第118話 男たちの戦い
「え、えええ!」
「ふ、増えた!?」
突如増えたピーちゃんとカゲトラにリリアも驚いている。どうやら想定外の事態が起きたようである。何でもありだな。まあ、他の生き物に乗り移れるくらいだし、どこか別の空間に移動することもできるようだし、数が増えるくらいはお手の物なのだろう。たぶん。
だが二人が増えてくれたおかげで俺とリリアの両方につくことができる。これは良いぞ。使い方によってはパーティーが別れたときに、お互いの意思疎通が取れるようになるかも知れない。これは色々と実験せねば。
リリアとエリーザを商業都市エベランのサンチョさんに預けると、俺たちはすぐに深淵の森へと戻った。サンチョさんは俺たちが頼ってくれたことをとても喜んでいた。
貸しを作ったというよりも、まだまだあのときのお礼が返せていないと思っているようだ。
高価な魔法袋をもらったので、こちらはもう十分に恩を返してもらっていると思っているのだが、向こうはそう思ってはいないらしい。
ピーちゃんとカゲトラのことは「隣の大陸で見つけたちょっと変わった鳥」と言っておいた。その話をあまり信じてはいなさそうだったが、それ以上は何も言わなかった。
「リリアが心配か、フェル?」
「まあ、そうだね。だれかにイタズラを仕掛けているんじゃないかと言う点でも心配だね」
「大丈夫ですよ、兄貴。姉御は今、水浴びをしていますよ。全裸で」
ジルがニヤニヤとした表情でこちらを見ている。ピーちゃん、なぜその情報を追加した? 別に要らないよね?
「どうやらエリーザの姉貴も一緒みたいです。もちろん、全裸で」
ピーちゃん、君は一体何を見ているのかね? 俺も目を閉じればその光景が見えるようになるのかも知れない。でも試せないな。
そんなピーちゃんをジルが両手で握った。
「お前は今すぐそこから出ろ」
「だ、大丈夫ですよ! のぞき見はしていませんから!」
慌て出すピーちゃん。カゲトラも慌てていた。君たち二人とも、一緒に入っていたよね? ジルから解放されたピーちゃんが急いで俺の頭に乗ってきた。鳥の巣になった気持ちである。
「おい、集中しろ。まだ油断はできないぞ」
「ご、ごめん」
「スマン」
アーダンに怒られた。不安材料がなくなったと思ったら新たな不安材料が出て来たことに、アーダンは内心で頭を抱えているかも知れない。集中、集中。無事にリリアの元まで帰らなければ。
「いたよ、アーダン。やっぱりつがいだったみたいだね」
「粘ったかいがあったな。逃がすなよ。一匹か?」
「……一匹だね。そうなると、オスなのかな?」
「油断しない方が良さそうだな。ビッグスパイダーの前足は鋼みたいに硬いから気をつけろよ」
「了解」
さすがに二度目のビッグスパイダー討伐だったので、特に苦戦することなく倒すことができた。目の前には先ほどよりも大きな魔石が転がっている。
「近くに俺たち以外の生き物の気配はないよ」
「そうか。ひとまずは安全そうだな。魔石を回収してから少し休憩しよう」
「これでデカイ魔石が二個になったぞ。これならますます喜んでくれるだろうな。俺たちにくれるって言っていた飛行船もでっかくなるかも知れないな」
そんなことがあるのだろうか? 大きな魔石を二個使った巨大な飛行船。客室も多く、旅行用の飛行船だ。
ない、と思う。まず作られるのは軍用だろうな。民間に支給されるのはそれからだ。魔導船もそうだったみたいだしね。
休憩を挟みつつ、深淵の森をくまなく探索する。体力があるメンバーで構成されているので、多少の強行軍でも大丈夫だ。俺もひそかに自分に強化魔法を使って、置いて行かれないようにしている。
その後はビッグスパイダーを見つけることなく、拠点まで戻って来た。日はもう暮れる寸前だ。ほぼ一日中、森の中を走り回った。
