第127話 嵐が来る
魔法障壁をベランジェ王国との国境沿いに展開したことで、フォーチュン王国に吹き付ける強い風は収まった。もちろんこのことは冒険者ギルドを通じて国王陛下に報告している。国王陛下からはお礼の言葉と共に「今度こそオリハルコンランクの冒険者に」とあったがもちろん断った。本当に懲りない人だ。
「大変です! 国境沿いに大きな竜巻が向かって来ているそうです!」
「またか。魔法障壁の様子を見に行かないと」
「そうだな。急いで向かおう」
冒険者ギルドの職員がコリブリの街で拠点にしている宿に駆け込んできた。初めてではない。何度か同じようなことがあり、そのたびに国境に出向いて魔法障壁を維持していた。
魔法障壁が破壊されないようにするために、冒険者ギルドは国境沿いに監視役を派遣してくれているようだ。そのため、ベランジェ王国側からの異変があった際にはすぐに連絡が届くようになっていた。
「ベランジェ王国内は竜巻の被害が大きそうだけど、まだ何も言って来ないのかな?」
「そうみたいね。何か動きがあればあたしたちのところに話が来ると思うわ」
俺もそう思う。となると、いまだにベランジェ王国からの救援要請はないのだろう。ベランジェ王国内の状況は密偵を通して集まっているはずなんだけどな。今のところフォーチュン王国側から積極的に関与するつもりはなさそうだ。
ベランジェ王国も、フォーチュン王国に力を借りずに自国の力で乗り切ろうとしているのだろう。その心意気は良いんだけど、その影響が国外にも及んでいることを自覚してもらいたいところである。
魔法障壁までたどり着いた。まだ竜巻は到着していないようだ。急いで魔力をそそいで、魔法障壁を一時的に強化する。このやり方で何度も竜巻を食い止めていた。
バキバキという木が悲鳴を上げるような声が遠くから聞こえてきた。竜巻で根こそぎ森の木が吸い上げられているのだろう。
「見えたわ! 今までの中で一番大きいわよ。気をつけて」
「これはもっと魔力を込めないと魔法障壁が破られそうだ」
さらに魔力をそそぎ込んでさらに丈夫にした。魔法障壁と竜巻がぶつかった。さすがに打ち消し合う魔力を隠し切れなかったのか魔法障壁が輝いている。しかし、しばらくすると、竜巻の力が衰えてきた。そして竜巻が持つ魔力を魔法障壁が吸収し始めた。
「何とかなったわね」
「これ以上、大きな竜巻が襲ってきたら大変だよ。ベランジェ王国は何をやっているんだか」
思わず愚痴が出てしまった。みんなの眉間にもシワが寄っている。俺の顔もみんなと同じようになっているはずだ。
風の精霊はかなりの力を持ち始めているようだ。恐らく初期の段階で倒すのは失敗したのだろう。それならすぐにフォーチュン王国に支援を要請すれば良かったのに。そうすれば力を持つ前に対応することができたはずだ。
「これでしばらくは落ち着くかな。こんな大きな竜巻をそう何度も作り出すことはできないだろうからね」
「そうね。しばらくはゆっくりしましょう」
コリブリの街に帰ろうとしたところ、遠くの後ろから声が聞こえてきた。
「嵐だ。デッカイ嵐が来るぞ! 早く街に戻った方がいい!」
冒険者ギルドから派遣されたと思われる冒険者がそう叫びながら走り去って行った。この焦りよう。どうやら冗談ではなさそうだ。思わず顔を見合わせた。
「フェル、魔法障壁で嵐を防ぐことはできるのか?」
「難しいと思う。嵐と竜巻じゃ規模が違いすぎる。長時間の強い力には耐えられないよ。それに嵐が魔力を帯びているかも分からない」
「どうするの?」
地上からでは森の木々が邪魔をして遠くを見ることができない。それならば。
「リリア、森の上に出よう。そうすれば少しは何か分かるかも」
「そうね」
リリアをしっかりと抱きかかえた。強風にリリアが飛ばされないようにするためである。木の上に飛び上がると、視界の先に真っ黒な雲が見えた。まさかあの中に風の精霊がいるんじゃないよね? 暗い海には水の精霊がいた。
俺の考えが伝わったのか、すぐにリリアが答えを出した。
「フェル、あれはただの嵐ね。魔力を感じないわ。あの中に風の精霊はいないわ」
「それじゃ魔法障壁は素通りすることになるね。俺たちも急いで避難しないと」
どうやらただの嵐のようだ。ただし、相当規模が大きいらしい。地上に降りた俺はすぐにその話を伝えた。
「よし、俺たちも急いで戻ろう。さっきの冒険者も街に伝えてくれるだろうが、俺たちは魔法障壁が役に立たないことを伝えなければいけないからな」
お互いにうなずき合うと、急いで来た道を戻って行った。コリブリの街に着けば、冒険者ギルドを通じて商業都市エベランや王都にもすぐに連絡することができるはずだ。そこから港街ボーモンドや、川を移動中の魔導船に伝えてくれることだろう。さすがに飛行船は空を飛んでいないと思う。今では国中の風が不安定だからね。
冒険者ギルドに報告をすると、すぐに街中にこれから大きな嵐が来ることを伝えた。コリブリの街の住人も、薄々何かあったことに気がついていたのだろう。疑うことなく、慌ただしく店を閉め戸締まりを始めた。
手のあいている冒険者は窓や屋根の補強を手伝った。遠くに見えていた嵐が街に到着するのはあと数時間後だろう。連絡を入れた他の街には時間に余裕があるので対策が間に合うはずだ。
そのうち段々と風が強くなって来た。偵察に行っていた冒険者ギルドの職員が慌てて戻って来た。
「もうそこまで来てる! 建物の中に入ってジッとしていた方がいい。急いで!」
俺たちも慌てて宿屋へ戻った。すでに宿屋の窓はしっかりと木の板で補強されていた。屋根も飛ばされないようにしっかりと固定されているようだ。
すぐにガタガタと風で建物が揺れる音が響いてきた。
「大丈夫……よね?」
「……たぶん」
震えるリリアがピッタリとひっついてきた。泊まっている客は念のため、宿屋の地下にある倉庫の中に避難している。ここなら万が一建物が崩れても大丈夫なはずだ。風魔法で相殺することも考えたが、規模が違いすぎるので無理だと判断した。
それでも進路上の被害を軽減するべく、内緒で嵐の弱体化を試みていた。少しは弱まっているような気がするが、消滅させるには至らないようだ。
二、三時間くらい経過しただろうか? 聞こえて来る音が段々と静かになっているような気がする。俺たちのいる建物は無事のようだ。そうなると、外の様子が気になる。
「そろそろ外に出ても良いんじゃないかな?」
「そうだな。まずは俺たちが様子を見に行くべきだな」
宿屋の地下には俺たち以外に商人か旅行客しかいないようだ。それもそうか。この宿はコリブリの街では高級宿に分類されるからね。お金に余裕のない冒険者では泊まることさえできないのだ。
女将に一言告げて、地下倉庫から一階部分に出た。特に宿が壊れている様子はない。窓の外から聞こえて来る風の音も、それほど大きくなかった。
俺たちは恐る恐る扉を開けた。
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