第138話 ウインドドラゴン

 山を越え、谷を越え次の目的地へと近づいて来た。見下ろす景色は木がまばらに生えるだけになっており、短い草が生い茂る草原地帯に変わりつつあった。大地には巨大な竜が爪でひっかいたかのような跡がハッキリと残っていた。竜巻が通ったのであろう。


「ひどいわね。きっとこの辺りには春になればキレイな草花が咲いていたはずよ」

「そうだね。でも風の精霊を何とかすれば、また元の美しい場所に戻るはずさ」

「そうね。大地の魔力も十分に満ちているし、すぐに元に戻るわよね」


 ああ、なるほど。風の精霊がこの地に魔石を設置したのは大地に魔力が豊富に含まれているからだったのか。その魔力をエナジー・ドレインで吸い取って、あの巨大竜巻に送っているんだな。


「大地の魔力があるってことは、この辺りは魔物がたくさんいるんだろうね」

「んー、そうみたいね。小さいのから大きいのまで、色んな魔物がいるみたいね。あ、あっちにたくさんの反応があるわ。もしかしたらあれが探していた人たちじゃないの?」

「よし、行ってみよう」


 だがしかし、それはゴブリンが大移動しているだけだった。このベランジェ王国で被害を受けているのは人間だけじゃない。人も魔物も関係なく無差別に破壊して回っているようだ。どうやら本気で地上を更地にするみたいだな。


「ゴブリンだった……」


 なぜか落ち込んでしまったリリアをなでながらなぐさめる。これまでの経験から、フリーデル公爵家の騎士団だとおもったのだろう。


「アナライズが万能じゃないことはリリアも知ってるでしょ。そんなにガッカリしないでよ。あ、見てよ、あれ! あれがきっとそうだよ」


 遠くにギラギラと光る集団を見つけた。間違いなくあれは騎士が着ている鎧だ。全部で三百人くらいはいるだろう。かなりの数だ。急いでそちらに向かうが、その目の前で鋭い刃が幾重にも飛ぶような風が吹いた。あっという間にあれだけいた騎士たちの三分の一が倒れた。


「何だ、今の風!?」

「魔力を帯びていたわ。魔法じゃないわよ。あんな魔法は見たことがないわ」

「あれはブレスです、風のブレス!」


 ピーちゃんが羽をばたつかせながら叫んだ。どうやら過去に見たことがあるみたいだ。ブレスを吐くと言えばドラゴンなんだけど、まさか。


「もしかして、ウインドドラゴンがこの先にいるの?」

「可能性は高いですが、他にもウインドラビットだったり、グリフォンだったり、フェンリルも風のブレスを使います」


 グリフォンとフェンリルの名前はどこかで聞いたことがある。ウインドラビットはこの大陸にはいない魔物なのだろう。初めて聞く名前だ。すでに絶滅しているという可能性もあるが。


「とにかく急ごう!」


 急いで最前線へと向かう。フリーデル公爵家の騎士団は防御態勢を維持したままで後退している。あのブレスを受けて混乱しないとは、正直、驚いた。指揮官が有能なのか、騎士の質が良いのか。


 続けて飛んできた風のブレスをウインド・シールドで防いだ。風の勢いを弱めるなら、同じ風でかき乱した方が効率が良い。魔法のシールドが出現したことで、援軍が来たのが分かったのだろう。冒険者のだれかが叫んだ。


「賢者フェルが来てくれたぞ!」

「おおおおお!」


 え、俺、そんな名前で呼ばれていたの? 初耳なんだけど。今つけたとかじゃないよね? 困惑しながらも退却を手伝った。さすがに死者を蘇らせることはできない。今は負傷者を退却させることが先決だ。


「下がって下さい! 相手はあの場所からそれほど離れることができないはずです!」


 少なくとも、先に戦ったガルーダはそうだった。魔石を守ることを第一に動いていた。俺たちが足下でウロチョロしていてもまったく反応しなかった。まったく近づいてこなかった。それはすなわち、その場から離れることはないと言うことだ。

