第131話 国境
みんなが買い物から戻って来たので先ほどの話をしておいた。
「完全に意識を乗っ取られている可能性があるのか。それならこれまでよりも手強いかも知れないな」
「カゲトラのときも手強かったと思うんだけど?」
みんなの視線がカゲトラに集まった。カゲトラは首を左右に振ってそれを否定した。
「前にも話しましたが、あれでも力を蓄える時間を引き延ばしたのでござるよ。そうでなければ、風の精霊のように短期間で大きな力を持っていたはずですぞ」
「そうだったんだね。もう少し遅ければ、隣の大陸は大変なことになっていたのかも知れないね」
「隣の大陸だけじゃないわ。大きな波がこっちにも来てたかも知れないわよ」
リリアの言う通りだな。大きな波で港町は全滅していたことだろう。だれに導かれたのかは分からないが、タイミング的には良かったということだ。
「これは少しでも早くベランジェ王国に行って風の精霊を何とかした方が良いな。これ以上力を蓄えられたら太刀打ちできなくなる。すでにそうなっているかも知れないがな」
「そうなると、ベランジェ王国を恨みたくなるわね。すぐに対処していれば、確実に倒せたはずだもの」
その意見に賛同するようにみんながうなずいた。力を蓄える前ならどうにでもなっただろう。
それならば、風の精霊が現れたという情報が入った段階でベランジェ王国に行くべきだったのだろうか。
いや、それは危険だ。フリーデル公爵の話が本当なら、内乱に巻き込まれていたことになる。戦いを有利にするために風の精霊の力を利用しようとしたかも知れない。そうなれば、俺たちだって無事では済まなかったはずだ。
「今が一番良いタイミングなのかも知れないね」
「フェル……そう思った方が良いわね。考えても過去には戻れないわ」
「そうだな。それじゃ、冒険者ギルドに行って依頼が出たらすぐに知らせてもらえるように伝えておこう」
そう言ってアーダンが立ち上がろうとした。それをジルが止める。
「冒険者ギルドには俺とエリーザが行ってくる。その間に、アーダンとフェルで食事を作っておいてくれ。ベランジェ王国に着いたら、作る暇がないかも知れないからな」
確かにそうだ。ベランジェ王国は戦時中に近い状態になっているはずだ。ノンビリと食事を作っている時間はないかも知れない。
「分かった。頼んだぞ、二人とも」
「食事の準備は任せておいてよ」
そう言って俺たちはそれぞれに必要な行動を開始した。
翌日、朝早くに冒険者ギルドの職員が依頼を持ってやって来た。依頼の内容はベランジェ王国内に潜入して、情報収集を行うこと。そして機を見て風の精霊を討伐することだった。
「すぐに向かうとしよう。俺たちが入手した情報はできる限りコリブリの街の冒険者ギルドに伝えることにする」
ギルド職員はそれを了承してから戻って行った。宿屋の店主に挨拶をしてから、まずはエベランへと向かった。さすがに一日ではベランジェ王国までたどり着けない。どんなに急いでもあと二日はかかるだろう。
「時間との勝負になるのかな?」
「分からんな。竜巻や嵐を作り出すのに魔力を大量に使うのなら、それをやった直後の今なら弱体化しているかも知れない。しばらくは動きがないはずだ。だが、想像もできない規模の災害を引き起こそうとして力をためているなら、早いに越したことはないな」
まずは急いでベランジェ王国にたどり着かなければならないな。実際に自分たちの目で確認しなければ動きようがない。国や貴族が機能していない今なら、潜入しても捕まる可能性は低いだろう。
エベランでは万が一に備えてハウジンハ伯爵に王都での出来事を話した。ベランジェ王国が崩壊していることに驚いていたが、大勢の難民が押し寄せる可能性があると分かると、すぐに食料や医薬品、テントなどの追加の手配してくれることになった。
無駄になることはないだろう。難民が押し寄せなくても、風の精霊による騒動が収まったあと、ベランジェ王国で必要になる。サンチョさんも動いてくれるようだ。仲間の商人たちに声をかけると言っていた。
コリブリの街にたどり着いた俺たちは冒険者ギルドに情報提供を求め、こちらからも何か分かり次第、報告することを約束した。
「何人かの冒険者が戻ってきた。王都に巨大な竜巻が迫っているらしい。その竜巻はすでにいくつもの街や村を飲み込んでいるそうだ」
「どうにかしようとする人たちはいないの?」
「声を上げている人はいるらしい。だがだれも動かないって話だ。自分たちだけが損害を受けるのは嫌らしい」
ギルドマスターのアスランさんの話を聞いて思わずため息が出た。近くからいくつも同じような音が聞こえる。
「そんなことを言ってる場合じゃないはずなのに」
「同感だ」
これは相当な被害が出ているはずだぞ。早いところ何とかしなければ、多くの難民がコリブリの街にも押し寄せるかも知れない。そう言うと、アスランさんの顔が引きつった。備えはしてあるのだろうが限りはある。
俺たちがエベランで難民の受け入れ準備をしていると告げると、ホッとした表情になった。
「手のあいている冒険者がいれば、エベランまでの護衛任務につかせる。こっちのことは気にするな。できることをやってくれ」
アスランさんの言葉を受けて、俺たちはベランジェ王国との国境を越えた。こちらには支援の打診を受けたことによる身分証明がある。これを見せれば隠れずとも国境を通過することができる。
「あそこが国境の検問所ね。……何だかだれもいないみたいだけど」
「本当だね。何かあったのかな?」
「とりあえず行ってみよう」
アナライズには人の反応はない。検問所の近くまで行って、何があったのかが分かった。
「きっと竜巻に破壊されたんだわ」
「そのようだな。フェルのおかげでフォーチュン王国側に来る竜巻は国境沿いで食い止められていたが、そうでなければこうなっていたということか」
目の前には検問所の残骸が散乱していた。死体がないところを見ると、処理されたあとなのか、竜巻に襲われる前に逃げ出したのかのどちらかのようである。
「どうやらここを放棄したみたいだな」
「さすがにこの状態じゃ、任務は果たせないよね。再建のお願いに行ったのかもね」
そして国に戻って驚くことになったのだろう。そしてここに戻って来る余裕はなかった。
だれもいないなら仕方がない。俺たちは検問所を素通りしてベランジェ王国へと向かった。
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