第124話 達成報告と新情報

 商業都市エベラン周辺の事情はそれなりに分かった。今のところは目立った問題は起きていないようである。風の精霊の影響が表面化するまでは俺たちができることには限りがある。できることと言えば、治安維持くらいだろうか。


「とりあえず俺たちは何か問題が起こるまで待つしかないな。でも、さすがにずっとジッとしているつもりはないよな?」


 ジルがミスリルの剣の切れ味を試したそうにアーダンを見ている。エリーザがため息をついて頭を振っているが、それに気づく気配はなさそうだ。


「そうだな。風の精霊のことは気になるが、プラチナランク冒険者としてやるべきこともしなければならないな」

「おや? どこかに行くおつもりですか」


 この状況でエベランから離れると思っていなかったのか、サンチョさんが目を少し大きくしている。商人と冒険者の感覚は大きく違うことに改めて気がついたかな? 冒険者は何が起きてもジッとしているのが苦手なのだ。


「ええ。『帰らずの砂漠』に巨大ワームが出たと言う話を聞きましてね。その討伐に行こうかと思っています」

「本当かね!?」


 ハウジンハ伯爵が急に身を乗り出してきた。何事かと注目がハウジンハ伯爵に集まった。それに気がついたハウジンハ伯爵がコホンと一つ咳をして、何事もなかったかのように席に座った。


「実はその巨大ワームの討伐を頼もうと思っていたのだよ」

「……何かあったのですね?」

「ああ。ついさっき、巨大なワームに隊商が襲われたという話が入ってきた。人が丸呑みにされたらしい。運良く生き残りがいて、間違いなくあそこには巨大ワームがいると確定した。これまではウワサだったのだがな」


 サンチョさんの顔が青ざめている。隣の国に物を売りに行くルートとして使っていたのかな? 人が丸呑みされるくらいだからかなり大きいな。


「エベランに戻って来ていない同業者が何人かいるのですが、まさか……」

「サンチョ、なぜ早く言わんのだ」

「申し訳ありません。行った先の街で商品を売っているのだろうと思っていまして……」

「すぐに調べさせよう。名簿を提出してくれ」

「はい。直ちに」


 サンチョさんが唇をかみしめている。同業者とはいえ、同じ商人としての仲間意識があるのだろう。もし自分がその立場になっていたら。思うところは色々とあるのかも知れない。


 今日のところはそこで終わりになった。俺たちは改めてハウジンハ伯爵から巨大ワームの討伐を請け負うことになった。

  ハウジンハ伯爵とサンチョ夫妻がサロンから退出したところで、さっそく巨大ワーム戦に向けた話し合いになった。なるべく短期間で決着をつけて戻って来なければならない。


「砂漠に現れるワームとは戦ったことがある。恐らくはあれが巨大化したのだろう」

「あれなら皮膚は硬くはないし、ミスリルの剣でなくても楽勝だな。まあ、それでも試し斬りにはなるだろう」


 あとは砂漠の砂の中にいるそいつをどうやって見つけるかだが、それは俺たちのアナライズで何とかなるだろう。俺たちの使うアナライズは地面の中での生き物も見つけることができるのだ。次の日には、俺たちは「帰らずの砂漠」に向けて出発した。


 俺たちのパーティーと巨大ワームとの相性はとても良かった。アナライズがないパーティーだとこんな短時間では討伐することはできなかっただろう。リリアのアナライズによって、わずか数日で広大な砂漠の中から巨大ワームを見つけることができた。


 魔物を見つけることさえできればこちらのものだ。俺が土魔法で地上へと引っ張り出し、それを待ち受けていたアーダンとジルが簡単に両断した。俺たちの目の前には大きな魔石が落ちている。


「やはり大したことはなかったな」

「まあ、切れ味の確認くらいはできたかな? すごくよく切れる」


 二人は平然としていたが、その巨大ワームの見た目の気持ち悪さに、リリアとエリーザが口元をしっかりと押さえていた。まさか、吐いたりしないよね? 慌てて二人を介抱した。

 巨大ワームを倒した俺たちは次の日のお昼過ぎにはエベランに到着していた。街の様子を見た限りでは特に変わったことはないようだった。


「サンチョさん、帰りました」

「おお、みなさん。お待ちしておりました。気になる情報が入ってきましたよ」


 思わず顔を見合わせる。もう何かあったのかという気持ちが強かった。それはみんなも同じようである。


「何があったのですか?」

「コリブリから来た同業者に街の様子を聞いたのですが、どうも最近、風の強い日が多いみたいです。どちらの方角から吹いてくるのかと聞いたら、ベランジェ王国の方からみたいなのですよ」

「そのことについてハウジンハ伯爵は何か言ってましたか?」


 サンチョさんが首を振った。伯爵のところにはまだ密偵から報告は上がっていないようだ。だが、時間の問題だろうな。コリブリの街に影響が出始めているなら、ベランジェ王国内ではもっと大変なことになっているはずだ。


「コリブリの街はここから近いんだったよな?」

「そうだね。今の俺たちなら一日で到着するはずだよ。エリーザがちょっと大変かも知れないけどね」

「私のことなら気にしないで。一日くらいならジルに抱えられるのも我慢できるわ」

「分かった。それなら一度、コリブリの街に行ってみよう。サンチョさんのところで厄介になってばかりでは悪いからな」


 そう言ったアーダンに、サンチョさんが首を振って応えた。


「厄介だなんて、そんなことはありませんよ。ですが私もコリブリの街のことは気になります。あの街は私の原点ですからね」


 俺とサンチョさんが出会ったのは、コリブリからエベランまでの護衛依頼だった。どうしてわざわざ辺境の街に行くのかと思っていたのだが、思い出の街だったようだ。俺とリリアも同じである。


「それじゃ、コリブリの街の様子を見に行きましょう。オッサンにも一応、報告してあげた方が良いかも知れないしね」

「オッサン?」


 アーダンたちが首をかしげた。サンチョさんもだれのことなのか分からないようで、しきりに首をひねっている。


「コリブリの街にある、冒険者ギルドのギルドマスターのことだよ。リリアの機嫌を損ねたみたいでさ」

「フェルを試そうとしたオッサンが悪いのよ」

「愛されてますね、兄貴」

「ピーちゃん、それ以上はいけない!」


 そう言って俺はピーちゃんとカゲトラの口を塞いだ。危ない危ない。また二人がリリアに締め上げられるところだった。

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