 予想通り追いかけては来なかった。風のブレスの範囲から外れたのだろう。それ以上、飛んでくることはなかった。


 後方にあった仮拠点へとやって来た。そこにはいくつもの緑の布で作られたテントがある。作戦会議や、診療所として使っているようだ。もっとも、負傷者が多くて外にあふれることになってる。


「現状を教えて下さい。向こうには何がいたのですか?」

「向こうにはウインドドラゴンがいた。斥候の話では、怪しい酒樽型の魔石を守っているみたいだ」

「俺たちが攻略した場所にも同じようなものがありました」


 驚いたように冒険者がこちらを見た。身につけている装備と落ち着きようからして、ランクの高い冒険者なのだろう。


「攻略した……そっちは何が守っていたんだ?」

「ガルーダです。そのガルーダは魔石の力で再生していたので、魔石を破壊しないと倒すことはできませんでした」

「何だって!? でも、その言い方だと、魔石を破壊できたんだよね」


 テントの中は静まり返っていた。俺たちの話に中にいる全員が耳を澄ませているようだ。ここで士気を下げるわけにはいかない。何としても魔石を破壊してもらわないと。


「そうです。ガルーダに大きなダメージを与えると、魔石にヒビが入ります。そこから破壊することができました」

「つまりそれは、ウインドドラゴンに大きなダメージを与える必要があるってことだね……」


 うめき声が上がった。とてもじゃないけど、無理だという声もあちこちから聞こえてくる。先ほどの風のブレスを見て、すでに戦意を喪失しているようだ。


「その点に関しては問題ありません。俺たちがウインドドラゴンを攻撃します。でも隙を突いて魔石を攻撃して欲しい。少しでも欠ければ力を弱めることができるかも知れない」


 ガルーダ戦のときは分からなかったが、あの魔石が力の源なら、一部でも破壊できれば弱体化できるかも知れない。相手はドラゴンなのだ。可能な限り戦況を有利にするべきだろう。


「分かった。そっちは俺たちが引き受けよう。だがその前に、騎士団長に会って欲しい」

「そんな悠長なことをしている時間はありません。魔石の一つが壊されたことに、風の精霊も気がついているはずです。何をしてくるか分かりません。少しでも早く魔石を破壊するべきです」


 その場にいる全員を威嚇するかのように、静かに、圧力をかけながらそう言った。先ほどまで聞こえていたざわめきが水を打ったようしんとなった。


「確かにそうだな。この作戦が終われば少しは時間ができるだろう。今は現状を打開するのが先決だな。しびれを切らしたウインドドラゴンがここまで来る可能性だってある」


 俺たちは速やかに動き始めた。ここにいる騎士たちを動かすこともできるだろうが、間違いなく被害が増えるだけだ。身を隠す場所がなければいい的でしかない。ここは少数精鋭で分散して動くべきだろう。


 俺たちは魔石と反対側から先行して近づく。そしてウインドドラゴンの目をこちらに向かせながら、できる限り魔石から遠ざけるように引きつける。

 その間に別働隊の冒険者が魔石に向かい、ヒビが入ったところを攻撃する。剣だけなく、ハンマーも用意した。


「君たちだけで行くつもりかね?」

「そのつもりです。平原に騎士団を展開すれば先ほどの二の舞になるだけでしょう」


 準備をしている俺たちのところへ立派な鎧を着た人物がやって来た。たぶんこの人が騎士団長だ。だれかから話を聞いたのだろう。騎士団長はその言葉を聞いて苦虫をかみ潰したような顔をした。

 騎士の三分の一が一瞬で殺されたのだ。騎士団長からすれば痛手でしかない。これ以上の損害は許されないだろう。


「その通りだ。ならば、私だけでも一緒に行かせてもらおう。フォーチュン王国の冒険者だけに、良い格好はさせられん」

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