第122話 お引っ越しは迅速に
「フェル、どうした? 何だか元気がないぞ」
「そうかな?」
「もしかして王都から離れるのがつらいのか? どうせ一時的なものさ。問題が片付けば、すぐに帰って来ることになる」
食堂で朝食を食べていると、アーダンとジルが俺を気遣ってくれた。
違うんだよ。昨日の夜、リリアを意識しすぎたのかちょっと変な夢を見ちゃって、落ち込んでいるんだよ。危うくお布団を汚すところだったよ。
「確かにここの宿は住み心地が良かったものね。フェルが離れたくないのも分かるわ。あたしも嫌だもん。この宿ごと移動できたら良かったのにね」
「そ、そうだね。エベランに到着したら似たような宿がないか、探してみようか」
「んー、それなんだけど、サンチョさんから『エベランに来たらぜひ我が家へ』って言われてるのよね。短期間なら街の宿でも良いかも知れないけど、長くなって、街の宿屋を利用していることが見つかったら、気を悪くするんじゃないかしら?」
どうやらエリーザはサンチョさんの家でお世話になっている間に、ずいぶんと仲良くなったらしい。せっかくの好意をないがしろにするのは良くないと思っているようだ。
「サンチョさんはエベランでも指折りの大商人だったよな?」
「エベランというよりも、フォーチュン王国で指折りの商人なんじゃないかな」
俺の返事にアーダンが考え込んだ。サンチョさんは商業都市エベランを治めている領主のハウジンハ伯爵とも仲が良い。力を持った商人であることは間違いないだろう。
「それならなおのこと、サンチョ邸に泊まった方が良いかも知れないな。商人のつながりで有力な情報が入ってくる可能性は高いだろう」
商人は利に聡いからね。危険度が高く、割に合わない場所には物を売りに行かないはずだ。その筋からでも他の町の情報を仕入れることができるかも知れないな。
「それじゃ、サンチョさんにお世話になることにしよう。何だかサンチョさんに悪いなぁ」
「何かしてあげられることがあったら良いんだけど……そうだわ。恨みがある人にあたしが仕返しをしてあげるわ!」
「リリアの仕返しは倍返しどころじゃすまないよね?」
「末代まで水虫になる呪いをかけてあげるわ」
「やめてよね」
どうして本人だけでなく、その子孫にまで影響を及ぼすようなことをしようとするのか。俺はそっとリリアを抱き寄せた。これ以上興奮するのは良くない。本当にやりかねない。
朝食が終わると、冒険者ギルドへと向かう。そこで受付嬢のクラリスさんに俺たちがしばらく商業都市エベランに移動することを告げた。もちろんクラリスさんは驚いて俺たちを押しとどめようとした。せめてギルドマスターに挨拶して欲しいと。
「そうは言っても、今、不在なんですよね?」
「……はい。ちょっと席を外しておりますが、すぐに帰って来ると思います」
自信なさげである。たぶん、昨日の話をするために王城に出向いているのだろう。それならすぐには帰って来ないだろう。
「すまないが、早急に旅立たなくてはいけなくてね。これから出発することになっているんだ。宿にもしばらく帰って来ないからと言ってあるからなぁ」
アーダンがあごに手を当てながら考えるような振りをしている。今ならまだ、走って帰れば宿の部屋は空いているはずである。そんなアーダンの表情を見たクラリスさんは絶望的な顔をすると渋々ながら了承してくれた。
しょうがないよね。冒険者は自由気ままな生き物なのだ。でも悪いことしちゃったかな?
