第132話 ベランジェ王国

 国境沿いは森が続いていた。しかし竜巻の影響なのか、嵐の影響なのか、ベランジェ王国に続く道には倒れた木がいくつも横たわっていた。だれも片づけようとした形跡がない。

 後ろに続く人たちのためにできる限りそれを排除しながら進む。どうやらフリーデル公爵がフォーチュン王国に向かったあとにこのような状態になったようだ。


「この辺りを竜巻が通過したのは最近だったようだな」

「それにしてもそのまま放置するだなんて……ベランジェ王国内は大変なことになってるみたいだね」

「分かっていたことだが、想像よりもひどいようだな」


 沈黙が重い。国か領主にお金で雇われているはずの国境警備員が仕事を放棄してどこかへと消えている。すでに国内の統率が取れなくなっているのは間違いなさそうだ。


「早いところ人がいる場所に行こう。そこに行けば少しは情報が得られるはずだ」

「それならこっちよ。ベランジェ王国からフォーチュン王国に向かったときに調べておいたのよ」


 リリアの案内で国境沿いの村へと向かった。しかしそこには村はなく、壊れた建物の残骸だけが風に揺れていた。人の気配はない。一体、どこに行ってしまったのか。


「そんな……」

「まるで竜巻が村や町を壊して回っているみたいだ。これは大きな街に行かなければ人に出会えないかもな」

「見える範囲には竜巻はないな。次が来る前に移動しよう」


 まっすぐに辺境伯の領都を目指すことにした。この領都もフォーチュン王国へ行くときに通ったことがある。街道を進むが、これはもう馬車が通ることはできないな。あちこちに倒木が横たわっていた。


「片づける余裕はないみたいだな」

「見てよ、あれが領都じゃないかしら?」

「そのようだな。あの城壁の周りに集まっているのはこの辺りの町や村の人たちなのか?」

「そうなんじゃないか?」


 領都に近づいたが入り口の門は固く閉ざされていた。これでは中に入ることはできない。仕方がないので周辺にいる人たちに話を聞いた。みんな焦燥しきった顔をしている。


 手助けしてあげたいところだが、他国民な上に人が多い。とてもではないが全員を助けることはできなさそうだ。それでもケガや病気をしている人たちを治療しながら話を聞いた。

 俺たちがフォーチュン王国から来たと告げると、助けてくれと頼まれた。


「辺境でこれか。それとも辺境なのでこれだけ被害が大きいのか。中央は一体どうなっているんだろうな」

「聞いた話だと、この辺りはまだ安全な場所みたいだね。どうも他の場所からもここに集まって来ているみたいだよ」

「フォーチュン王国に一番近い領地だからな。ここからフォーチュン王国へ移動するつもりなのかも知れない」


 この人数なら、フォーチュン王国に押し寄せても大丈夫だろう。だが、それをきっかけに他の場所からも難民が押し寄せてくるはずである。そうなる前に何とかしたいところだ。


「辺境伯は自分の領都を守るので手一杯みたいね」

「ここにいる人たちを見捨ててまでか? 実に良い身分だな」


 アーダンが怒りをあらわにしている。確かに、助けを求められているのに何もしないのは、上に立つ者としては失格だと思う。だがしかし、他にも理由があった。


「話によると、ここの辺境伯は内戦に参加したらしいよ。そして自前の騎士団が壊滅的な被害を受けている。もちろん、終止符を打った竜巻によってだけどね」

「それで門を閉ざしているのか。暴動が起きれば鎮圧することができないだろうからな。もしかすると、領都の治安も維持できない状態なのか?」

「治安の維持で手一杯なんじゃないの? 壁の内側で暴動が起きれば逃げ場所がないからね。彼らも必死なんだよ」

「それが分かっているのなら、こんなことはせずに門を開いて、みんなでフォーチュン王国に避難するんじゃないのかしら」


 そんなことをすれば自分の領地を捨てることになるからね。誇り高きベランジェ王国の辺境伯はそんなことはできなかったのだろう。住民よりも自分の権威の方が大事らしい。

 さすがにこの状態ではまともな情報が得られないと判断した俺たちは、そのまま先に進むことにした。


 道中の町や村で休むのは無理だった。立ち寄った先にある家々は壊れているものが多く、とてもではないが宿屋として機能しているとは思えない。俺たちはなるべく人目につかないような場所を拠点にしながら先に進んだ。


「食料を大量に用意しておいて良かったな。この状況では手に入らなかっただろう」

「そうだね。みんな自分たちの食べるものを確保するので精一杯みたいだからね」


 この状況をフォーチュン王国に伝える必要があるのだが、それを頼める人もいなかった。通常であればフォーチュン王国を目指す商人なんかに頼むのだが、商人の姿も見えない。

 きっと危機感を察知して早めに他国に逃げ出したのだろう。利益を損失しないようにするために。商人は危険に敏感だからね。


「俺たちの後から来る冒険者も、途中の道の状態を見ればどれだけこの国は混乱しているかが分かるだろう」

「遅くとも、最初の辺境伯領に着いた段階で分かるでしょうね」

「とりあえず王都を目指すとして、そこでまともな情報が手に入るかな?」

「何とも言えないな。フリーデル公爵の話が本当なら、王都に着いても上層部はみんな逃げ出している。各地の情報は手に入らないだろうな」


 それでも俺たちは王都を目指していた。フリーデル公爵の話の中に、王都に巨大な竜巻が向かっているという話があった。その竜巻と風の精霊の間には大きな関係があると思っている。風の精霊のことを知るためにも、その巨大竜巻を見に行く必要があるだろう。


「この山を越えれば王都が見えるはずだよ」

「王都が見えれば、少しは状況が分かるかも知れん」

「そうであって欲しいよ」


 ジルが夕食のパンをかじりながらそう言った。辺りはすでに真っ暗闇になっている。いつもよりも強固に拠点を作っているため、見張りの必要はないだろう。念のため、バリアも張ってあるしね。


「ピーちゃんとカゲトラはまだ何も感じない?」

「感じませぬな。本当に風の精霊は復活しているのであろうか」

「ボクも同じく感じませんね。少しは風の精霊に近づいているんですよね? おかしいな、カゲトラのときは何となく気配を感じ取れたのに」


 二人が首をひねっている。二人からすると、風の精霊が復活していること自体が疑わしいようだ。これは一体どういうことなのだろうか。実は風の精霊は復活していない? それにしても、竜巻や嵐なんかの風にまつわる災害が頻発しているな。


「リリアは何も感じない?」

「んー、あっちに大きな魔力を感じるけど、それが何かまでは分からないわね。あたしはそれが風の精霊だと思っているんだけど、二人が何も感じないのが不思議なのよね」


 リリアも首をひねっている。どうやら予想外のことが起こっているようだ。ベランジェ王国に行けば何か分かると思っていたのだが、ここに来ても何も分からない。偵察部隊がなかなか情報を持ち帰ることができなかったことにも素直にうなずけた。

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