第114話 突然の呼び出し

 何度も手紙を読み、コンパスを確認する研究員たち。どの顔も眉間にシワが寄り眉がつり上がっていたが、口角もつり上がっていた。厄介事だと思っているようだが、とてもうれしそうである。


「聖なる大地の話は聞いたことがないが、浮遊大陸があるという話は聞いたことがある」

「うむ、ワシもあるぞ。だがこの手紙によると、どうやら大陸ではなく、島が浮かんでいるようだがな」

「それでも驚きだ。ただのおとぎ話だと思っていたが、まさか本当に存在するのか?」


 研究員たちも困惑気味だ。だが確かにコンパスは北ではないどこかを指し示している。空のどこかに浮かんでいるのだ。色々と議論を交わしているうちに、方針が決まったようである。


「この件については我々に任せてもらおう。まずは浮遊大陸についての伝承を集めるとしよう。その中で『聖なる大地』についてのことも分かるかも知れない」

「そこに何があるのかは実際に行ってみた方が良いな。飛行船も完成させないといけないぞ」

「ふむ、これまで気にもとめなかった荒唐無稽な物語も集めた方が良いな。この手紙に書かれていることが確かなら、これまでの定説が覆ることになるぞ」


 どうやら請け負ってくれるようである。話を聞いた限りでは、とてもではないが俺たちだけではどうにもならない内容である。まずどこから調べたら良いのかすら分からないだろう。


「それではよろしくお願いします。何か分かったら冒険者ギルドに連絡して下さい」

「任せておきなさい。これは大発見になるぞ」


 みんながうれしそうに笑っている。研究者とは変わった生き物だと思う。まあ、端から見れば冒険者も変わった生き物だと思うけどね。

 コンパスと手紙と二つの魔石を託した俺たちは、思った以上の成果に気分を良くしてアカデミーを出た。帰り際に現在作っている飛行船を見せてもらったが、まだ骨組みの段階だった。これは完成までにはまだまだ時間がかかりそうだ。


「これからどうする?」

「そうだな、研究者たちにはこれからもお世話になるだろうし、追加の魔石でも取りに行くか?」

「追加の魔石……ジルが強い魔物と戦いたいだけなんじゃないのかしら?」

「バレたか」


 みんなで笑い合った。だがそれも良いかも知れない。これからは飛行船で移動する時代が来ることだろう。巨大な魔石の取り合いになるはずだ。そうなる前に集めておけば、大金持ちになれるぞ。


「それじゃ、冒険者ギルドに大物が現れていないか聞きに行きますか」

「ヒゲもじゃに頼んだ装備ができるのにはまだまだ時間がかかるもんね。それまでに『聖なる大地』に行く準備を整えておきましょ」


 日はまだ高い位置にある。俺たちは昼食を食べると、その足で冒険者ギルドへと向かった。

 昼過ぎに着いたこともあり冒険者の数はそれほどでもなかった。それでもフォーチュン王国の冒険者ギルド本部と言うだけあって、活気に満ちていた。

 凶悪な魔物の討伐依頼が出ていないかと掲示板を見ていると、慌てた様子をした受付嬢のクラリスさんがこちらに向かってやって来た。


「アーダンさん、ギルドマスターがお呼びです。すぐに奥の部屋に来て下さい」

「ギルドマスターが? 何か問題でも起きたのか?」

「朝から探していたんですよ。何の話があるのかは聞いていません」


 ずいぶんと強引な感じではあるが、それだけ急いでいるということなのだろう。俺たちは顔を見合わせると、クラリスさんについていった。案内された部屋で待っていると、にこやかな笑顔を浮かべたギルドマスターのラファエロさんがやって来た。

 何だか嫌な予感がしてきたぞ。アーダンに任せておいて、先に宿に帰っておくべきだったか。


「あなた方が拠点にしている宿屋にギルドの職員を派遣したのですが、すでにどこかに出かけていたみたいだったので冷や汗をかきましたよ。どこか遠くへ行ってなくて良かった」


