第110話 落ち着く我が家

 隣の大陸から港街ボーモンドに戻ってきた俺たちはそのままの足で王都へと戻った。

 もう船旅は十分に堪能した。一刻も早く我が家に帰ってゆっくりしたい。そしてゆっくりとリリアと一緒にお風呂に入りたい。下心満載で王都の宿屋「なごみ」へと向かった。


「ただいま戻りました」

「フェルさん、リリア様、お帰りなさいませ」

「たっだいま~。お土産を買ってきたわよ。あ、でもおじさんは隣の大陸出身だから、珍しくはないかも」

「いえいえ、そんなことはありませんよ。もう何十年も帰っていませんからね」


 目尻を下げた宿屋の店主が笑顔で迎えてくれた。隣の大陸にいるときも同じ様式の宿を借りていたが、やはり自分の部屋がある宿が一番だな。

 お土産のせんべいを渡す。向こうの大陸でお土産は何が良いのかを聞くと保存の利くせんべいを勧められたのだ。もっとも、魔法袋があるので食べ物が悪くなる心配はあまりないのではあるが。


「懐かしいですね。よく食べたものですよ。こちらで買うと、値段が五倍くらいになりますからね。さすがにその値段で買う気にはなれなかったのですよ。ありがとうございます」

「パリッとしておいしいわよね」


 食べたときの食感が気に入っているらしい。そのため、いくつか買い込んで魔法袋の中に入れている。宿屋で提供される緑茶に良く合うのだ。

 案内された部屋は俺たちが旅立つ前とほとんど同じだった。隅々まで掃除が行き届いている。座布団もたくさん置いてある。

 店主が戻って行ったのを見計らって、ピーちゃんとカゲトラを呼び出した。


「無事に到着したようですね」

「道中、お疲れでござった」

「相変わらずカゲトラは独特なしゃべり方をするよね」


 カゲトラいわく、昔から伝統のしゃべり方らしい。港街スイレンでだれも使っていないことを知ってがく然とし、「伝統を守るべく、使い続ける」と高らかに宣言していた。どうやらカゲトラは中々の石頭のようである。そんなんだと時代に取り残されるぞ。

 畳の上にダラリと転がる。ほどよい硬さが体を包み込んでくれた。


「荷物を置いたら談話室に集まるんだったっけ?」

「そうだよ」


 俺と同じく畳の上を転がりながらリリアが聞いてきた。そんな俺たちをテーブルの上からピーちゃんたちが見ていた。一緒にやらないのか。残念。


「今後の事をお話しするのですか?」

「そうだね。ある程度は船の中で話したけど、キッチリとは決めていないからね。今決めているのは、『飛行船作りの進み具合の確認』と、『アーダン用のミスリル装備の作成依頼』だね。ルガラドさんに頼むことになるから、すぐにでも話に行かないと。装備を作るのには時間がかかるだろうからね」

「ふむ、こちらの大陸にも刀匠がいるようですな。まずはお手並み拝見といたしましょう」


 フッフッフと笑うカゲトラ。お前は何と張り合っているんだ。もしかして武器に興味があるのかな? その手じゃ持てないと思うんだけど……足で持つのかな?

 色々考えてみても答えは出そうになかったので、楽な服装に着替えて談話室に行くことにした。


 お出かけ用の魔法使いのローブから庶民の服に着替えていると、まねしてリリアも着替え始めた。それは良いんだけど、その黒の下着はちょっと大人っぽ過ぎるんじゃないですかね? 確かに最近ますます胸が大きくなって大人の雰囲気が出てきたけど、まだまだ子供だぞ。こんなことを本人に言ったら怒られるんだろうけど。


「兄貴、そんなにしっかりと姉御のお尻を見ていたら怒られますよ」

「シッ! ピーちゃん殿、言わねば姫様にバレませぬ。殿のひそかな楽しみを奪ってはなりませぬぞ」


 ちょっと、お前らー!

