第117話 今話題のパーティー

 みんなに話して良かったと思う。不安材料が完全になくなったわけではないが、心がずいぶんと軽くなった。

 今のところ風の精霊が動き出す兆しはない。そのまま何事もなく時間が過ぎていってくれればいい。


 リリアを二人から引きはがして、パンケーキを食べる。ようやく甘みを感じることができてきた。フワフワのクリームが初めての食感だ。口の中に入れると、すぐにとろけてしまう。


「これでギルドマスターの顔を立てることもできたし、これからどうするのかしら?」

「そりゃもちろん、ビッグスパイダー討伐だろ。研究者たちのために大きな魔石を手に入れないとな」


 ジルの発言にエリーザが嫌そうな顔をしている。これはエリーザ抜きで行くことになるかも知れないな。当然のことながらリリアも嫌そうな顔をしている。


「リリアも嫌そうだね。何かあったの?」

「昔、クモの巣に引っかかって食べられそうになったことがあるのよ。そのときは森ごと燃やしてどうにか逃げることができたけど、気持ち悪かったわ」


 思い出したのか、俺の胸元にしがみついてブルブルと震え出した。これは完全にトラウマになっているな。しかしクモだけでなく、森ごと焼くとは何とも豪快である。森に住む生き物からしたらいい迷惑だっただろうな。


「それならエリーザとリリアは宿で待っておくか? 男だけで行くのも、まあ、悪くはないな」

「華がないから寂しい冒険になりそうだけどね」


 リリアとエリーザが顔を見合わせている。華がない、という俺の言葉が引っかかっているようである。これは余計なことを言ってしまったかも知れない。嫌なら宿屋で待っていても良いんだよ。


「い、行くわ。私も行くわ」

「あたしも~」


 そう言ってベッタリとくっつくリリア。恐慌状態になったリリアが森を燃やさないように、しっかりと見張っておかなければいけないな。ついでにピーちゃんとカゲトラがクモの巣に引っかからないように注意しておかなければならない気がする。

 意味ありげな表情でニヤニヤとこちらを見ていたピーちゃんとカゲトラをニギニギしておいた。




 王城での話はハッキリ言って不愉快だった。俺たちは気分を変えるためにその日のうちに王都を出発することにした。宿屋の店主に出かけることを告げて出発する。目的地は深淵の森だと伝えておいたので、ギルドマスターが俺たちを訪ねて来たとしてもすぐに行き先が分かるだろう。


 深淵の森までは商業都市エベランから二、三日かかる距離にある。まずはエベランに向かうとしよう。せっかくなので、サンチョさんに挨拶に行こうかな?

 商業都市エベランまでは魔導船で川をさかのぼるのではなく、陸路で行くことにした。ミスリルの装備が完成するまでにはまだまだ時間がかかるからね。焦る必要はないのだ。


 途中でいくつもの町や村を経由する。王都へと通じる街道沿いの場所だけあって、どの町にもしっかりとした旅人用の宿があった。これなら安心して旅ができそうだ。


 エベランに到着すると、その日はサンチョさんの家にお世話になった。そんなつもりはなかったのだが、隣の大陸の話にサンチョさんがかなり関心を示したため、そこであった出来事を話すことになったのだ。


 奥さんのミースさんも喜んでいたし、最終的にはハウジンハ伯爵夫妻も合流して、ちょっとした宴会のようになってしまった。


「それでビッグスパイダー討伐に向かうことにしたのですね。それにしても、王都で飛行船が建造されているとは思いませんでした。飛行船を見たというウワサは聞いたことがあったのですがね」

「それでも、皆さんがお話して下さるまでは信じていませんでしたけどね」


 ミースさんがクスクスと笑っている。船が空を飛ぶなんて、一般市民は信じないだろうな。ある程度の事情は耳に入っていたのか、ハウジンハ伯爵夫妻は笑ってその話を聞いていた。