 どうやら本当に焦っていたようで、フウと大きく息を吐いていた。何か依頼があるのかな? もしかして、どこかで精霊が暴れているのかな。


「何かあったんですか?」


 エリーザが顔色を悪くしている。水の精霊を鎮めて帰って来たばかりだもんね。しばらくは精神的な落ち着きが欲しいところだろう。


「何があったじゃないですよ。あなた方は隣の大陸に行って、水の精霊を倒したそうですね?」

「ええ、まあそうですが……」

「だとしたら、ここに報告に来るべきでしょう。たとえ乗り合わせた貴族が国に報告することになっているとはいえ」


 そっちかぁ。貴族と船長が自分たちが報告するから大丈夫だと言っていたから、完全にお任せしていたんだよね。冒険者ギルドに報告するなら、報告書を作成したり、何があったのかを話したりしないといけないから、なるべくやりたくなかったんだよね。


 ついでに言えば、だれから頼まれたわけでもない。俺たちが勝手にやったことなのだ。冒険者ギルドからの依頼なら報告の義務があるが、そうではないので、特に報告する必要はないと思っていた。

 そのようなことをラファエロさんに言うと、大きなため息をついた。


「確かにフェルさんの言う通りなのですが、事が事ですからね。そのような報告が国王陛下の耳に入ったら、当然のことながら冒険者ギルドに確認をするでしょう? そこで私が何も知らなかったらどうなるのですか」

「……」


 実際に国から苦言を言われたのだろう。そこで初めて俺たちが水の精霊を倒したことを知ったようである。正確には倒したのではなく鎮めたのだがこれは言わないでおこう。


「それは申し訳ないことをしました。こちらの配慮が足りていませんでした」


 素直にアーダンが謝ると、ラファエロさんがばつが悪そうな顔をした。別に怒っているわけではないようだ。単に俺たちに愚痴を言いたかっただけなのかも知れない。


「もう過ぎたことなので気にしていません。私が改めて確認を取ると言って使いの者を押し戻したら、今度はこの手紙を携えてきました」


 そう言って一枚の手紙を俺たちの前に差し出した。手紙の封蝋には王家の家紋が描かれていた。すごく嫌な予感がするぞ。みんなも同じ気持ちだったのか、みんなと目が合った。

 仕方なく、代表でアーダンが封を開けて手紙を読んだ。


「なるほど、報告に来い、ですか」

「やはりそうきましたか。私が話すよりも、その方が早いですからね」


 ラファエロさんを除く全員がため息をついた。冒険者ギルドに報告しなかったばかりに国王陛下に呼び出されることになってしまった。今回ばかりは俺もリリアも参加しなければならないだろう。仮病でも使おうかな。


「今回は全員で行くしかないな」

「そうなるわね」

「あ、あたし、何だかおなかが痛くなりそうな気がするー」

「そんなあからさまな仮病が許されるわけないだろう」


 ジルがリリアをたしなめた。どうやら仮病作戦は無理なようである。行くしかないか。

 全員がうなだれていると、ラファエロさんが何が起こったのかを話すようにと迫ってきた。ここで話すことになるのならラファエロさんが報告に行けば良いんじゃないかな。


「ひどい目に遭ったな」

「まさか冒険者ギルドにこんな罠が待ちうけているとは思わなかったよ」

「だが、良い話もあったぞ」


 ジルがニカッと笑った。何の話なのか察したリリアとエリーザはそろって嫌そうな顔をした。どうやら二人ともクモは嫌いらしい。


「ビッグスパイダーねぇ。私、行きたくないんだけど」

「あたしも~」


 ギルドマスターに大きな魔石が取れそうな魔物がいないかを相談すると、深淵の森にビッグスパイダーがいると言う情報をくれた。まだ人的被害は出ていないが、目撃者はかなりいるようである。全員がその姿を見て「あれは戦ってはダメな魔物だ」と思って逃げ帰って来たらしい。


 そんな普通の冒険者なら逃げ出すような魔物を倒しに行こうとする俺たちは、端から見れば変わった人種なのだろう。研究者たちのことを悪くは言えないな。


「だがその前に、国王陛下に報告だ」

「俺はそっちの方に行きたくないよ」


 俺の意見に全員が黙ってうなずいた。みんな本当に行きたくなさそうな表情をしている。

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