第123話 作戦会議
サンチョさんが用意してくれた部屋は三部屋もあった。俺とリリア、ピーちゃん、カゲトラ用、アーダンとジル用、そしてエリーザ用である。さすがはサンチョさん。儲かってる。
「さっそく明日から『帰らずの砂漠』に行くことになるのかしら?」
「ミスリルの剣を試し斬りしたいだろうし、行くことになるんじゃないかな? 夕食の前に一度集まって話しておきたいね」
冒険者ギルドに行ったときに目的地の情報をある程度集めておいた。どうやらアーダンたちは以前に行ったことがあるらしく、的を絞った質問をしていた。横で聞いていた感じだと、そこまで特殊な装備は必要はなさそうだった。
ゴロンとベッドに寝転がった。フワフワの感触が体を包み込む。お布団も良いけど、ベッドも捨てがたいな。ただし、高級なベッドに限る。まねしてリリアも隣に転がった。
今のところコリブリの街で何かあったという話は伝わってきていないようである。このまま何事もなく過ぎ去ってくれると良いのだが。
ベランジェ王国の風の精霊は本当に動き出したのだろうか。動き出したばかりなら力も弱いはず。その間に討伐すれば、何の問題もなく解決するはずである。
フォーチュン王国からは精霊に関する話が伝わっているはずだ。火の精霊のときみたいに、何の手がかりもないわけではないのだ。
「ピーちゃん、カゲトラ、風の精霊の気配は感じる?」
「いえ、分かりませんね」
「面目ない」
「ああ、気にしないで。ちょっとでも何かを感じたらすぐに教えて欲しい。二人の力があれば何か分かるかも知れないからね」
ピーちゃんはカゲトラのことをわずかだが感じ取ることができた。それなら風の精霊のことも何か感じ取れるのではないだろうか。今は二人いるのだ。その可能性は高いはずだ。
ということは、まだ本格的に動き出したわけではないのだろう。ギルドマスターのラファエロさんがハッキリと言わなかったのも、懐疑的だったからに違いない。
風の精霊が動き出したとしても、大きな問題になるまでにはかなりの時間がかかるはずだ。水の精霊だって時間をかけて準備を……。
「ねえ、カゲトラ。カゲトラは『この星』に操られてからどれくらいの時間をかけてあそこまでの力を身につけたの?」
翼をくちばしの下に当てて考えるような格好をするカゲトラ。しきりに首をひねっているということは分からないのだろう。
「もしかして、覚えてないのかしら?」
「申し訳ありませぬ。これまで時間の流れなど考えたことがありませんでしたので分かりませぬ」
申し訳なさそうに肩を落とし、下を向くカゲトラ。しかしすぐにこちらを向いた。
「ですが、自分の中に無理やり魔力がそそぎ込まれたとき、これはまずいことになると思って、それに必死になって抵抗したことだけはかすかに覚えておりまする」
「そうだったんだね。ありがとう。ものすごく参考になったよ」
そう言って済まなそうにしているカゲトラの頭をなでた。分からないものはしょうがない。でも、分かったこともある。
水の精霊がどれだけの期間であれだけの力をつけたのかが分からないと言うことだ。
それはつまり、風の精霊が急激に力をつけて、明日にでも災害を起こす可能性だってあるということになる。つまり、油断はできない。
「フェル……」
「これは思っていた以上に面倒事のようだね。すぐに最新の情報が入ってくるように、サンチョさんにお願いしておかないと」
ああでもない、こうでもない、と四人で話し合っていると、サンチョさんが仕事から帰ってきたとの連絡があった。これからのことや何が起きているのかを話すべくみんなでサロンに向かった。
そこにはサンチョさんだけでなく、ハウジンハ伯爵の姿もあった。
「ハウジンハ伯爵、またお目にかかれて光栄です」
「私もだよ。何やら厄介事を抱え込んでいるみたいだね? サンチョから話があったときにピンときたよ。私も話に参加させてもらっても良いかね」
「もちろんですよ」
