第113話 アカデミーの研究者
夕食が終わり、部屋に戻った俺たちはそのままお風呂に入った。自分たちの部屋にある専用のヒノキ風呂。ようやくゆっくりとお風呂を楽しむことができる。
「カゲトラは『聖なる大地』について何か知らないの?」
「申し訳ありませぬ。そのようなものを聞いたことはありませぬ」
「責めてるわけじゃないから、そんなに落ち込まないで。ちょっと気になっただけだからさ。まあ、そのうち何なのか分かるかな」
ションボリとしたカゲトラをピーちゃんが慰めていた。俺の胸元に背中を引っ付けていたリリアが顔をこちらに向けた。薄い羽がくすぐったい。
「あたしも聞いたことがないし、本の中で眠っている間に現れたのかしら?」
「みんなが眠っている間に現れたみたいだね。ん? ねえ、カゲトラはどうして眠りについたの?」
リリアがブルリと震えた。そしてカゲトラが口をパカッと開いた状態でこちらを向いた。ピーちゃんは首をかしげている。……何となく事情は察した。ピーちゃんと同じパターンだな。
「殿、覚えておりませんので?」
「思い出したからそれ以上言わなくていいよ。ありがとう、カゲトラ」
そう言いながら震えるリリアを両手で抱きしめる。色んなところを触っている感触があるか、そんなのはお構いなしだ。リリアの震えが治まるまで、しばらくそのまま抱き続けた。
「ごめんね、リリア。嫌なことを思い出させちゃって」
布団の中、俺の胸の上で小さく首を振るリリア。いつも元気なリリアがこんな状態になるのはとてもつらくて悲しい。
残りの二人も俺と何かしらの関係があるのだろうか? この感じだと、残りの風の精霊と土の精霊とも似たような状態になったのかも知れない。すなわち、前世の俺が封印したということだ。命を賭けて。リリアの頭を優しくなでながら眠りについた。
翌朝、朝食を食べるとアカデミーへと向かった。一度だけ外から見たことはあるのだが、まさか自分がその中に入ることになるとは思わなかった。人生、何があるか分からないな。
当然のことながら、中に入るには許可が必要なのだが、エリーザが以前にお世話になった研究者の名前をメモしてくれていた。そのお陰ですんなりアカデミーの中に入ることができた。
「ここがアカデミーね。見てよ、たくさんのツバメがいるわ」
「リリア、意味が分かって言ってる?」
「ツバメって、鳥のことでしょ? でも、別に鳥っぽくないわよね」
首をかしげて考え始めたリリア。どうやらかっこいいから使ってみただけのようである。どうして妖精も精霊も人間のやることなすことをまねしたがるのか。きっとこの場にピーちゃんとカゲトラがいたら、一緒に首をかしげていたんだろうな。現在二人はあっちの世界で過ごしてもらっている。
「エリーザ、どこに向かえば良いんだ?」
「えっと、研究棟があるって話だったけど……ここみたいね」
入り口付近にあった地図から目的の場所を見つけた。ちょっと奥まったところにあるな。学生たちの邪魔にならないように配慮してあるのだろう。俺はその地図を良く見て、オート・マッピングに反映させておいた。これで道に迷うことはないぞ。
「それじゃ、案内はフェルに任せてもいいか?」
「もちろん。こっちだよ」
迷わず道を進んで行く。そんな俺たちを見て、ほとんどの学生が振り返った。武器を所持していないが、同じ学生じゃないことは分かるみたいである。あとでウワサになったりするのかな?