「お疲れ、二人とも。どうやらあの二匹だけだったみたいだな。隠れていた生き物たちも徐々に姿を見せ始めていたし、そのうちこの森も元の状態に戻るだろう。それにしても、フェルがここまで体力があるとは思わなかった。思わぬ収穫だな」
「だな。これなら俺たち三人で偵察に行くのもありだな」
二人からは高い評価を得られたようである。魔法を使ってインチキをしていたことは黙っておくことにした。ガッカリさせるのが怖い。それに言わなきゃバレない。あとでリリアたちの口を塞いでおかないといけないな。
「それでも戦士にはなれそうにないけどね。武器を使った戦いはとてもできそうにないよ」
「そんなもんか? 慣れればどうにでもなるぞ」
「たぶんそれはジルだけだよ……」
ジルの話を真に受けてはいけない。素質が違いすぎるからね。俺が「魔法を使うのはだれにでもできて、簡単だよ」と言っているようなものだ。当然、そんなことはない。少なからず才能が必要だ。でなれば、今ごろ世界中のだれもが魔法を使っているはずである。
「思ったよりも時間がかかったな」
「そうだね。深淵の森がそれなりの広さがあったから仕方がないよ。向こうにはピーちゃんを通して連絡してあるから問題ないと思うけどね」
もしかして「遅い」って怒っているかな? そんな話はピーちゃんとカゲトラから出ていないんだけど。
「だがちょうど良かったかも知れないぜ? 王都に戻るころにはミスリルの装備が完成しているはずだ」
「確かにそうだな」
何だかんだでルガラドさんに注文してから二十日近く経過していた。王都に戻るころにはきっと装備が完成しているだろう。俺の装備はないけど、どんな感じに出来上がったのか楽しみではある。
「それじゃ、早いところ王都に戻ろうよ」
「そうするか。明日からも強行軍だな」
「さすがにエリーザと合流したら無理だけどね」
時期が合えば魔導船で川を下って王都に帰ることも検討した方が良いのかも知れない。速度では魔導船の方が速いからね。それに乗り継いだりしないので焦る必要もないのだ。
その日は早めに就寝して、翌朝、日が昇る前に仮拠点を出発することになった。
商業都市エベランではリリアとエリーザが待ち受けていた。ピーちゃんとカゲトラからこちらの状況は聞いていたはずだが、やはり心配だったようである。戦った魔物が彼女たちにとっておぞましい相手なだけあって、万が一のことを想定せずにはいられなかったようである。
リリアからは熱烈な歓迎を受けた。もちろん、一緒にお風呂にも入った。
「それじゃ、深淵の森はもう大丈夫なのね」
「そうだよ。そのうち冒険者たちも戻って来るんじゃないかな? そう言えばトレントの姿を見かけなかったけど、どこに行ったのかな」
「足があるから別の森に逃げ出したんじゃないの?」
ピーちゃんを浮き輪代わりにしているリリアがちょっと考えながらそう言った。そうは言ったものの、リリアも確信はないようだ。近くに他の森はなかったので、遠くまで移動する必要があるだろう。どこかで「森が動いた」とウワサになっているかも知れないな。
チラチラとリリアを見る。どうやら変わりはないようである。安心した。エベランにいる間は、エリーザとサンチョさんの妻のミースさんと一緒に買い物に行ったり、カフェで甘い物を食べたりして過ごしていたようである。馬車馬のように森の中を駆け回っていた俺たちとは大違いである。
「魔導船が使えたら良かったんだけど、時期が悪かったみたいだね」
「昨日、出発したばかりだもんね。今なら馬車を乗り継いで帰った方が速いわ」
残念だが仕方がない。ビッグスパイダーを放置できなかったのは事実なのだからね。あれが深淵の森に潜んでいれば、冒険者たちの間で被害が出ていたことだろう。
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