クラリスさんを安心させるべく、エベランではサンチョさんの家にお世話になるつもりだと言ってから冒険者ギルドをあとにした。これで俺たちがどこにいるのかもハッキリするだろうし、少しは安心してもらえると思う。
「アーダンも気づいてた?」
「まあな。たぶん、昨日のことを国に報告に行ってるのだろう。どこまで俺たちのことを話していることやら」
肩をすくめるアーダン。どうやらアーダンも楽観視はしていないようである。
冒険者ギルドに報告したからにはノンビリとしてはいられない。その足で停車場に向かうと商業都市エベラン行きの馬車に乗った。これで王都ともしばらくお別れだ。帰って来るのは風の精霊についての問題が解決してからになるだろう。
数日後、無事に商業都市エベランに到着した俺たちは、まずはその足でサンチョさんの家に向かった。サンチョさんは俺たちを歓迎してくれた。
「よくぞ来て下さいました。部屋は用意してありますよ。ここよりも中心地に近いところがよろしければ、商会が入っている建物を拠点にしてもらっても構いませんよ」
「ありがとうございます。検討しておきます」
パーティーを代表して俺が答えた。本来ならリーダーであるアーダンが対応することなのだが、俺とサンチョさんの関わりが深いため、ここでは俺が対応することになっている。
「何かあったらあたしに相談してよね。やっつけてあげるから」
「ハハハ、リリア様は頼もしいですな」
サンチョさんが目尻を緩やかに下げながら笑った。内心、困っていそうである。いや、実際に頼りにしようと思っているのかな? サンチョさんには恨みがある人物がいるからね。
ひとまず挨拶をすませると、今度はエベランの街の冒険者ギルドへと向かった。しばらく滞在することをアーダンが告げると、ギルドマスターは驚いていた。
「ここにはプラチナランク冒険者に頼るような依頼はありませんよ。護衛の仕事ならたくさんありますけどね」
「それなら、最近この辺りで問題になっている厄介な魔物はいませんか?」
「それでしたら……」
そう言って何かを受付嬢に言うと、受付嬢はすぐにファイルを持って来て説明してくれた。受付嬢の話によると、エベランの街から南に進んだところにある「帰らずの砂漠」と呼ばれている場所で、巨大ワームの目撃情報が相次いでいるそうだ。
帰らずの砂漠にはいくつか良質な素材が取れるオアシスがあるようで、そこに素材採取に向かった冒険者が巨大ワームを目撃しているらしい。オアシス周辺だけでなく、他にもサソリ型の生き物から貴重な毒を採取できたり、砂漠を泳ぐ魚からコラーゲンたっぷりの肉が取れたりするそうである。
それにその砂漠を通って、商人たちがその先にある街や国に物を運んでいるそうだ。その人たちからも目撃情報があるらしいが、実際に本当にいるかどうかは分からないらしい。まだ被害は出ていないようである。
帰らずの砂漠という物騒な名前をしているが、その内情はコンパスさえ持っておけば帰って来られる場所だそうである。そんな名前をしているのは、装備を持たない庶民が容易に入り込まないようにするためだそうだ。
「よし、試し斬りはそいつに決定だな」
「巨大ワーム……クモよりかはマシかしら」
「リリアは大丈夫?」
「大丈夫よ。おち……」
慌ててリリアの口を塞いだ。確かに見た目が似ているかも知れないが、それをレディーが口にするべきことではない。手の中でモゴモゴ言っているが、この手は絶対に離さない。
冒険者ギルドへの報告も終わったので、再びサンチョさんの家へと戻ってきた。どうやら仕事に出かけたようで、サンチョさんはいなかったが、代わりに妻のミースさんに風の精霊の影響が出ていないかを聞くことにした。
「近隣の町で何か問題が起きているとは聞いていませんわ。あの、何か問題が起こりそうなのですか?」
「ええ、まあ。詳しくはサンチョさんが戻って来てからお話しますよ。サンチョさんにも協力していただけると助かりますからね。そうだ、ハウジンハ伯爵にもお世話になるかも知れません」
何かが起こりつつあることを察したのか、ミースさんの顔色が悪くなった。黙っていても良いんだけど、話しておいた方が良いという結論になった。万が一のことがあれば逃げてもらわないといけないからね。そのためにも事情を知っていた方が良いだろう。
サンチョさんはエベランの街に大きな影響力を持っている。それを利用した方が、俺たちが動くよりもずっと早いし、信頼されると思う。サンチョさんが戻ってくるまでの間、用意してもらった部屋で休むことにした。
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