どうやらサンチョさんの奥さんのミースさんがただ事ではないと思って、サンチョさんに連絡を入れてくれていたようだ。そしてサンチョさんはハウジンハ伯爵に話したようである。
ハウジンハ伯爵の話し方からして、国からある程度の事情を聞いているのだろう。それならより詳しい話を聞くことができるだろうし、とてもありがたい。
「ありがとうございます。我々も心強い協力者を得られて、大変感謝しています」
事情を察したアーダンが代表してお礼を言った。すでにテーブルの上にはお茶が用意されていた。ミースさんも呼んで俺たちが知っていることを話した。
「まさかそんなことが……」
「あなた……」
サンチョ夫妻がお互いに抱き合って震えている。ハウジンハ伯爵も難しい顔をしていた。サンチョさんによると、まだコリブリの街では何か起こったような形跡はなかったそうである。
「国王陛下から聞いたときには、風の精霊が動き出すまでにはまだ当分時間がかかるだろうと思っていたが、そうとも限らないということか。これは早急にこちらも準備をしておかないといけないぞ」
「さすがに先にこちらへ風の精霊が向かってくるとは思いませんが、ベランジェ王国がどうなるかは分かりません。最悪、一部の難民がこちらへ押し寄せるかも知れません」
そう言うと、ハウジンハ伯爵の顔色がますます悪くなった。だが、最悪を想定しておくべきだろう。ベランジェ王国と一緒に共倒れなんて嫌だからね。
「……国境の警備も強化しなければならないか。あとは難民を受け入れるための準備か。君たちの話が聞けて良かった。これがもし、備えもなく突発的に起こっていたら、フォーチュン王国は恐慌状態に陥るところだったぞ」
ハウジンハ伯爵の顔には力がある。今なら手の打ちようがあると言うことなのだろう。さすがだな。嫉妬されて呪いをかけられるだけはある。ペトラ夫人、元気にしているかな?
「サンチョにも手伝ってもらわなければならん。もちろん金は出すぞ。国も嫌とは言うまい。フォーチュン王国の危機なのだからな」
「もちろんですとも。できる限りの手助けをさせていただきますよ」
風の精霊が本格的に暴れ出しても多少の時間はあるだろう。まずはベランジェ王国を蹂躙することから始まるだろうからね。その頃にはフォーチュン王国にも何かしらの連絡が届いているはずである。
俺たちが本格的に動き出すのはそれからになるだろう。それまでの準備はハウジンハ伯爵とサンチョさんに頑張ってもらうしかない。そう思っていたのだが。
「残す問題は、ベランジェ王国がどう動くかだな」
「どういうことですか?」
思わず顔を見合わせた。まさか風の精霊が本格的に動き出しても、こちら側には連絡がない、そんなことがあると思っているのだろうか。その疑惑が顔に出ていたらしい。
「フォーチュン王国とベランジェ王国はお互いにライバル視しているのだよ。こちら側が精霊の情報を積極的に公開したので今のところは中立関係を保っているが、今後はどうなるか分からない」
そう言って頭を振った。今のところ、ベランジェ王国との衝突までには至っていないが、そうなる危機が何度もあったのかも知れない。
もしそうならば、自国の隙を見せないようにするために情報を隠す可能性があるのか。
緊急事態にそのような愚かなことをするとは思えないが、どうやら国やハウジンハ伯爵はその可能性があると思っているようだ。信用ないな、ベランジェ王国。俺も同じ意見だけどね。
「それならば、ベランジェ王国で情報を集めている人たちがどれだけ早くこちら側に伝えてくれるかに期待するしかないですね。ハウジンハ伯爵からも人を派遣しているのでしょう?」
「まあな。これはもう少し人員を増やした方が良いかも知れないな」
ハウジンハ伯爵が大きなため息をついた。危険な任務だし、お金もかかる。自前の密偵なら自己負担になるだろう。貴族も大変だ。
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