 リリアがお尻を隠しながら、顔だけこちらを振り向いた。怒ってらっしゃる!


「ちょっと、あなたたち?」

「申し訳ありませんでした!」


 俺は素直に土下座した。もちろん、ピーちゃんとカゲトラも一緒である。




 談話室にはすでにアーダンたちの姿があった。だがしかし、こちらを見て困惑している様子だった。どうしたのかな?


「ごめん、遅くなっちゃった?」

「大丈夫だ、問題ない。……それよりも、大丈夫なのか?」

「何が?」


 何だか三人の顔色が悪いな。何かとんでもなく良くないことが起きたかのようである。さっぱり分からない俺たちはそろって首をかしげた。


「いや、さっきな、フェルの部屋の方からものすごい殺気が漂っていたからさ。何かあったのかな~と思ってさ?」


 ジルがなるべくこちらに目を合わせないようにしながら、遠慮がちにそう言った。

 あー、もしかして、リリアから殺気が漏れてた? それどころじゃなくて全然気がつかなかったわ。


「大丈夫だよ。ちょっとした事故があっただけだからさ」

「そ、そうなのね。リリアちゃん、大丈夫だった? フェルが狼になったりしなかった?」

「ないない! まあ、しゃくとりむしみたいになってたけどね」

「しゃくとりむし?」


 エリーザがしきりに首をひねっていた。この話はこの辺りで終わらせておかねば。俺の目がリリアのプリプリとしたお尻にくぎづけになっていただなんて話が出るのは困る。

 何食わぬ顔でテーブルの上に魔法袋から飲み物を出すと、これからについての話が始まった。


「数日は休みにしようと思う。まあ、すぐに体を動かしたくなるだろうけどな」

「了解。その間に、ルガラドさんにミスリル製の装備を作ってもらおうよ」

「そうだな。そうしよう。フェルも武器が必要か?」


 ミスリル製の武器ねぇ。魔法使いの俺には必要ないんじゃないかな。持っていても宝の持ち腐れになりそうだ。ミスリルの杖があるなんて話も聞いたことがない。そんな重い杖、ひ弱な魔法使いが持てるはずがない。


「要らないよ。エリーザは?」

「そうね、ミスリルタクトなら欲しいかも」

「ミスリルタクト?」

「あら、フェルは知らないのかしら?」


 エリーザによると、重量のある金属製の杖は、全て「タクト」と呼ばれる短いサイズなのだそうだ。通常は木製の長い杖を使うので、武器屋で見かけることはまずないらしい。しかし、一部の貴族やお金持ちの間では、護身用にタクトをポケットに忍ばせたりしているそうである。


「そんな杖があるのか。まあ、俺は杖がなくても魔法が使えるから、どちらにしろ必要ないかな」

「そうね。フェルの場合は杖がある方が、魔法の威力が弱くなっちゃうもんね」

「弱くなるどころか、兄貴の魔法に耐えられる杖は存在しないと思いますよ」

「殿のお力なら、魔法を使った瞬間に跡形も無く杖が砕け散るに違いありませんな」


 ハッハッハと笑う三人。ちょっと君たち、人を化け物扱いするんじゃありません。ほら、アーダンたち三人の顔が引きつってるじゃないか。怖くないよー? どうしてだれも俺をフォローしてくれないんだ。


「それじゃ、フェルの分は考えなくて良いな。その代わりになるようなものが何かあればいいが、何か必要な物はないのか?」

「特にないよ。それよりもリリアに何かあげたいかな。リリアは何か欲しい物はないの?」

「欲しい物……」


 腕を組んで考え始めた。すぐに出てこないところを見ると、どうやら不自由な生活はさせていないようである。安心した。

 そんなリリアを抱き寄せてから、頭をなでてあげる。


「思いついたときで良いよ。いつでも待ってるからさ」

「甘いわね」

「甘いな」


 エリーザとジルが白い目で見ているが構うものか。俺はリリアと二人だけの世界を作るぞ!

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