第111話 甘い
コホン、と一つ咳をして、アーダンが注目を集めた。ごめんね、アーダン。みんなが好き勝手に動いてしまって。
「それじゃ、お言葉に甘えてミスリルを使わせてもらうとしよう。ミスリルの盾とミスリルタクトでいいな?」
「そうね。それでもミスリルが余りそうだから、アーダンもミスリルの剣を作ったらどうかしら?」
「そうだな。そうさせてもらおう。ミスリルの剣じゃないと通用しない敵も増えてくるだろうからな」
アーダンがそう言うのも無理はない。俺たちはこれまで二回、精霊を鎮めてきた。そのことは良くも悪くも、世間が俺たちを見る目に影響するはずだ。今後も似たような依頼が、下手すると、もっと厄介な依頼が来るかも知れない。
そのときにアーダンだけ手も足も出ない状況だと困ることになる可能性は非常に高い。
「いいんじゃないかな? 必要な投資だと思うよ」
「あたしも賛成! アーダンも攻撃手段を持ってた方がいいわ。魔法で武器をパワーアップさせることはできるけど、さすがに鉄の剣じゃ、すぐにポキって折れちゃうもの」
リリアも問題なし。もちろんピーちゃんとカゲトラも文句はないだろう。あとはジルだが……何か不満そうな顔をしているな。アーダンだけ二つも装備を作ってずるいって思ってそうだ。
「ジルもいいわね?」
圧をかけるかのように、エリーザが腰に手を当てながらテーブルの上に前のめりになった。それに押されたのか、ジルが両手の平を前に出して少し後ろのめりになった。
「もちろん良いとも。でも、俺もミスリルの剣が欲しいなー」
チラチラとみんなの様子をうかがうジル。みんなが顔を見合わせた。だからフォーチュン王国に戻ってからルガラドさんに剣を作ってもらおうって言ったのに。まあ、どうしてもジルが剣を欲しいと言うのなら、他に手があるけどね。でも言いにくいな……。
「それならさ、ジルのミスリルの刀を溶かして新しい剣にしたらいいんじゃないの?」
言ったー! リリアが俺とアーダンとエリーザが言いにくいと思っていたことを言ったー! ジルには相当効いたようで、完全に笑顔が引きつっている。フォローはしないぞ、ジル。リリアの意見はもっともだからな。
「そ、それは……」
「姫様、刀は武士の魂。それを捨てるなんてとんでもない!」
「そ、そうだぞ。カゲトラの言う通りだ。刀は武士の魂だぞ」
カゲトラを味方につけたジルがかろうじて踏みとどまったようである。だがしかし、城は陥落寸前だ。妖精女王リリアの前では籠城することすら許されないだろう。
「それじゃ、ジルの剣はナシね」
「そ、そこを何とか」
バッサリと切り捨てたリリアに頭を下げるジル。何だかよく分からない光景になってきたぞ。どうしよう。思い悩んでいるとエリーザがため息をついた。
「それじゃ、こうしましょう。もしも余ったら、作ってもらいましょう」
「おお、さすがはエリーザ! エリーザならそう言ってくれると信じていたぞ」
女神様に祈るかのように両手を組んだジル。その姿は熱心な女神の信者である。
「甘いなー」
「甘いわね」
「甘くないから! か、勘違いしないでよね!」
エリーザが全力で否定した。しかし説得力はなかった。
アーダンを見てみろ。あきれているぞ。ピーちゃんとカゲトラも頭を左右に振っている。そんなわけない。そう思っているのはエリーザだけだ。
「それじゃ、これからルガラドさんのところに行くとしよう。装備が完成するまでどのくらい時間がかかるか分からないからな」
「そうだね。ないとは思うけど、ルガラドさんがミスリル製の装備を作れない可能性もあるからね」
「フェル、それはないわね。ドワーフの職人がミスリル炉を持っていないはずがないわ。作れない武器があることを、あのヒゲもじゃたちが許すはずがないもの」
ドワーフの職人はそこまで鍛冶に命を賭けているのか。いつか来るその日に備えてミスリルの炉を準備しているとはさすがだな。
