第107話 決戦

 アナライズに一際大きな反応が現れた。先ほどまではなかった反応だ。どうやらモヤッとしていた魔力の反応が大きな塊になっているようだった。恐らくその中心に水の精霊がいるのだろう。どうやらこの場所に気がついたようだ。臨戦態勢に入ったみたいである。


「どうやら来たみたいだよ」

「よし、油断せずに行くぞ」

「ああ、そうだな」


 アーダンとジルが剣を抜いた。俺は魔力を集中させた。魔力の反応が大きな場所を中心にして、ウォーター・トルネードを使う。

 確実に引っ張り出せるように範囲を大きくする。その分、魔力を使うが失敗するよりかはずっと良い。


「ウォーター・トルネード!」


 前方の反応に向かって魔法を放つ。海面に大きな渦潮ができた。筏周辺はマイルド・ウェーブのおかげで波はない。だがその周りには大きな波と水しぶきが上がっていた。

 渦潮が少しずつ空へと登り始めた。その様子をアーダン、ジル、エリーザの三人が目を大きくして見つめていた。


 水の渦が空中ではじけた。中から出て来たのは体の節々にヒレを持つ、二本足の巨大な半魚人だった。その手には三叉に分かれた大きな槍を持っている。巨体に似合わず、軽々と筏の上に着地した。


 これはまずいな。不利になったらすぐに水中に逃げられてしまう。そうならないようにうまく妨害しなければいけない。これは目が離せないな。

 顔の表情からして、こちらに敵意があるのは明らかだった。よく見ると、体から黒いモヤのようなものが上がっている。魔石で操られている影響だろう。その魔石は……どうやら背中に刺さっているようだ。あれをどうにかしなければ。


「ピーちゃん、水の精霊に間違いない?」

「……恐らくはそうかと思います。背中に刺さっている魔石は、かつて私の膝に刺さっていたものと同じでしょう」


 どうやらピーちゃんが困惑するくらいに、水の精霊は別物になっているようだ。もう意識などないのかも知れない。話し合いでの解決は無理そうだな。

 こちらを確認した半魚人が見た目にそぐわない速さで迫って来た。それをアーダンが前に出て迎え撃つ。突いてきた槍をうまく盾でいなすと、剣を相手の腕に突き立てた。


 槍での攻撃を回避され、バランスを崩した半魚人がその攻撃を受けたが、それも気にせずに槍を横に振って追撃してきた。それをアーダンが盾で受け止める。ガキンという金属と金属がぶつかり合った音がする。すぐに半魚人が後ろに引いた。

 腕の傷が塞がっていく。どうやら治癒魔法が使えるようである。これは長期戦になるかも知れない。


「さすがに巨体なだけあって攻撃が重いな。連続で受けるとまずいかも知れん」

「それじゃ、俺も同時に攻撃して気を引くしかないな」


 ジルがそう言った。半魚人の隙をついての攻撃はできそうにない。そう言えば平らな場所を用意することに専念しすぎて、隠れる場所がなかった。これは今後の課題だな。


「俺も援護するよ」


 二人と敵との距離が近いと強力な魔法は使えない。威力の低い魔法を使わざるを得ないが、それでもないよりはマシだろう。ジルが攻撃を開始すると同時に、こちらもストーン・アローを放った。

 俺の攻撃は囮だ。ジルの一撃の方がずっと重いだろう。


 槍を回転させ、ストーン・アローを防ぐ半魚人。それに気を取られている間に、ジルが接近した。ジルの攻撃を槍で防いだ。だがその間にアーダンが懐に入り込んでいた。

 剣による線の攻撃ではダメージが薄いと思ったのだろう。その手にはメイスが握られていた。これなら面で攻撃できる。


 渾身の一撃が半魚人の胴体に入る。見た目からもかなりのダメージがあると思うのだが、半魚人が悲鳴を上げることはなかった。攻撃は効いているはずだ。だが、痛みは感じていないようである。槍の柄の部分でアーダンを攻撃したが、それは盾で防がれた。


