第134話 ガルーダ

 ザッと見回したところ、それらしい人も、フリーデル公爵を守っていると思われる騎士の姿もなかった。


「フリーデル公爵はここへは来ていない。フリーデル公爵はベランジェ王国へ戻ると言っていたのだが、それを国王陛下が押しとどめたそうだ」

「まあ、死んだら困るだろうからな。それにこの状況を見れば分かる。ここに来るのは危険だ」


 竜巻に破壊された建物を見ながら冒険者たちがそう言った。確かにそうかも知れない。ベランジェ王国の王族が当てにできない以上、フリーデル公爵に何かあると、ますます混乱することになる。


「それではフリーデル公爵家に救援要請をお願いします。この地図に記してある地点に何か風の精霊に関するものがあるはずです。それを破壊するなり、取り除くなりすれば、巨大竜巻の力も衰えるはずです」

「分かった。俺たちはフリーデル公爵家を目指そう。君はどうする?」

「すぐに仲間のところに戻ります。そのうちの一つを攻略するつもりです」


 何人かがこの場に残って、後続からやって来る冒険者や国の支援部隊に情報を伝えてくれるらしい。情報を渡し終えるとすぐに来た道を引き返した。アーダンたちと合流するまで、あと二日くらいはかかるだろうか。急がないといけない。無理をしていないと良いのだが。


「フェルのおじいちゃんはまともみたいね」

「そうだね。だからこそ、正攻法で来られると断りにくいんだよね」


 空を飛行しながらリリアと話す。ここのところずっと空を飛んでいるので、飛行するのにも慣れて来た。こうやって話ながらでも飛び続けることができる。ちょっとくらいの強風なら問題ない。


「でも、今さら貴族になるつもりなんてないんでしょう?」

「ないね。冒険者をやっている方が、自由だし、お金も稼ぐことができる。それに、重荷を背負うこともないからね」

「重荷ねぇ……今も背負っていると言えば、そうなんじゃないの?」


 リリアの言う通り、今はベランジェ王国の行く末を背負っているのかも知れない。俺たちの動き次第で、この国は滅びることになるだろう。下手すれば、周辺の国も滅びる。


「それでも、俺一人で背負っているわけじゃないからね」

「確かにそうね。貴族の当主になれば一人で背負うことになるものね」


 貴族に比べると、何と冒険者の気が楽なことか。多少の重荷くらいなら背負っても大丈夫だ。

 さすがに夜の飛行は危ない。夜は地上に降り、拠点を作って休み、朝早くに出発する。そうしているうちに、ようやくアーダンたちと合流できた。


「ずいぶんと早かったな。この辺りの状況は調べておいたぞ」


 驚きながらもアーダンが迎えてくれた。近くには木でできた簡易の拠点がある。その中からジルとエリーザも出て来た。


「全力で飛んできたからね。その分、魔力をかなり使っちゃったけど……それでも、まだまだやれるよ」

「無理すんな。俺たちも調査で疲れているからな。少し休ませろ」

「その感じだと、問題なく合流できたみたいね」


 拠点内に自分たち用のテントを設置してから話を聞くことになった。アーダンが温かい飲み物を用意してくれていた。


「ありがとう。まずは俺の方からだけど、後から来てる冒険者たちに会ってきたよ。彼らはフリーデル公爵から書状をもらっているみたいなんだ」

「書状? それならフリーデル公爵は来ていないのか」

「国王陛下に止められたらしい。今、死なれたら困るってことだろうって言ってたよ」


 三人がうなずいた。ここでフリーデル公爵まで失うと、収拾がつかなくなると思っているのだろう。


「それで、その書状をフリーデル公爵家に持って行くのか?」

「その書状で支援を要請してくれることになってるよ。残りの二カ所の場所を教えておいたから、何かしらの動きがあるはずだ」

「なるほど。あとはどのくらいの戦力があるかだな。内乱に参加していなくても、竜巻で被害を受けている可能性もあるしな」


 こればかりはフリーデル公爵家に行ってみなければ分からないだろう。もしかすると、フリーデル公爵の保護を求めて人が殺到しているかも知れない。そうなると、治安維持に戦力を取られることになる。