「みんなこっちを見てるわね。そんなに珍しいかしら?」
「冒険者がアカデミーの中を歩いていることなんて、そうそうないだろうからね」
「そんなもんかしら?」
「違うぞ、たぶん」
ジルが苦笑してこちらを見ている。違ったのか。リリアと顔を見合わせた。そんな俺たちを見たエリーザがため息をついた。
「何言ってるのよ。あなたたちを見てるのよ。妖精を肩に乗せている人なんてめったにいないわよ」
「まさか」
アーダンが無言でうなずいている。確かに良く見ると、俺たちの方、もっと言えばリリアの方を見ているような気がする。その視線が気になったのか、リリアが俺の胸元に飛び込んできた。
「あいつらー! あとで絶対、イタズラしてやるんだからね」
「やめてよね」
何とかリリアをなだめながら研究室へと向かった。
「おお、これはこれは。『勇者様ご一行』ではないか。こんなところまで来るとは、これは何かあったな? いやいや、ちょうど良かった。頼みたいことがあったのだよ」
研究室に行くと、笑顔でみんなが迎えてくれた。しかしそのパーティー名、何とかなりませんかね? 俺がアーダンの方を見ると、何事もないかのように無表情だった。エリーザは俺と同じ思いのようで、半眼でアーダンを見つめていた。
「それはちょうど良かった。こちらも頼みたいことがあったのですよ。ところで、飛行船の方はどうなってますか?」
俺とリリアとエリーザのにらみを華麗に右から左へと流すと、いつもと同じ調子で話しかけた。このアーダンのスルースキルは見習うべきところがあるのかも知れない。
「飛行船の建造は問題なく行われているぞ。お前さんたちに頼みたいのは他でもない、飛行船を建造したあとのことなのだよ」
「あー、もしかして、飛行船を動かすための大きめの魔石がないとかですか?」
「その通り!」
俺が指摘すると、我が意を得たりとばかりに笑顔をこちらに向けた。確かに動力源としての魔石は必要だな。以前に古代遺跡で見た魔石と同じくらいの大きさのものが必要になるのだろう。
「あの大きさの魔石ならいくつか持ってるわよね?」
「そうだね。クラーケンの魔石に、ミスリルゴーレムの魔石。この二つの魔石なら使えるんじゃないかな? コボルトキングの魔石はそんなに大きくなかったからね」
ビッグファイアータートルの魔石はまだ研究しているはずだ。それが終われば三つになるな。クラーケンの魔石は俺とリリアの二人だけだったときに入手したものだけど、みんなの財産として提供しても構わないと思っている。
「おおお! すでに二つもあるのか。譲ってくれ! もちろんタダではないぞ」
興奮した研究員たちが詰め寄ってきた。条件次第かな。どちらも売ればかなりの値段になるはずだ。俺たちも頼みたいことがあるし、断ることはできないな。
チラリとアーダンの方を見ると、済まなさそうに小さく笑っていた。
「分かりました。魔石を提供させてもらいますよ。ところで、こちらからも頼みたいことがあるのですが聞いていただけますか?」
「我々にできることなら喜んで引き受けよう。魔石の報酬は新しく建造した飛行船でどうかね?」
「わお、太っ腹~!」
リリアが楽しそうに笑っている。新しいおもちゃが手に入るのがうれしいみたいだ。それにしても良いのかな? 普通に売ったら高いんじゃないのかな。大きな魔石を二個提供するとはいえ、太っ腹過ぎるのでは?
「ハッハッハッハ。飛行船を二隻も作ることができるのだ。安い安い」
どうやら研究者たちはもうけることよりも、飛行船を作ることに生きがいを見いだしているようである。すでに二隻目はどんな形にするかの検討が行われていた。気が早いな。
「それで、わしらに頼みとは何かな?」
「ええ、それですが、まずはこれを見て下さい」
アーダンがコンパスと共に、一緒に箱に入っていた手紙を差し出した。それに興味を持ったのか、研究員たちが集まってきた。
「これはコンパスかな? どうも北を指していないようだが……」
「ふむ、古代文字で書かれた手紙ですか。な、何ですと!?」
手紙を読んでいた研究員が驚きの声を上げた。何だ何だと注目が集まった。その研究員は手紙を読み終えると、興奮気味に叫んだ。
「この手紙には空に浮かぶ島『聖なる大地』について書かれています。そのコンパスはその島の位置を示すもののようです」
「な、何だってー!」
研究室内は大騒ぎになった。
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