第125話 兆し
翌朝、コリブリの街へ向けて出発した。
午前中は特に変わった様子はなかったのだが、午後になると少しだけ風が強くなってきたような気がした。だがこのくらいは日常でも起こるくらいの風の強さである。異常とまでは言えないな。
「すれ違う人たちも普段通りに見えるわね。特に何も変わった様子はないわ」
「そうだね。何か起きている感じはしないね」
商人や冒険者、旅人らしき人たちと何人もすれ違ったが、焦りの様子や、恐れている様子はない。もしかすると、風が強いのは気のせいなのかも知れないな。
そんな疑問を持ちながらも進み、日が暮れる前にコリブリの街にたどり着いた。
「さて、冒険者ギルドに報告する前に宿を探さないといけないな」
「俺たちがコリブリの街にいたころに利用していた宿にする? そこならすぐに案内できるけど」
「そうだな、まずはそこに行ってみよう」
コリブリの街を出てからずいぶんと時間が経過しているけど、俺たちのことを覚えているかな? ちょっと不安になりながらも宿屋「銀の居待ち月亭」に行くと、女将が笑顔で迎えてくれた。
「おや、珍しい顔だね。戻って来たのかい?」
「はい。ずっとではないですけどね」
「そっちはお仲間さんかい? なかなか腕っ節が強そうだね」
そんなことを言いながら手続きを進めてくれた。部屋は四人部屋を一部屋借りることにした。長期滞在するなら三部屋借りても良かったのだが、今のところは様子見なのでその必要はないだろう。
「なかなか良い部屋じゃないか」
「静かだし、場所も良いところだよ」
荷物を置くと、すぐに冒険者ギルドへと向かった。冒険者ギルドでは驚きを持って迎えられた。プラチナランク冒険者がコリブリの街に来るのは珍しいのだろう。確かに俺がコリブリの街で冒険者をやっていたときにも数回しか見たことはなかった。
「おう、久しぶりだな。忘れられたかと思ったぜ」
「アスランさん、お久しぶりです」
「あー、何だ、詳しい話は中で聞こう」
ある程度、冒険者ギルドの本部から話が伝わっているのだろう。プラチナランク冒険者が現れたことで、状況が悪化していると認識したのかも知れない。ギルドマスターのアスランさんが他の人に話を聞かれないようにするために、俺たちをギルドの奥の部屋へと誘った。
「挨拶がまだだったな。ギルドマスターのアスランだ」
お互いに紹介した後、早速本題に入った。まだ差し迫った状況ではないことと、俺たちが単に様子を見に来ただけだと言うことを伝えた。
「正直、焦ったぜ。もうすぐそこまで危機が迫っているのかと思ったぞ」
天井を見上げ、フーと息を吐くアスランさん。どうやら何の連絡もなしに俺たちが現れたことに危機感を覚えていたようだ。悪いことしちゃったかな。
「この辺りの状況はどうなのですか? 話によると、だんだん風が強くなっているっていう話でしたが」
「確かにそういう見方もできるな。頻度で言えば、強い風が吹くことが多くなった。だが、それが異常かと言われれば疑問が残るな」
アスランさんが腕を組んで、しきりに首を左右に傾けていた。そんな様子に少しだけホッとした。
「それじゃ、まだ影響はないということですね。コリブリの冒険者ギルドからベランジェ王国にだれかを派遣しているのですか?」
「もちろんだ。だが今のところ、特に目立った報告はないな。と言っても、ここからベランジェ王国の王都までは遠い。辺境では情報が入りにくいのかも知れん」
派遣先の国の情報を集めるなら、人や物の動きがある場所が良い。その条件を満たすのが王都だったりするのだが、距離の問題でこちら側に情報が入りにくくなっているようだ。
俺たちも個人的に情報を集める手段があると良いのだが……ピーちゃんの分身を偵察にいかせるか?
いや、それは危険だな。風の精霊がどのような反応を起こすか分からないし、下手すればまだ火の精霊が「この星」に操られてしまうかも知れない。二人の精霊は俺の近くに置いておくべきだ。
「俺たちにも焦りがあったな」
「そうかも知れないね。でも、問題が大きくなればこの大陸規模での災害になる。なるべく小規模で抑えないと甚大な被害が出るよ」
「よし、それなら数日の間はコリブリの街に滞在しよう。俺たちも風の変化を肌で感じる必要があると思うんだが、どうだろう?」
片方の眉を上げながらアーダンがみんなを見た。今の状況を体感することができれば少しは焦りも解消されるかも知れないな。
「俺は賛成だよ」
「俺もだ」
「私もよ」
「それじゃ、決まりだな。ギルドマスター、しばらくこの街に滞在させてもらうよ」
「ああ、好きなだけいるといい。何か動きがあればすぐに知らせよう」
冒険者ギルドとの連携を確認した俺たちは宿へと戻る。だがその前に夕食を食べることにした。冒険者向けの、味はまあまあだがボリュームならどこにも負けない店に入った。
注文すると、山のような量の食事が運ばれてきた。
「懐かしいな、この感じ」
「駆け出しのころを思い出すなー」
二人とも感慨深そうである。みんな駆け出しの冒険者のころは同じなんだな。俺はしばらく一人だったから、自分で食べられる量の食事しか注文しなかったけどね。
「今のところは妙な感じはないな」
「そうね。特に風が強いと言うこともなさそう……」
エリーザがそう言ったとき、表で強い風が吹いたようだ。物が飛ばされるような大きな音と、いくつかの悲鳴が聞こえた。慌てて店の外に出てみると、看板や商品が道に散乱していた。
しかし、肝心の強風はすでに去ったようで、今は無風だ。
「フェルがいたころに今のような風は?」
「記憶にはないね」
「あたしの記憶にもないわ」
今のは強風というよりも突風だな。短時間だが強力な風が吹いたようだ。吹いてきた方向は……ベランジェ王国側だな。道端に転がる商品の片付けを手伝いながら、それらが転がった方向を確認する。
店主にお礼を言われて店に戻ると、そのうちみんなも戻ってきた。
「あの辺りの店に聞いてきたが、ここ数日でさっきみたいな風が吹くようになったらしい。その回数も増えているような気がするそうだ」
「今日のは特に強かったみたいね。商品が台座から落ちることはあったけど、看板が飛ばされたりすることはなかったそうよ」
「もしかして、急速に風の精霊が力を増しているのかな?」
「あり得そうだな」
みんなの顔に少しだけ暗い影が差した。きっとベランジェ王国でも被害は出ているはずだ。それでもこちら側には何の話も伝わって来ない。ベランジェ王国を調べに行っている人たちも情報を得ることに苦労しているのだろう。もしかすると、国の上層部が外部に情報が漏れないようにしているのかも知れない。
「どうする? ベランジェ王国に行ってみる?」
「……いや、やめておく。今はフォーチュン王国を守ることにだけに専念しよう」
エリーザの問いかけをアーダンは否定した。どうやら俺のことを気遣ってくれているようである。
俺のせいでベランジェ王国の国民が被害に遭うのか。俺がここで決断すればもしかすると……。
「フェル、あまり考えすぎたらダメよ。フェルは強いけど、一人の人間なんだから。できることにも限りがあるわ。自分の力を過信しちゃダメよ」
「そうだぞ。今は状況がハッキリしない。そのうち俺たちが動くときが来るさ」
「分かったよ。……ありがとう」
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