「新しく建造される飛行船を手に入れる契約をすでに結んでいるとはな。さすがはフォーチュン王国内で一番と言われるプラチナランク冒険者だな」

「そうなんですか?」


 まさかそんな話が出ているだなんて知らなかった。確かに厄介な魔物を倒したり、精霊を鎮めたりしているけど、俺たちよりも古株のプラチナランク冒険者はいるのだ。その人たちを差し置いてそんなことになっているとは。


「本当ですよ。『勇者様ご一行』は最強パーティーだと、社交界で話題になっていますわ」


 何ということだ。寄りにも寄って社交界でその名前が話題になっているとは。どうせならもっとかっこいい名前にして欲しかった。確かに勇者村から出て来た人たちで構成されているけどさ。俺たちは違うぞ。


 そしてそこまで話題になっているということは、今さら変更が利かないと言うことでもある。何ということをしてくれたんだ、アーダン。せめてエリーザの許可を取ってからにして欲しかった。それならまともな名前になっていたことだろう。


「皆さんが飛行船の動力源に使えるほどの大きさの魔石をたくさん集めて下されば、それだけ私たちにも飛行船が手に入るチャンスが訪れるということですね。夢が広がりますな」

「その日が来るのが楽しみですね」


 サンチョ夫妻からずいぶんと期待されているようである。

 巨大な魔石を得るためにはそれ相応の魔物と戦わなければならない。そう簡単には手に入らないだろう。


 ここは俺たち以外のプラチナランク冒険者にも期待だな。そして、より小さな動力で飛行船が動くように改良する必要がある。研究員たちの頑張りも必要だ。

 そのためにも、たくさんの飛行船を建造して、技術力を磨いてもらわないといけない。


 翌日、サンチョ邸を出発し、深淵の森へと向かう。さすがに深淵の森に向かう馬車はなかった。サンチョさんが馬車を提供すると言ってきたが、道中に何があるか分からないので丁重にお断りした。


 ビッグスパイダーの討伐は思ったよりも手こずることになった。何とそのときになってリリアとエリーザが「クモを見ると腰を抜かして動けなくなる」ということが判明したのだ。

 そのときにはすでに深淵の森の奥深くまで踏み込んでいたため、そのまま討伐を強行することになった。

 無事に討伐は完了したのだが、それだけでは終わらなかった。


「まさか子連れだとはな。だとしたら、どこかにもう片方の親がいるんじゃないのか?」

「怖いこと言わないでよ、ジル」


 エリーザの顔色が悪くなった。リリアの顔色も悪くなっている。確かにその可能性はあると思う。あの大きさのクモがもう一体。いや、もしかしたら、もっとたくさん深淵の森の奥地にいるのかも知れない。アーダンの顔は険しくなっていた。


「あの大きさのクモが何匹もいるとは思えないが、念のため調べておいた方がいいな。……よし、一度、エベランに戻るぞ。そこでエリーザとリリアを置いて、俺たちだけで深淵の森を調査しよう」

「そうだね、それが良いと思うよ。サンチョさんにお願いすれば安心できるからね」

「決まりだな。二人ともそれでいいな?」


 二人は素直に俺たちの意見に従った。さて、ピーちゃんとカゲトラをどうするかだよな。何かあったときのためにリリアのそばにいさせたいけど、あまり人前にさらして、妙なウワサが立つのも困る。


「どうしたんですか、兄貴? あ、分かりましたよ。姉御と離れるのがつらいんでしょう?」

「それはそうだけど、リリアに無理はさせたくない。だからといって離れ離れになるのは心配だ。どうしたものかと思ってさ」

「フェルは過保護だなー。リリアにちょっかいをかけるようなやつがいたら黒焦げになるぜ。心配は要らないさ」


 そう言えばジルは黒焦げになりかけたんだった。説得力があるな。確かにそうだけど、それはそれでだれかが止めないといけないのではなかろうか。まあ、エリーザが止めてくれると思うけど、もう少し厚みが欲しい。


「ふむ、それならば、我々が二手に分かれて殿と姫様をお守りしましょう」

「それが良いですね」


 そう言うと、ピーちゃんとカゲトラがそれぞれ二体に増えた。二手に分かれるってそう言うことなの!?

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