第116話 お断りします

 宰相の発言に謁見の間の空気が重く、苦しくなった。よりにもよって隣国のベランジェ王国。風の精霊が暴れ出したら、俺たちが鎮めに行かなければならなくなるのだろうか?


 いや、ベランジェ王国には冒険者ギルドはないが、領地を持つ貴族がそれぞれ独自の騎士団を持っている。近隣の領地が合同で騎士団を派遣すれば、風の精霊に対処することができるだろう。

 屈強な騎士もいれば、優秀な魔法使いもいるはずだ。俺の力なんか借りなくても、どうにでもなるだろう。


「さいわいなことに、風の精霊が動き出したという話は聞いておらん。だが、いつ動き出してもおかしくはないというのが学者たちの見解だ。お前たちにも注意を払ってもらいたい。二体の精霊を鎮めたお前たちになら安心して任せることができる」


 国王陛下がジッとこちらを見つめていた。あー、なんかあまり良くない流れになってきたぞ。俺たちを頼るんじゃなくて、少しは国として動いてもらわないと。さすがにそれでは国民の理解は得られないぞ。フォーチュン王国は役立たず。冒険者の方がずっと役に立つ、なんて言われかねない。


「そこでだ。君たちにはぜひ、オリハルコンランクの冒険者になってもらいたい」


 宰相が鋭い目つきでこちらを見てきた。出たよ、オリハルコンランク。国からの依頼を受けることができる冒険者だ。国から直属の依頼なので報酬金は多いのだろう。だが、あまり魅力的でないな。


 プラチナランク冒険者である俺たちは、冒険者ギルドに張り出されているプラチナランクの依頼を達成するだけでも十分な報酬がもらえるのだ。わざわざ自由を束縛されるオリハルコンランクの冒険者になる必要はない。


 国としては、オリハルコンランク冒険者になってもらって、国に直属している冒険者がフォーチュン王国の危機を救ったという流れにしたいはずだ。国としてはぜひとも受けてもらいたいことだろう。


「お断りします」


 アーダンが静かにそう言った。その声には足下からにじみ出てくるような迫力があった。

 そういえば、前回、俺が気を失っているときに国王陛下と謁見したときにも同じ事を言われたって言ってたっけ。いい加減にウンザリしているのかも知れないな。


 青い顔をした宰相はそれ以上、何も言わなかった。アーダンに恐れをなしたのか、それとも、俺たちにこれ以上の不快感を与えることを恐れたのか。

 冒険者ギルドがあるのはフォーチュン王国だけではない。俺たちがそろって他国に流れるのを恐れたのかも知れない。


 謁見は終わった。俺たちはプラチナランク冒険者のままである。報酬を出すと言われたがそれも断った。まさかそれも断るとは思っていなかったらしく、ひどく狼狽していたが、俺たちは何事もなかったかのように無表情でお城をあとにした。もうここには来ないかも知れないな。


「予想通り、面白くない話だったな」

「そうだな。もう行く必要ないんじゃないのか? とてもじゃないが、いい話が聞けるとは思えないぞ」

「相手は国王だからね。国のために色々と考えることがあるのよ。強引に事を運ぼうとしないだけ、良心的だと思った方が良いわよ」

「そんなもんかー?」


 そのまま宿に帰る気になれなかった俺たちは、最近開店したばかりのカフェへと向かった。どうやら二月近く王都から離れている間に、新しいお店がいくつも開店しているようだ。時間を見つけて制覇したいところだな。


「フェル、このパンケーキがおすすめみたいよ」

「それじゃ、それにしようか」

「みんなはどうする~?」

「同じのを食べても面白くないから、違うのを頼みましょうよ」

「それが良いわね。フェルも色んな味を楽しみたいでしょう?」

「そうだね。楽しみだね」


 エリーザの提案に従って、違う種類のパンケーキを注文した。

 目の前に色とりどりのパンケーキが並ぶ。なるほど、生地は同じで、上に乗っているものが違うのか。これはどれがおいしいのかが気になるところだな。


 リリアが選んだのは生クリームがタップリと乗ったものだった。リリア専用の食器につぎ分けると、すぐにおいしそうにかぶりついていた。せっかくなので、ピーちゃんとカゲトラにも食べさせてあげた。

