第109話 凱旋
海の上に浮かぶ大きな筏を片付ける。作るのは大変だったが、壊すのは簡単に済みそうだ。
半魚人が使っていた槍はもちろん回収した。落ち着いたらどんな素材が使われているのかを確認したい。
「筏の一部を船の形にしよう。そうすれば、わざわざ港まで船を呼びに行く必要はないからね」
「あら、その必要はなさそうよ。こっちに向かって船が来てるわ」
アナライズで確認すると、確かに船の反応がある。それも一隻ではない。迎えに来てくれたのかな?
「きっと暗い海がなくなったから、海が安全になったと思ったのね」
「そっか。港街スイレンに到達していた暗い海が消えて、俺たちが水の精霊を討伐したことが分かったんだね」
「そうだろうな。これで帰りの心配はなくなったな」
アーダンがうれしそうに笑った。もしかして、俺とリリアが造る船に不安があったのかな? 確かに実際に作ったことはないから、どうなるかは分からなかったけど……もしかして俺たち、信用されてない?
「それじゃ、それまでに片付けましょう。フェルの木属性魔法の練習にもなるからね」
「お手柔らかにお願いします」
カゲトラと同化したことで、これまで使うことができなかった、精霊魔法の一種である「木属性の魔法」を使えるようになった。リリアが驚いていたが俺も驚いた。これからは木属性魔法をリリアから教えてもらわないといけないな。
「まずはイメージよ! 木属性魔法には変な呪文とかないから。気合いとイメージよ!」
「そんな無茶な。リリアは何か呪文を唱えていたじゃないか」
「あれは雰囲気作りよ。その方がすごい魔法を使っているみたいでしょ?」
「ソウデスネ」
どうやら木属性魔法はとんでもない魔法のようだ。想像したことが形になる魔法なのだろう。大丈夫かな? 何だか自信がなくなって来たぞ。
「まずは木がなくなるイメージね。シュッとしてバッ! よ」
「え?」
こうしてリリア先生のありがたい木属性魔法講座を受けながら筏を分解していった。ピーちゃんとカゲトラはそれを援護するかのようにあれこれと助言してくれた。
リリア先生と同じく、あまり参考にはならなかったが。
「船が来たわ!」
アナライズで警戒してくれていたエリーザが叫んだ。筏はずいぶんと小さく、頼りなくなっていた。小さくなった分だけ、波が当たると激しく上下に揺れるようになっている。
もしかしたら、居心地が悪かったのかも知れない。筏を分解しているこちらは魔法の習得に必死だったので気がつかなかった。
こちらの位置が分かるように、空に向かって火を放った。それに気がついたのか、船がこちらへとグングンと向かって来た。
「水の精霊を退治したのですね! 海が明るくなったので、そうだと思いましたよ。さすがは我が国が誇るプラチナランク冒険者!」
「すぐにはしごを下ろします。乗って下さい!」
「あの大きな筏がこんなに小さくなるだなんて……よほどの激戦だったのですね」
何だか勘違いしている人がいるようだが、訂正はしないでおこう。その隙に俺はピーちゃんとカゲトラの二人を隠しておいた。どちらも正体が発覚するとまずい。水の精霊は倒されて消滅したことにしておかねば。
このことはもちろんカゲトラにも言っている。そのことに不満はなさそうだ。
船に全員が乗船すると、残りの筏も片付けた。これで海はゴミも散らかることなく元通りだ。俺たちを乗せた船はまっすぐに港街スイレンへと向かった。
港ではエレオノーラ号の船長や、貴族たち、街の人たちが出迎えてくれた。中にはミズナから来た人もいた。
話を聞くと、どうやらミズナは素通りしてくれたようである。波は荒れたが、俺たちの事前情報によって沖へと出ていなかったため、被害はないそうである。町長からお礼の書状と品が届いていた。どうやら気を遣わせてしまったようである。
「さすがは火の精霊を鎮めたプラチナランク冒険者のパーティーだ。国に戻ったら、このことを国王陛下にしっかりと伝えておきますよ」
エレオノーラ号に乗船した貴族の中で一番上の地位にあると思われる人物がそう言った。船長もそれを聞いて、うなずきながら相づちを打っている。どうやら船長も一緒に報告してくれるみたいである。
