第121話 一時的に拠点を移動する

 宿に戻ってきた俺たちは、休憩を挟んでから再度、食堂に集まることにした。ルガラドさんの工房とアカデミーでの出来事は問題ない。だが、最初の冒険者ギルドでの話し合いが思った以上に精神に悪影響を及ぼしつつあった。具体的に言うと、精神的に疲れた。


「それじゃ、リラックスの魔法をみんなに使っておくわ」


 気を利かせたエリーザが魔法を使ってくれた。心が少しずつ軽くなっていくような気がする。魔法に頼るのはあまり良くないかも知れないが、今回はしょうがないと思っておこう。リリアたちを連れて部屋に戻った。


「ねぇ、コリブリの街は大丈夫かしら? あの街はベランジェ王国の国境に近かったから心配だわ」

「フォーチュン王国側とは反対側の辺境に風の精霊がいるって話だったからすぐに影響はないと思うけど確かに心配だね。みんな無事かな」


 俺たちが最初に拠点として住んだ街コリブリ。当然、知り合いがたくさんいるし、思い入れもある。風の精霊の影響が出始めたらできる限り手助けしたいと思っている。アーダンたちもダメとは言わないはずだ。


「おじいちゃんはああ言ってたけど、あたしたちにやらせるつもりよね?」


 何だか眉間にシワを寄せたリリアがちょっと怒ったような口調でそう言った。腰に手を当てているし、本当に怒っているのかも知れない。


「おじいちゃん? ああ、ギルドマスターのラファエロさんのことね。本人の前で言っちゃダメだよ。いくら長命のエルフとはいえ、内心では気にしているかも知れないからね。そうだな……ラファエロさんは国から頼まれて、その結果、俺たちが適任だと判断したんじゃないかな」

「適任ねぇ……フェルの気持ちも考えて欲しいわ」


 どうやら俺のことで怒ってくれているらしい。プリプリと怒る姿が何だかかわいらしく思えてきた。そんなリリアを手であやす。


「ありがとう、リリア。でもね、俺の気持ちと国の危機じゃあ、国を選択するのは仕方がないことだよ」

「それじゃ、もしそうなったら、フェルは国のために働くの?」

「そうなるかな? それがリリアやみんなの安全につながるからね」


 リリアが口をとがらせている。これはあまり納得していないな。「それは分かるけど、認めたくない」といった感じかな。そんなリリアをなでながら目を閉じた。

 ピーちゃんとカゲトラに起こされて食堂に行くとすでに他のみんなはそろっていた。


「ちょうど良かった。そろそろ呼びに行こうかと思っていたところだ」

「ごめん、ちょっとウトウトしてたよ。二人が起こしてくれなかったら、そのまま眠ってしまっていたよ」

「そうか。俺たちも似たようなもんだよ」


 みんなで笑う。どうやらみんなお疲れのようである。夕食を注文してから、これからについての話になった。風の精霊のこともある。慎重に考えないといけないな。


「何かあれば、国は俺たちを頼って来るだろう。それだけは間違いないな」

「そうだね。精霊を倒した実績があるのは俺たちだけだからね」

「それなら国から依頼が来ることを前提にして考えないといけないわね」


 こればかりはしょうがないだろう。俺が国王の立場でも同じことを考えるはずだ。リリアも何も言わない。ピーちゃんとカゲトラはそんなリリアをハラハラとした様子で見ていた。


「それじゃ王都からあまり遠くには行けないな」

「隣の大陸に行くのはまず無理だ。隣の国に行くのもダメだろう」


 それはベランジェ王国だけではない。フォーチュン王国と友好的な関係を結んでいる国も同じだ。そうなると、国内でできることに限られる。それならば。


「それならさ、拠点を一時的にエベランに移さない? エベランなら王都にいるよりもベランジェ王国に近いし、何かあったときに国境付近の街や村まで行きやすいと思うんだ」

「俺もそう思っていたところだ。商業都市エベランなら王都からもそれほど遠くないし、情報も王都並みに入って来るだろう。何せ、東西南北から物と情報が入ってくる場所だからな」


 アーダンが賛成してくれた。ジルとエリーザもうなずいている。特に否定的な意見はなさそうだ。


「王都のギルドマスターに言っておけば、冒険者ギルドを通して情報を流してくれるはずよ。それに私たちがどこにいるか分かれば、少しは安心すると思う」

「良いんじゃないのか? エベランの冒険者ギルドにも大物の魔物が現れた目撃情報が入っているかも知れないしな。それを狩りに行けばいいさ」


 ジルらしい意見である。どこに行っても、手ごわい魔物と戦えれば問題ないようだ。もちろん俺も問題ない。人々を脅威から救うのも冒険者の仕事だ。プラチナランク冒険者が引き受けるような依頼はないかも知れないが、厄介な魔物の討伐依頼ならいくらでも残っているはずだ。


「それじゃ、商業都市エベランに一時的に拠点を移動することにしよう。問題はないな?」


 反対意見はなかった。これでエベランに拠点を移動することが決まった。明日には王都の冒険者ギルドに報告して、そのまま商業都市エベランに向かうことにした。エベランからコリブリの街まではそう遠くない。コリブリの街の情報も入ってくるはずだ。


「この宿ともしばらくお別れね。お布団とも、ヒノキのお風呂とも今日で最後になるかも知れないわ。ゆっくりとお風呂に入らないとね」


 そう言いながらリリアがこちらを見てきた。確かにそうなんだけど、何だか返事をしにくいな。ジルとエリーザが俺たちの方を凝視しているのが気になるからかな。アーダンみたいに、見て見ぬ振りをしてくれたら良かったのに。


「フェル、俺たちに構うことはないんだぞ。返事をしてやれ」

「そうよ。フェルがいない間、リリアちゃんがフェルと一緒にお風呂に入るのを楽しみにしていたわよ」

「ちょっとリリアさん!?」


 リリアは特に問題があることをしているとは思っていないようで首をかしげていた。妖精と人族の考え方って、もしかするとずいぶん違うのかも知れない。妖精にとって男女で一緒にお風呂に入ることは普通のことなのだろう。


「よし、方針も決まったことだし、今日はみんな精神的に疲れただろう? 早いところ食事を終わらせて風呂に入って寝ることにしよう。エベランに腰を落ち着けるまでは忙しくなるからな」


 気を利かせたアーダンが話題を変えてくれた。さすがはアーダン。気配りが良くできる男だ。俺はそそくさと食事を終わらせて、部屋へと戻った。


「リリア、妖精たちの間では、男女でお風呂に入ることは普通なんだよね?」

「当たり前じゃない。男の妖精は妖精王しかいないのよ。妖精王と一緒にお風呂に入るのは当然のことでしょう?」


 フワフワの眉をポヨポヨと動かしながら「何を言っているんだ」と言うような声色でそう言った。そういうものなのか。と言うか、妖精の国では男は妖精王だけなのか。あとは全部女の子なのかな? ものすごいハーレムだな。きっと妖精王もニッコニコだろうな。うらやましい。


「ほら、フェル、お風呂に入るわよ。しばらく入らなくても良いように、しっかりと堪能するんだからね」

「はいはい」


 そう言いながら、目の前に浮かぶ、リリアのプリプリとしたお尻を眺めていた。けしからんな、妖精王。

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