 妖精と同じく、嗜好品としてなら精霊も食べてくれるようである。


「これが甘いという感覚なのですね」

「殿にこの姿をいただかなければ、味わうことはできませんでしたな」


 感慨深そうに食べる二人。どうやら食事をするのは初めてのようである。これはもしかして、開けてはいけない扉を開いてしまったかも知れない。


「フェル、さっきから手が止まっているぞ。何かあったのか?」

「お城を出てから変よ。口数が少ないし。リリアちゃんも何だか気を遣っているみたいだしね」

「あ、分かったぞ。宰相の話にウンザリしたんだろう? 奇遇だな、俺もだよ」


 ジルが親指を立てた。間違ってはいない。ウンザリはしている。別の意味でも……。


「そういや、フェルはベランジェ王国の方角から来たって言ってたな」


 このままの空気ではまずいと思ったのだろう。アーダンが静かにそう言った。先ほどとは違ってこちらを気遣うような声色である。何となく察しているのだろう。相変わらず鋭いな。エリーザとジルも、それ以上は聞いて来なかった。


 だからと言って、黙っておくわけにはいかないな。俺たちは大事な仲間だ。これからベランジェ王国に行く可能性があることを考えると、話しておいた方が良いだろう。その方が、何かあったときに判断しやすいはずだ。


「ベランジェ王国は俺が生まれた国なんだ。そして、俺が捨てた国でもある。前にも少し話したことがあるけど、俺は後継者争いから逃げたんだ。それしか自分の身を守ることができなかった」


 このお店は開店したばかりということもあり、周囲はとてもにぎやかだ。だがしかし、この場だけは謁見の間のように静かだった。


「貴族だったんだろう?」

「うん。子爵家だったけどね。今にして思えば、大したことない身分だよね」


 みんなが笑った。確かに今の俺たちにとっては大した身分ではない。フォーチュン王国内で言えば、プラチナランク冒険者は子爵家以上の力を持っている。何せ、国王陛下からの要請をつっぱねることができるくらいだからね。プラチナランク冒険者を敵に回す貴族はよほどの世間知らずだろう。


「そうか。フェルの立ち振る舞いがキレイなのはそのせいだったか」

「テーブルマナーもしっかりしてるもんね。国王陛下と会食できそうなくらいに」

「冗談でもやめてよね」


 再びみんなが笑った。俺が貴族だったのはもう過去のことだ。今さら戻れと言われても戻るつもりはない。だが、気がかりもある。


「まあ、元実家の子爵家は気にしなくてもいいんだよ。ベランジェ王国で定められた手続きに従って、正式に廃嫡になったから。あの書類を覆すには俺のサインが必要だけど、そんなものにサインをする気はないからね」

「その言い方だと、別の気がかりがありそうだな」

「俺の母方のお爺様が公爵なんだよ。俺が生きていることを知ったら、どう動くのか予想がつかない」


 再びこの場が静まり返った。そのまま終わったことにしてそっとしておいてくれるだろうか。さすがに俺が廃嫡されたことを不審に思っているはずだ。お母様の死を不審に思い、調べ直しているかも知れない。


「なるほど、それじゃベランジェ王国に足が向かないわけだ。下手に戻って公爵にでも見つかったら大変なことになりそうだな」

「間違いないな。今のフェルは最強賢者だもんな。何としてでも手に入れようとするはずだぞ」

「確かにそうね。フェルがいればベランジェ王国の戦力が跳ね上がることになるもの」


 やっぱりそうなるよね。ベランジェ王国に戻る気などさらさらないけど相手は高位貴族。何を仕掛けて来るか分からない。それならば、危険なところに近寄らないに限る。


「絶対にフェルは渡さないわよ」


 リリアが俺の顔にギュッとしがみついてきた。俺もそう簡単に貴族の言いなりになるつもりはない。今の俺は昔の無力な俺ではないのだ。その気になれば、ベランジェ王国ごと吹き飛ばすことができるだろう。……精霊が暴れるよりも、俺が暴れた方が大変なことになりそうだ。


「そうですよ。兄貴は姉御のものですからね!」

「ウム。殿と姫様の恋仲を邪魔する者は、馬に蹴られて死ぬがよい」


 あ、ちょっと二人とも。


「ななな、何、言ってるのよ、二人とも!」


 リリアが両腕でピーちゃんを絞め、両足でカゲトラを絞めあげた。あーあ、もうむちゃくちゃだよ。

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