第112話 貸しにしておいてあげるわ

 ルガラドさんの工房はすぐさま騒々しくなった。ルガラドさんの弟子たちが集まり、どこからともなくテーブルとイスが持ってこられた。

 今はそのテーブルを囲んで、ミスリル装備の注文の打ち合わせ中である。


「剣を二本作った場合、タクトは作れんな。もっとも、短い剣で良ければタクトも作ることは可能だがね」


 ルガラドさんがそう言った。現実は非情だ。エリーザのミスリルタクトをあきらめるか、それともショートソードで我慢するか。第三の選択肢として、隣の大陸で作ってもらったミスリルの刀を溶かしてから打ち直すという方法もあるにはある。


 アーダンは目をつぶり、エリーザは神妙な顔をしている。俺たち関係ないグループは火の粉が飛んでこないように無表情を貫いた。


「エリーザ、頼む」


 ジルが頭を下げた。それすなわち、ミスリルタクトをあきらめてくれと言うことである。まあ、そうなるよね。エリーザはどうしてもミスリルタクトが欲しいというわけじゃなさそうだったもんね。

 ギリギリ二本分の剣になるなら、そちらを取った方が良さそうだ。中途半端にミスリルが残っても使い道がないからね。


「分かったわ。今回のことは貸しにしておいてあげるわ」

「さすがエリーザ! そう言ってくれると思ったぜ!」


 ジルがイスから立ち上がり、両手の拳を前に突き出している。

 そんなエリーザに突っ込みを入れようとしたリリアの口を無言で塞いだ。俺が言わんとしていることが分かったのだろう。リリアもすぐにおとなしくなった。


「それでは、ミスリルの盾が一つ、ミスリルの剣が二つで良いな?」

「それで構いません。よろしくお願いします」


 アーダンがそう言うと、ルガラドさんが大きくうなずいた。

 武器の加工賃を聞くとそんなものはいらないと言われた。ルガラドさんにとって、ミスリルの武具を作ることは人生の目標の一つであったらしい。そのため日頃から知識を集め、技術を磨き、ミスリル炉を準備していたらしい。

 その目標がかなったのだ。お金などいらない。そう言っていた。ドワーフの執念、恐るべしだな。


 だがしかし、俺たちプラチナランク冒険者にとってはそうはいかない。いやらしい話だが金ならあまっているのだ。今も魔法袋の中に、ダンジョンで手に入れた魔法袋がいくつも入っている。


 いや、魔法袋だけじゃない。同時に見つけた金銀財宝もたくさんある。それらを全部売ればどうなるか。その辺の貴族よりもお金持ちになるのは間違いない。

 そんなわけで、ミスリル炉を動かすのに燃料代がかかるだろうなどと適当に理由をつけて、白金貨を十枚ほど置いてきた。


 渋々といった様子でお金を入れた袋を受け取っていたけど、たぶん中身は金貨だと思っているんだろうな。あとで袋を開けて腰を抜かさないと良いんだけど。

 ミスリルの装備が完成するまでには一ヶ月ほどかかるらしい。どんなものが出来上がるのか、今から楽しみだな。


「ねえ、ミスリルの刀はどうするの? ヒゲもじゃに見せたら、『この刀を潰す何てもったいない!』ってカゲトラと同じようなことを言ってたけどさ」


 気になったのか、夕食のあとのデザートを食べながら、リリアがそう口にした。ルガラドさんは刀を気に入ったようでしきりに観察していた。試してもいないのに、「この刀の切れ味はすごいぞ」とうれしそうに話していた。


「もちろん俺のコレクションとして大事にするさ」

「何かジルだけ剣が二本になってずるくない? あ、でもアーダンも剣と盾だから二つになっちゃうのか~」

「そうだぞ、リリア。それにアーダンの盾は大きいから、剣二本分くらいのミスリルが必要なはず。ある意味でアーダンは三本の剣を持っているようなものだぞ」


 ジルの物言いにアーダンが苦笑いを浮かべた。確かに客観的に見るとその通りである。だがそれはこれから必要な装備なのだ。ミスリルのムダ遣いをしているわけじゃないぞ。ジルみたいに。


