第130話 決断
重苦しい空気が部屋の中に充満している。どうやら国王陛下も初めて聞いたようだ。普通なら事前にそんな話があっても良いと思うんだけどね。
「フリーデル公爵、先ほどはそのような話はありませんでしたぞ」
「申し訳ありません。私もベランジェ王国に住む者。自国の恥を話すのをためらいました。ですがここに、我が国を救おうとする方たちがいた。ウソを話すわけにはいきません。たとえ私が責任を取ることになってもです」
先ほどのやつれきった顔がウソのように威厳に満ちた表情になっている。どうやらこの短期間の間に、何か思うところがあったようだ。それを見た国王陛下は何かに気がついたようである。
「まさかフリーデル公爵、このことは……」
「はい。上層部は知りません。いえ、知ることはできないでしょう。もうどこにいるのかも分かりません。みんなどこかへと逃げ去ってしまいました。自慢ではないですが、我がフリーデル公爵家は王家をのぞけば、ベランジェ王国でもっとも力を持っている家です。だからこそ、私が立たねばならぬと思いました」
「それは……下手をすれば国家反逆罪になりますぞ」
「承知の上です。それでも私はベランジェ王国の国民を守りたいのです」
そこには覚悟を決めた目をした男が立っていた。
沈黙を破ったのは国王陛下の笑い声だった。
「ハッハッハッハ、フリーデル公、あなたを反逆罪などにはさせませんよ。反逆罪になるのはむしろ、国の危機に逃げて行った者たちでしょう。フォーチュン王国はあなたに力を貸しましょう。ベランジェ王国ではなく、あなたに」
「ありがとうございます」
深々とフリーデル公爵が頭を下げた。
これでフォーチュン王国の方針は決まった。当初は冒険者だけを派遣するつもりだったのだろうが、こうなれば国が関与することになるだろう。ベランジェ王国内が荒れているのだ。これを機に、有利な条件で同盟を結ぶつもりなのかも知れない。
「冒険者の皆にもしっかりと働いてもらうぞ。もちろん、その活躍に見合った報酬を与えよう」
細かい指示はこれからフリーデル公爵と話して決めるようだ。今日のところはひとまず解散となった。冒険者は先遣隊として、すぐに冒険者ギルドから依頼が発せられることになった。
俺たちが部屋をあとにしようとしたところで、フリーデル公爵に止められた。やはり何事もなく帰ることはできなかったか。
「少々お時間をいただけますかな?」
「何かご用でしょうか、フリーデル公爵?」
アーダンが立ち塞がるように前に出た。俺とベランジェ王国との因縁について知っているのだ。警戒しているのだろう。そしてその警戒は正解である。
「あー、そこにいるのは私の孫のアルフォンスではないかと思ってな?」
「アルフォンス?」
三人の注目が集まった。俺の生い立ちについてはある程度のことを話しているが、名前までは言っていなかった。これはハッキリとさせるべきことなんだろうな。
「俺の昔の名前だよ。今は正式な手続きによってその名前じゃないけどね」
三人は俺と公爵を交互に見ていた。祖父が公爵だということは知っていただろうが、まさかその本人に出会うことになるとは思っても見なかったようだ。それは俺も同じである。
「まさか生きておったとは……ずいぶんと探したのだぞ」
信じられないものを見たかのように首を左右に振った。本当に俺のことを探したのかも知れない。これでも大事な娘の子供だからね。
「その必要はなかったでしょう? 私は正式な手続きにのっとって廃嫡されたのですから。もう子爵家とは関係ないはずです」
仮に俺を見つけたとしてもどうしようもないはずだ。すでに俺は貴族ではなくなっている。そして俺が公爵のところに逃げ込んだとなれば、子爵家はすぐに俺を闇に葬ろうとするだろう。
「子爵家とは縁が切れたかも知れぬ。だが、フリーデル公爵家とは縁は切れておらぬ」
「お母様が生きていればその可能性もあったでしょう。ですが、もう無意味だ。子爵家と縁が切れた段階で、私とのつながりはなくなったのです」
ジッとお爺様の目を見つめた。これはウソでもでまかせでもない。ベランジェ王国の法ではそうなっているのだ。貴族の跡継ぎ問題で争い事が起きないようにするために。貴族に嫁いだ段階で、親との縁は切れるのだ。もちろん、離縁すれば話は別だが。
スッとお爺様が目をそらせた。分が悪いと思ったのだろう。
「どうしてこのようなことになってしまったのだ……」
「あの腐れ外道に聞いてみたら!?」
「ちょっとリリア!」
慌ててリリアの口を塞いだ。どうやら変なスイッチが入ってしまったようだ。お爺様をにらみつけている。それを見たお爺様は驚いたようだった。
「そうか……確かにそうだな。今一度、聞いてみる必要がありそうだな」
その目はまるで獲物を狩るワシのように鋭かった。お爺様は俺たちに一礼すると去って行った。一体何をするつもりなのだろうか。リリアのことも聞かなかったし、実に不自然だ。あまり良い感じはしないな。
「フェル、大丈夫か?」
「ああ、問題ないよ。最初に目が合った時点で、こうなるような気がしていたからね」
「何だかあきらめてなさそうだったわよ?」
「そうだとしても、『誓いの誓約書』を無効にするには俺の署名が必要だからね。そんなものに署名をする気はないよ。つまり、どうすることもできない」
こればかりはいくら公爵でもどうにもならない問題だ。そのために『誓いの誓約書』は貴族間でのもめごとに使われるのだから。その誓約書の効力は国が滅んでも同じだ。
「それにしても驚きだ。ベランジェ王国が崩壊していたとはな」
アーダンの声が重くのしかかった。まさかすぐ隣でそんな大事件が起きていたとは思わなかった。
「フォーチュン王国に支援の話が来ないのも納得ね。想像以上にひどい状況になっているのかも知れないわね」
「これは大変な依頼になりそうだな」
「それでも助けに行くんでしょ?」
リリアがこちらを向いて尋ねた。聞くまでもなかろうよ。
「もちろんだよ」
改めてそのことを確認すると、遠征に向けての準備を始めた。ベランジェ王国では食料も宿も何もかも手に入らないかも知れない。しっかりとした準備が必要だ。俺たちのパーティーはどこにでも拠点を作ることができるので、必要な物は主に食べ物だけだ。
「地図も必要だね。探してくるよ」
「それじゃ俺は食料を買い出しに行って来る」
「俺は薪や消費品を買ってくる」
それぞれが別の方向に向かって歩き出した。俺たちは地図の担当だ。ベランジェ王国の地図は見たことがあるので、すぐに確認できるだろう。それに、ある程度の場所ならオート・マッピングですでに調査済みだ。行ったことがない場所の地図を中心に購入すればいいはずだ。
地図を買った俺たちは宿屋へと戻った。みんなはまだ戻って来ていないようである。
依頼はすぐにでも張り出されるはずだ。もしかしたら、ギルドマスターに呼び出されて個別に依頼されるかも知れない。
そうなると、俺たちへの依頼は風の精霊の討伐依頼だろうな。
「ピーちゃん、カゲトラ、風の精霊について教えてくれないか?」
「そうですね、とても気が弱く、優しい子だったと思います」
「気が弱い……それなのに竜巻を起こしたり、嵐を巻き起こしたりするの?」
「恐らくは完全に『この星』に意識を支配されているのでござろう」
沈痛な面持ちでカゲトラがそう言った。もしかしてカゲトラ、風の精霊のことが好きなのか!? いやでも、ピーちゃんはカゲトラのことが好きだったはず。精霊に性別があるのかどうか分からないけど。
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