ラッキーだな。これでわざわざ俺たちが報告する手間が省けたぞ。まあ、俺たちだけなら報告しない可能性が高いけどね。だれかに依頼されたわけでもないし、報告書を作ったり、事情聴取をされたりして何日も拘束されるのは面倒だ。
そのあとは港街スイレンの代官がやって来てお礼を述べた。俺たちがいなかったら、海岸沿いの街は壊滅的な被害を受けていたかも知れないからね。そのまま祝賀会を開くみたいだったので、遠慮なく参加させてもらうことにした。
暗い海がどこからともなくやって来て、海が荒れていたことは多くの人たちが気がついていたようである。港にも大きな波が打ち寄せてきたし、それによって壊れた建物もあったようだ。
だがしかし、事前に避難するように連絡があったため、ケガや亡くなった人はいなかったそうである。
その海を鎮めたのが俺たちだという話はすぐに街中に広がり、多くの人が街を救った英雄を一目見ようと集まってきた。
いやもう、大変だった。ウォーター・ドラゴンを倒したときよりも、火の精霊を倒したときよりも、多くの人がやって来たのだ。おかげでその日は落ち着かなかった。
それから俺たちは船が出発するまでの間、エレオノーラ号内で過ごした。外に出れば人気者。とてもではないが出歩けなかった。
「英雄になるのも楽じゃないね」
「そうね。まさか外に出られなくなるなんて。あたしたちだけなら空を飛んで行けば、だれにも気づかれないようにして外に出ることができるんだけど」
「さすがにそれだとアーダンたちに悪いよね」
そんなわけで、俺たちもそろって船内にとどまっている。しかしそれも今日までだ。明日にはエレオノーラ号はこの港を離れて本国へと向かう。フォーチュン王国へと帰るのだ。
「何事もなく帰れると良いわね。またクラーケンに襲われたりしないわよね?」
「たぶん……」
こんな話をすると都合の悪い現象を引き寄せかねない。滅多なことを言うもんじゃないぞ、リリア。
「大丈夫ですよ、姉御。そんなのが出て来ても、兄貴が軽くひねってくれますよ」
「おお、さすがは殿。それがし、感服いたしましたぞ」
いや、まだ何もやっていないんだけど……どうも精霊の忠誠度が高くて困る。万が一失敗すればすぐにでも見切りをつけられそうだ。あ、何だか胃が痛くなって来たぞ。
翌日、天気は快晴。人と物を満載したエレオノーラ号が港街スイレンを出発した。港にはたくさんの人が見送りに来ていた。
「何事もなく帰れると良いな」
「ジル、何だかその言葉を聞くと嫌なことを引き寄せそうだから、やめた方が良いわね」
エリーザが嫌そうな顔をしている。俺がリリアに似たようなことを言われたときも、同じような顔をしていたのかも知れない。
「同感だね。ジルと同じようなことをリリアも言っていたから、ますます不安だよ」
なぜか瞳を輝かせたジルを置いて、俺たちは自分たちの部屋へと戻った。
それから数日間は穏やかな日が続いたのだが、途中で丸い頭ではなく、三角形の頭をした真っ白いクラーケンもどきが襲いかかって来た。
もちろん俺たちは駆り出され、襲いかかって来た魔物を倒した。どうやら始めて見た魔物のようで新種なのではとウワサされた。クラーケンの勢力が弱まって、他の生き物が寄って来るようになったのかな? 海の危険がなくなるのはまだまだ先の話になりそうだ。
そんなちょっと慌ただしい日々を挟みながら、航海は順調に進んだ。そしてついに、目指す大陸が見えて来た。船内放送を聞いて、みんなで甲板へと上がった。
「見えて来た! あれは間違いなく港街ボーモンドだよ」
「そうみたいね。あの平らな屋根の家は間違いないわ。あたしたち、帰って来たんだわ!」
リリアもうれしそうである。王都に戻ればようやく拠点にしている宿に帰ることができる。宿ではヒノキのお風呂が待っている。
多くの人がそうしていたように、陸地に到着するまで甲板の上から、近づく陸地に光景を眺めていた。
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