 フリーデル公爵がフォーチュン王国にとどまることになったのはまずかったのかも知れない。フリーデル公爵の跡継ぎが優秀であることを願うだけだな。伯父とはほとんど関わりがなかったので、人物像までは分からない。


「こっちの状況だが、グルリと断崖絶壁を見て回った。どうやらあの断崖絶壁の上に何かあるみたいだ。巨大な鳥型の魔物が常に警戒している。エリーザの話によると、ガルーダだそうだ」

「あれは間違いなくガルーダよ。風を操って災害を引き起こす魔物ね。ハーピーの王みたいな立ち位置ね」


 パラパラと魔物辞典をめくり、該当する箇所を見せてくれた。ハーピーといは違い、両腕ではなく、背中に羽が生えている。つまり、両手が自由に使えるわけだ。武器を持っていたりするのかな。


「ガルーダか。見たことないな。空を常に飛んでいるなら、攻撃するのが大変そうだね」

「それで俺たちも攻撃をためらっていたんだよ。フェルたちが帰って来てからの方が確実に倒せるだろうからな」


 バレないように観察するために、どうしても遠くからの監視になってしまったそうだ。そのため、武器を持っていないことは分かったが、魔法を使うかどうかまでは分からなかった。


「魔法を使うとしたら厄介だね。使うなら風魔法かな?」

「その可能性が高そうだけど、決めつけない方が良いわね。この本に何の魔法を使うのかも書いてあれば良かったのに」


 リリアがエリーザに渡された魔物辞典を細部まで読んでいる。特に新しい発見もないようで、首を振っていた。


「これまでガルーダと戦ったっていう話は聞いたことがないな。それだけ珍しい魔物ってことだな」

「呼び寄せたのは風の精霊だろうな」

「その可能性は高そうだね。見るからに風の精霊と関係がありそうだもんね」


 魔物辞典に描かれている、ガルーダの絵の背景には荒れ狂う風の絵が描かれていた。ガルーダが風を操っているのか、それとも、風が荒れ狂う場所に現れるのか。


「ガルーダを倒す作戦は考えてあるの?」

「弱点は分からないが、地面にさえ落とすことができれば負けることはないだろう」

「逆に言えば、空を飛ばれると勝ち目が薄いってことだな。フェルはどうだ? 空を飛ぶ魔物にも有効な魔法はあるか?」


 ジルが身を乗り出して聞いてきた。地をはう自分たちが不利だということは良く理解しているようである。


「前にハーピーを倒したときはホーミング・ウインド・アローで倒したけど、ガルーダに通用するかどうかまでは分からないね。まずはガルーダの実物を見たいかな」

「大きさにもよるけど、さすがにホーミング・ウインド・アローじゃ厳しいんじゃないかしら? 同じ風魔法で打ち消されそうな気がするわ」

「ホーミング・ウインド・アローなんて魔法、見たことも聞いたこともないわよ」


 エリーザがあきれている。どうやら俺たちがだれも知らない魔法を使うことには慣れたようである。その代わり、「またか」みたいな目にみんながなっている。リリアは腕を組んで考え込んでいた。


「ガルーダの体重を重くしたらどうかしら? そうすれば空を自由に飛べなくなるわ」

「体重を重くねぇ……そんな魔法、知らないんだけど?」


 半眼でリリアを見ると、ペロッと舌を出して目をそらした。これはあれだ、また妖精のかわいいイタズラのために作られた魔法だな。きっと物の重さを変化させて、その反応を楽しんでいたのだろう。

 色んな場面でイタズラ魔法が役に立つのがちょっとモヤモヤする。このままイタズラすることを認めざるを得なくなってしまうのだろうか。

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