「早く行こうぜ! ミスリルの剣が俺を待っている」
「待ちなさい、ジル。その格好で行くつもり?」
「格好なんてどうでもいいだろ」
「あなたが良くても、こっちがダメよ!」
みんな鎧もローブも身につけていない。どう見てもプラチナランク冒険者ではなく、ただの一般市民である。エリーザはどうもそれがお気に召さない様子である。きっと交渉相手に舐められないようにするために、見た目を整える必要があると思っているのだろう。
その気持ちは分かるが、認めたくない自分がいる。だって、貴族の考え方とある意味、同じだもん。
エリーザの指揮によって、着替えてから再び集合することになった。そこまでするなら明日でもいいじゃないと行ったのだが、ジルは受け入れてくれなかった。
あの日のジル、再び。エリーザが変な約束をするから……。
準備を整えた俺たちはまっすぐにルガラドさんの工房を訪ねた。もう何度目かの訪問になるので相手も慣れたものである。
「ルガラドさんいますかー?」
「おう、一人だけいるぞ。隣の大陸に行くと行っていたが帰って来てたのか。どうだ、弓矢は役に立ったか?」
「クラーケンとやり合ったときに役に立ちましたよ。おかげさまで、クラーケンを退けることができました」
キョトンとルガラドさんの目が丸くなった。そして大笑いを始めた。膝をたたいて喜んでいる。
「そうか、クラーケンと遭遇したか! 運が良いのか、悪いのか」
楽しそうにそう言うとまた豪快に笑った。どうやら俺たちがクラーケンに遭遇したことと、自分の弓矢が役に立ったことがうれしいらしい。これって俺たち、笑った方が良いのかな?
ルガラドさんはひとしきり笑うと話を戻してきた。
「それでお前さん方、新しい武器の注文か?」
「ええ、そうです。ミスリルが手に入ったので、装備を作ってもらおうかと思いまして……」
「ミスリル! 見せて見ろ、今すぐだ!」
ものすごい勢いでルガラドさんが迫って来た。あまりの迫力にリリアがか細い声を上げて俺の顔にしがみついた。ピーちゃんのカゲトラも俺の頭にひっついた。何と言うか、大樹になったような気分である。複雑。
ルガラドさんの勢いに押されながらアーダンが魔法袋からミスリルの塊を取り出した。フンフンと鼻息も荒く、ルガラドが見ている。
「コイツはすごい! これだけ純度の高いミスリルは初めて見たぞ。これを一体どこで?」
「ミスリルゴーレムと戦ったときの戦利品ですよ」
ルガラドさんの目が点になった。そしてまた大笑いした。今度は完全にツボにハマったらしく、しばらく笑い続けていた。
「いやー、スマンスマン。あまりにも予想外の入手方法だったものでな。ミスリルゴーレムがいることにも驚いたし、それに遭遇したお前さんたちの悪さ、いや、運の良さ、そしてそれを倒す力、どれも驚きだ」
とてもうれしそうである。これはこの界隈でしばらく話題になるな。しかしルガラドさんの言ったことには誤りがある。
運悪くミスリルゴーレムに遭遇したのではない。そこにいることが分かっていてそこに行ったのだ。
でもこれを言うと、俺たちは物好きどころではなくなるな。ミスリルを得るためにミスリルゴーレムを倒しに行く冒険者。ただしミスリルゴーレムには剣も魔法も効かない。
今考えると相当むちゃくちゃだな。よく倒せたな。プラチナランク冒険者の中でも、倒せるのは俺たちのパーティーくらいだろう。
「それで、ルガラドさん、お願いできますか?」
「もちろんだとも。最高の装備を作ってやろう。こうしてはおれん。ミスリル炉に火を入れなければ」
苦笑するアーダンにそう答えると、ルガラドさんが工房の中に駆け込んで行った。その後を追って俺たちも中に入る。ルガラドさんと装備の打ち合わせをしないといけないからね。
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