第119話 風のウワサ
王都に戻った俺たちは一目散にルガラドさんの工房に向かおうとした。だがその前に「冒険者ギルドのギルドマスターから伝言がある」と宿屋の店主にと止められた。どうやら何かあったらしい。正直に言って、悪い予感しかしない。それは俺だけではないようだ。みんな渋い顔をしていた。
「どうする?」
「急ぎの伝言なんだろう。すぐに向かおう。前のように後回しにして、国から呼び出されたらかなわないからな」
アーダンの意見にみんながため息をつきながらも同意した。
せっかくこれから新装備を受け取って、魔石をプレゼントして、楽しい気持ちになるはずだったのに。台無しだよ。
だがアーダンが言うことはもっともだ。嫌なことは後回しにせず、正面から向かって行った方が結果的には良くなるだろう。不意を突かれないから身構えることもできるしね。
そんなわけで、俺たちはまず冒険者ギルドへと向かった。ついでにビッグスパイダーのことも話しておくことにした。受付嬢に話を通し、ギルドの奥にある来客室の部屋で待っていると、すぐにギルドマスターのラファエロさんがやってきた。
「呼び出してしまってすみません。表ではできない話ですので」
「と言うことは、風の精霊が動き出したのですか?」
アーダンの言葉が部屋の中に重くのしかかった。ラファエロさんは目を閉じたままうなずくことで認めた。エルフの長い耳が垂れ下がっている。
「どうやらそのようです。ですが、まだウワサの段階です。正式にベランジェ王国から連絡があったわけではありません」
俺たちは顔を見合わせた。どう言うことだ? ベランジェ王国から支援要請があったわけではないならどうして。俺たちの疑問が伝わったのだろう。ラファエロさんの目がキリリとなった。
「我が国の調査員がその兆候を見つけたようです。まあ、俗に言う密偵ですね」
密偵。どうやらフォーチュン王国はベランジェ王国のことをあまり信用していないようである。その気持ちは分かる。俺はベランジェ王国出身だが、あの国はどの国からも良い印象は持たれていない。何せ、人族至上主義の国だからね。他の種族のことを一切尊重しない国なのだ。人族の奴隷はいないが、多種族の奴隷ならたくさんいる。そんな国だ。
「それで、私たちを呼んだのはどう言った理由ですか? まさかベランジェ王国に潜入しろとでも言うつもりですか?」
「いえいえ、そんなつもりはありませんよ。ただ、万が一に備えて用心しておいて欲しいと言うことです」
すごむアーダンに、ラファエロさんが慌ててそれを否定した。視線が宙空をさまよっている。この話題には触れない方が良いと思ったのかも知れない。
「この話は国からのものですか?」
「……そうです。ですがあくまでも国からのお願いです。強制力はありません」
「そうですか」
お願いねぇ。この話を聞いて、俺たちが自主的に動いてくれることを期待しているのかも知れない。俺たちのパーティーは国の言うことを聞かないならず者の集団だからね。
「ご配慮いただきありがとうございます。ありがたくいただいておきますよ。そうだ、深淵の森に行ってビッグスパイダーを討伐してきました」
そこからはビッグスパイダーの話になった。この話を出したときに、ラファエロさんがホッとした表情になったことを俺は見逃さなかった。ラファエロさんはビッグスパイダーが二匹もいたことと、俺たちが見せた魔石の大きさにとても驚いていた。
「エベランからそれほど離れていない森にどうしてそのような魔物が現れたのでしょうか。てっきり私は見間違いだと思っていたのですが、この魔石を見せられたからには信じるしかないですね」
「他の場所でも巨大な魔物の目撃例があるのですか?」
「ええ、いくつかありますね。もしかすると、どれも見間違いではないのかも知れません。これは改めて調査をする必要がありますね」
この星が魔物を巨大化させる力を持っていることを話すことができれば良かったのだが、その情報を提供してくれたのが精霊なんだよね。精霊が今も生きていることを話さなければこの話はできない。どうしたものか。
アーダンは腕を組んで考え込んでいる。
「アーダン、話そうと思う」
「フェル……そうだな。そうしよう。ギルドマスター、これからする話は可能な限り広げないでいただきたい」
ラファエロさんの顔つきが変わった。姿勢を正すと改めて俺たちと向かい合った。そこにはフォーチュン王国の冒険者ギルドを統括する者としての姿があった。
「分かりました。ここで聞いたことによって、あなた方の不利益になるようなことは絶対にしません。約束します」
ラファエロさんは口外しないとは言わなかった。必要ならば情報を公開する。ただし、俺たちの名前は表に出ないと言うわけだ。利用できるものは何でも使う。上に立つものは本当に大変だと思う。憎まれ役でも買ってでないといけないのだから。
「魔物を巨大化させているのは、恐らく『この星』だと思います」
「この星?」
「ええ、そうです。私たちが立っているこの星です。精霊が暴れ出す原因となっているのは、『この星』が魔石で精霊たちを操っているからです」
一瞬、ラファエロさんの目が丸くなったがすぐに元の表情に戻った。目元に力を入れてこちらを見ている。口は真横で結ばれている。
「まさかあなたたちは……」
「あなたたち、と言うか俺だけなんですが、火の精霊、それから水の精霊と同化しています」
そう言ってピーちゃんとカゲトラをテーブルの上に呼び出した。ある程度のことは俺の意識を通して把握しているのだろう。二人は騒ぐことなくラファエロさんを見ていた。
二人を見たラファエロさんはそれが精霊であることを感じ取ったようだ。口元に手を当てて、口を塞いでいた。
「な、なるほど。『この星』が原因であることを直接精霊たちから聞いたわけですね。それなら間違いないでしょう。それにしても、精霊と同化するだなんて話、聞いたことがありませんよ」
「私もそのときまで知りませんでした」
ラファエロさんの顔が引きつっている。「精霊と話をしたことがある」くらいの考えだったのだろうが、現実はそのはるか斜め上を行ったはずである。落ち着かないのか、顔のあちこちを手で触っていた。
「こっちがピーちゃんでこっちがカゲトラです」
「ピーちゃんです」
「カゲトラでござる」
「しゃ、しゃべるんですね」
あまりの出来事にまごついている様子のラファエロさん。今にも頭から湯気を出しそうな雰囲気である。俺たちはそれが落ち着くまで静かに待った。
落ち着きを取り戻したラファエロさんに、改めて何があったのかの事情を話した。俺たちの話をラファエロさんは疑うこともなく聞いてくれた。
「なるほど、そのような事情があったのですね。どうして早く言ってくれなかったのか……私や国を不安にさせたくなかったからですよね? それとも、私が信用できなかったからですか?」
「両方です」
キッパリと俺がそう言ったので、ラファエロさんがガックリと肩を落とした。しかし本当のことである。信頼できるならたぶん話していただろうし、このような事態になっていなければそのまま黙っていただろう。何せラファエロさんは国とつながっているのだから。
「それでは、今後は少しでも関係を改善できるように善処しなければなりませんね」
どうやらラファエロさんも思うところがあったらしい。俺たちに配慮してくれると言ってくれた。ラファエロさんは再度、このことで俺たちの不利益になることはしないと約束してくれた。
ラファエロさんは国から最新情報が届き次第、俺たちに報告してくれると約束してくれた。精霊と一緒にいるのは俺たちだけなので色々と頼むことになるかも知れないが、できるだけ力を貸して欲しいとお願いされた。
ギルドマスターにそこまでされては嫌とも言えず、できる限り協力するという方針に決まった。
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