちは俺たちが到着するのを待っていたようである。他の場所と同じく、魔石の周辺以外に他の魔物の気配はない。きっとあの酒樽型の魔石が周囲の魔力を吸収しているから、魔力を糧とする魔物が寄ってこないのだろう。


「ミスリルの剣があるから、前よりもゴーストタイプの魔物とは戦えるとは思う。だがそれなりに手こずるだろうからな。だからこそ、魔法が使える二人を待ってた」


 ジルが保存食をつまんでいる。合流したのが日暮れ間際だったため、今日はこのまま休み、明日の朝から現場を見に行くことになった。相手の姿が見えていれば対策を採ることもできたんだけどね。


「風を操るゴーストタイプの魔物っているのかな?」

「ゴーストタイプの魔物は色んな自然現象を引き起こせるわ。風と親和性が高い種類がいても驚かないわよ」


 エリーザがハッキリと言った。きっとすでにその可能性を考えていたのだろう。これはゴーストタイプの魔物で決まりかな? 明日、調査をすれば、また別の見方ができるかも知れないが。


 魔石を守る魔物は、他の場所と同じように、一定領域内に入らなければ攻撃を仕掛けてこないようである。そのおかげで、強行軍で疲れた体を少しは癒やすことができた。早くこの依頼を終わらせて、宿屋でゆっくりとしたい。


 翌朝、朝食を終えるとすぐに現地へと向かった。連れてこられた場所からは遠目に酒樽型の魔石が見えた。その周囲には大きな石や岩がゴロゴロと転がっている。みんなが言っていたように、魔石の周囲には魔物の姿はなかった。


「アナライズには反応があるけど、何もいないね。でも、ゴーストタイプの魔物が隠れているような不気味さも感じられない」


 ゴーストタイプの魔物が潜んでいれば、何となくだが悪寒と言うか、悪意と言うか、背中に何かを感じるのだ。


「確かにそうね。これは……ゴーレムじゃないかしら?」

「ゴーレム? そうなると、ウインドゴーレムか。あの周りに散らばってる岩が確かに怪しいね」


 あの辺りにある岩がウインドゴーレムになるなら、かなりの大きさになりそうだ。リリアが目を細めたり大きくしたりして確かめているので、そのうち分かるだろう。


「ウインドゴーレムか。確かにそんな魔物に不意打ちされたら、たまったものじゃないな」

「フェルたちを待っていて良かったわね。危うくそうなるところだったわ」

「不意打ちでエリーザが狙われたらまずいからな。治療の要がいなくなるのはまずい」


 ジルが真顔で岩場の方を見つめている。いくらジルが強くても、予期せぬダメージを受ければたちまち命を落とすことになりかねない。そしてエリーザに何かあれば……考えたくもないな。

 しばらくすると、リリアが結論を出した。


「ウインドゴーレムね。間違いないわ。あの散乱している岩のほとんどが魔力でつながっているわ」

「それって、かなり大きなゴーレムになるんじゃないの?」

「そうなるわね。ウインドドラゴンくらいの大きさになるんじゃないのかしら」


 どうやら普段見慣れたゴーレムの三倍近い大きさになるみたいだ。こちらの攻撃は当てやすくなるかも知れないが、弱点である核を探すのは困難そうだ。いや、ちょっと待てよ。


「リリア、ゴーレムの弱点である核はあるのかな?」

「たぶんないわね。もしそんなものがあれば、アナライズに反応があるんじゃないのかしら」


 その通りである。核の反応がないからゴーストタイプの魔物だと思っていたのだ。核のないゴーレム。完全な不死のゴーレムが俺たちを待ち受けているようである。


「どうする? と言っても、ひたすら破壊し続けるしかないのか」

「しかも切断しただけじゃ、ダメージにならない可能性もある。実に厄介だな」


 ジルの質問に、アーダンがそう答えて真一文字に口を結んだ。気になるのはそれだけじゃない。


「魔法もどれだけ通用するか分からないね。砕いたとしても、それがダメージに入るのかどうか」


 まずいな。決め手にかける。ピーちゃんとカゲトラがやったみたいに、問答無用で強力な魔法を撃ち続けて細かく砕くしかないのかな。


「厳しそうならこの位置まですぐに戻ってくれば良いんじゃないの? 今までのパターンだと、どこまでも追いかけて来ることはなさそうだけど」


 エリーザがウインドゴーレムがいる方向を確認している。どこまで逃げれば安全な位置になるのかを確認しているようだ。


「そうだね。すぐに逃げられるという点では、安全なのかも知れないね」

「ま、倒せるかどうかは別だがな。このままじゃ何も状況が変わらない。やってみるしかないな」


 ジルが装備の確認を始めた。俺たちも準備を開始する。ピーちゃんとカゲトラがうずうずした様子でこちらを見ている。使えるものは使った方が良いよね。エナジー・ドレインを使って、そっと二人に魔力を分け与えた。それに気がついたリリアが首を振っていた。


 ひょっとしたらあきれているのかも知れない。「フェルは甘い」って言われそう。だって、あんなつぶらな瞳で見られたら放っておけないじゃないか。

 お互いに準備ができたことを確認すると魔石に近づいた。反応はまだない。恐らく、近くまで来て油断したところで攻撃してくるつもりなのだろう。


 酒樽型の魔石が完全に目視できるくらいの距離になったとき、不意に周囲の岩が動きだした。やっぱりウインドゴーレムだったようだ。すでに予想していたアーダンが、ミスリルの盾で飛んできた大きな岩を防いだ。


 不意打ちに失敗したことに気がついたのか、つむじ風のように大小の岩が宙を舞うと、巨大な石のゴーレムが現れた。くっついている岩と岩の間からは、風魔法特有の緑色をした空気があふれ出していた。

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