第126話 魔法障壁
それからしばらくの間、商業都市エベランと辺境の街コリブリの間を行ったり来たりする生活になった。もちろんそんな中でも冒険者としての仕事は行っている。魔物を退治したり、商人の護衛依頼を受けたり。
どうやら「帰らずの砂漠」にいた巨大ワームはあの一匹だったようで、俺たちが倒してからは被害報告はなかった。そのことには安堵していたのだが、国境沿いの状況は日に日に悪くなっていた。
「今日も風が少し強いわね。もうずっと吹き続けてるわよ」
「そうだね。『帰らずの砂漠』では大規模な砂嵐が起こったって話だったし」
「そろそろ何か話があっても良さそうだけどね」
チラリとリリアがうかがうように俺の方を見た。リリアを心配させないように努めて笑顔を作った。
「ないと言うことは、自分たちの力で何とかするつもりなんだろう。それならそれで、俺たちがやれることをやるだけさ」
サンチョさんの屋敷の窓からは王都へ向かって流れて行く雲がいくつも見えた。エベランへの大きな影響はまだ出ていないが時間の問題だろう。コリブリの街は、今では毎日のように強風が吹き荒れるようになっていた。小さな竜巻を見たという人も出始めている。コリブリの街に大きな被害が出る日も、すぐそこまで来ているのかも知れない。
「どうするつもりなの?」
「ピーちゃんとカゲトラの力を借りて、国境沿いに『魔法障壁』を張る」
「大丈夫なの?」
「こればかりはやってみないと分からないな。水の精霊はエナジー・ドレインを固定して大地から魔力を補給していた。うまくやれば俺にもそれができるかも知れない」
リリアが難しい顔をしているのはエナジー・ドレインがどんな魔法なのかが良く分からないからだろう。魔法障壁は知っているが、自分の知らない魔法も組み合わせることになるので心配なようである。
「そんな顔をしないで。失敗したら次の手を考えるさ」
「違うわよ。あたしが手伝えないのが嫌なだけよ」
「もちろんリリアにも手伝ってもらうよ。俺にはリリアの力が必要だからね」
「そう? それならいいわ」
元気が出たようである。いつものリリアの顔に戻った。これからやることを話すために、アーダンたちのところへと向かった。すぐに「やってみよう」と言うことになった。
エベランを出発した俺たちは、コリブリの街を経由して、ベランジェ王国との国境の近くまでやって来た。周囲の森のおかげで地表に吹きつける風は弱まっているが、上空ではゴーゴーと風が鳴っていた。
「この辺りにしよう。ここなら確実にフォーチュン王国内だからね。ベランジェ王国から文句は言われないだろう」
「本当に風を遮ることができるのか?」
アーダンが眉間にシワを寄せて聞いてきた。そんな話をこれまで聞いたことがないのだろう。疑っているようだ。そしてそれがどんな影響をおよぼすのか、気になってもいるようである。その後ろで、ジルとエリーザも同じような顔をしていた。
その不安を一掃するかのように、ピーちゃんとカゲトラが前に進み出た。
「全ての風を遮ることはできませんが、強い風を弱めることはできますよ。お任せあれ」
「風の威力が弱まるだけでも、ずいぶんと違うかと思いまする」
自信たっぷりにピーちゃんとカゲトラが答える。その答えにひとまずは納得してくれたようだ。眉間の深いシワが少しだけ浅くなった。アーダンには苦労をかけてばかりだな。このままだと、そのうち眉間にシワが寄ったままになりそうだ。強面になるから、みんなに誤解されないと良いんだけど。
「それじゃ、まずはエナジー・ドレインで大地から魔力を引き出そう。それをピーちゃんとカゲトラに固定する」
「それを元に魔法障壁を展開します。ボクが火の性質を、カゲトラが水の性質を担当します。兄貴は風の性質を、姉御は土の性質を担当して下さい」
「分かったよ」
「分かったわ」
それぞれが四大魔法要素の一つずつを担当する。それらの要素が一つになって、巨大な魔法障壁を作り出すのだ。
リリアによると、吹きつけてくる風のほとんどが魔力を帯びた風らしい。そのため、魔力を帯びた風さえ防ぐことができれば、被害は最小限に抑えられるはずだ。
俺たちは両手をかざして魔力を練り上げ始めた。お互いに速度を合わせて練り上げる。まるで一人の人物が四大魔法要素を同時に扱っているかのように。
十分な魔力を集めたところで魔法障壁を展開した。魔力の壁を、薄く、高く、広く、ベランジェ王国との国境を封鎖するように伸ばしていく。
「あとはこの魔法障壁にエナジー・ドレインを仕込んで、魔力を帯びた風が当たるとその魔力を吸収するようにすれば……」
「風が当たる度に魔力が補充されて魔法障壁が維持されるってわけね。良くできてるじゃない」
そう言ってリリアが頭をなでてくれた。どうやら俺も、ようやくリリアに認められるくらいの魔法使いになったようである。今も風が当たって魔力が補充されている。その度に、魔法障壁が少しだけ光っている。
「ちょっと目立つんじゃないか?」
「そうね。だれかに見られたら怪しまれるわね」
アーダンとエリーザが言うように、確かに目立つ。でも俺の力ではどうすることもできないんだよな。そう思っているとリリアが小さな手を上げた。
「あたしに任せてよ。こんなのはあたしの得意分野だからさ」
そう言って魔法障壁に手を当てると、一瞬で魔法障壁が消えた。
「え、消滅した!?」
「違うわよ。見えなくしただけよ」
「そ、そんなこともできるんだね。でもそんな魔法、初めて見たよ」
「それはそうよ。姿を消す魔法があったら、フェルが教えてくれって言うに決まってるもの。お風呂をのぞくために。エッチ」
「……」
のぞくも何も、いつも一緒にお風呂に入っているのでそんな配慮は要らないと思うのだが。それでも俺は黙っておくことしかできなかった。
魔法障壁を設置した俺たちはひとまずコリブリの街へと戻った。しばらくは魔法障壁の効果を確かめなければならない。
「しばらくの間、拠点をコリブリの街に移そうと思う」
「そうだな。それが良さそうだな」
アーダンの提案に、ジルがすぐに賛成意見を述べた。俺たちももちろん賛成だ。
「魔法障壁の様子もすぐに見に行くことができるし、賛成だよ」
「あらかじめ、エベランの領主やサンチョさんに連絡して良かったわ。あとは冒険者ギルドを通じて話を通すだけですむものね」
コリブリの街に来る前に、向こうに滞在することになるかも知れないと、あらかじめハウジンハ伯爵とサンチョさん、それからエベランの冒険者ギルドのギルドマスターには話していたのだ。そのおかげもあって、一度エベランに戻る必要はなさそうである。
「それじゃ、女将にしばらくお世話になると言いに行くとするか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。