「ねえ、水の精霊が持っていた槍はどうなの? あれってオリハルコンよね?」


 思い出したかのようにエリーザが言った。ミスリルがダメならオリハルコンで。そう思ったのかも知れない。


「おそらくそうだろう。だからこそ、表に出せない。出せばとんでもないことになるぞ。少なくとも俺はオリハルコンが実際に存在するという話を聞いたことがない」


 アーダンの眉間には深い谷が刻まれている。厄介な物を手に入れたと思っているのだろう。

 オリハルコンは伝説の金属だ。そのため、加工方法などはだれも知らないと思う。そんなわけで、あの槍を他の物に作り替えることはできないだろう。


「リリアちゃんは聞いたことないの?」

「ないわね。ピーちゃんとカゲトラは?」

「神が作りあげた魔法金属だと聞いています。それは最初から『その形』でこの世界に現れたはずです」

「さよう。あの槍は昔から変わらずあの槍のままで、これから先もずっと槍のままであろう」


 どうやら精霊はオリハルコンについて知っているようだ。もっとも、あまり興味はなさそうだけどね。そんなもの必要なさそうだもん。


「それじゃ、オリハルコンの槍は魔法袋に入れっぱなしにするしかないね。俺たちのパーティーには槍を使える人はいないからね」

「残念だけど仕方がないわ。売ればお金になりそうだけど……」


 そう言って、リリアが俺の方をチラリと見た。


「そうなると、どうやって本物のオリハルコンだと証明するかが問題だよね。証明する方法がないもん」

「ミスリルの剣でも切れませんってやれば良いんだろうけど、それで納得してくれるかしら?」

「どうだろうねー」


 俺たちは水の精霊が使っていたことと、実際に戦って、ミスリルの剣では切れないこと知っているから「もしかしてオリハルコンなんじゃないか」と思っているけど、他の人は違うからね。


 他にできることと言えば、火の精霊と水の精霊に「それは間違いなくオリハルコンです」って言ってもらうことだけど、さすがにそれは無理だ。火の精霊も水の精霊も消滅したことになっている。生きていることが発覚すれば、フォーチュン王国がひっくり返る。


「あーあ、加工技術さえあればなー。オリハルコンの剣を作ってもらえるのに」


 ジルがブツブツ言っていたが、みんな聞こえないふりをしている。あれだけ剣を持っておいて、まだ欲しいのか。ジルの魔法袋の中には一体いくつ剣が入っているのだろうか。聞かない方が良いな。

 話題を変えよう。エリーザの機嫌が悪くなりそうだ。


「ひとまずミスリル装備のめどは立ったね。明日は飛行船の進捗具合を聞きに行く?」

「そうだな、そうしよう。ついでにあのコンパスも渡すとしよう。きっと研究者たちが喜ぶぞ」

「そうだったわね。あのコンパスが示す『聖なる大地』についても、調べてもらわないといけないものね」


 聖なる大地か。一体何があるのかな? どんな原理で空を飛んでいるのかとても気になるな。もしかすると、空飛ぶ巨大な魔道具、いや、機械かも知れないな。

 古代遺跡にいたガーディアンは今も朽ちることなく動いていた。それならば、今も朽ちることなく空をさまよっている機械島があってもおかしくはないだろう。


「それじゃ、明日はまず研究所に行くとしよう。確かアカデミーの施設内にあるんだったよな?」

「ちょっと待ってね。えっと、ああ、これだわ。そうね、アカデミーの中に研究所があるみたいよ。そこで飛行船も作っているって話だったわ」


 エリーザが手帳をめくりながらそう言った。残念なことに、俺たちのパーティーでメモをしっかりと取るのはエリーザしかいなかった。残りのメンバーは俺を含めてがさつである。今みたいに「エリーザに聞けばいいや」と思っている。


「アカデミーか。どんなところなのかな。研究者がたくさんいるって話だったけど」

「未来の学者を目指す学生がたくさんいるって言ってたわね。これはイタズラのやりがいがありそうね!」

「しないでね」

「ケチ」


 ケチとか言う次元じゃないと思う。なんで学生に社会の厳しさを教えるようなノリでイタズラを仕掛けようとするのか。学生だけではない。アカデミーで研究されているものはたくさんあるはずだ。その中には壊してはいけない物もたくさんあるはず。


「リリア、俺たちは留守番しておこうか?」

「ヤダヤダ、絶対行くー!」


 テーブルの上でリリアが転げ回った。どこで覚えたんだ、そんな駄々っ子攻撃。お子様か! ちょっと大人っぽくなったかと思ったらするにこれだよ。妖艶な女性になるのはまだまだ先になりそうだ。

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