 二人がかりで来られるとまずいと思ったのか、再び半魚人が槍をデタラメに振り回して飛び退いた。そこに追撃のストーン・アローが突き刺さる。

 一連の攻撃を終え、半魚人にある程度のダメージが入ったように思えた。しかしその傷はすぐに何事もなかったかのように消えていった。


「まずいな」

「ああ。こりゃキリがないな」

「治癒魔法を何とかしないといけないね。魔力切れを――エナジー・ドレインであいつの魔力を吸い取ろう」


 魔力がなくなれば魔法は使えない。与えたダメージが回復されることはない。そしてその吸収した魔力をピーちゃんにそそぎ込むことができれば。戦力がもう一つ増えることになる。


「それならどうすればいい?」

「何とか動きを止めて欲しい。動く相手には使えないみたいなんだ」

「結構難易度高そうだな。だがやるしかないか」


 リリアの援護があれば良いのだが、さすがに波を鎮めながらだと難しいか? 最初はエリーザにマイルド・ウェーブを使ってもらおうかと思ったのだが、魔力量に不安があったため見送ることにしたのだ。


 再びこちらへと向かって来た半魚人を二人が迎え撃つ。俺も援護をしながら隙をうかがうが、その動きが止まることはなかった。やはり魔法で足止めするしかなさそうだ。

 足止めの魔法を使いつつ、エナジー・ドレインも使う。やるしかないか。


 そう思っていたとき、ジルが半魚人の片方の足を切断した。さすがはミスリルの武器だけあって、切れ味は鋭かった。姿勢を崩した半魚人が、それでも槍をジルに向かって突き出した。それをアーダンが盾で受け止める。


 だがここで、予想外のことが起こった。三叉の槍が盾に穴を空けたのだ。さいわいなことに、槍が盾を突き抜けることも、アーダンが傷を負うこともなかったが、アーダンの盾ではあの槍を完全に防ぐことができないことが判明した。これからの半魚人の攻撃は突きが主体になるだろう。


「ストーン・ハンド!」


 石でできた手が半魚人をつかむ。しかし半魚人は力任せにそれを振りほどこうとしていた。早くもミシミシと石の手が悲鳴を上げていた。あまり長くは拘束できなさそうだ。急いで近づき、エナジー・ドレインを使う。


「エナジー・ドレイン!」


 さらにこちらを有利にしようと二人が攻撃を加えるが、相手も必死の抵抗を見せた。ストーン・ハンドを破壊すると槍を振り回す。さすがにその場にとどまることができずに距離を空けると、すぐに斬られた足を治療していた。

 

 多少魔力を吸収することができたが、まだまだ相手には余裕があるようだ。

 だがしかし、この吸収した魔力のおかげでこちらの魔力の消費を抑えることができた。これならエナジー・ドレインを使いながら、もう一つ上の魔法で半魚人を縛ることができそうだ。


「アーダン、ジル、もう一度あいつの足を止めて欲しい。今度はもっと強力な魔法で動きを封じる」

「了解した。悔しいが、俺たちの力じゃ、あいつの動きを完全に封じることができそうにない」

「そうだな。俺の盾よりも、向こうの槍の方が勝っているようだ。油断はできん」

「帰ったら、ミスリルの盾を作ってもらわないとね」


 三度、半魚人がこちらへと向かって来た。やはり槍で突いてきた。だが一点集中の攻撃なら、回避するのは難しくはない。盾と剣でうまくいなしながら攻撃を防いでいた。

 先ほどの動きを警戒しているのか、ジルが動くとすぐに槍を引く構えを見せている。


 それでも気にせずにジルが攻撃をする。ジルの攻撃を両手で横に持った槍で防ぐ。ガキンという大きな音がなった。槍は両断されることなくジルの攻撃を防いだ。あの槍、一体何の素材で作られているのだろうか。ミスリル製の武器の攻撃を防ぐだなんて、そう簡単にできるものではないと思うのだが。


 だがこれで、足下に隙ができた。その隙を見逃さずにアーダンが半魚人の足にメイスをたたきつけた。骨が折れるような嫌な音がする。半魚人がバランスを崩した。


「ガイア・ハンド!」


 灰色の岩石で作られた手が半魚人をガッチリとつかんだ。その表面はツルリとしており、ひび割れは一つとして存在しなかった。先ほどと同様に力任せに振りほどこうとしたが、今度はビクともしていない。


「エナジー・ドレイン!」


 急いで駆け寄ると魔法を使う。俺に向かってくる攻撃はアーダンとジルが全て防いでくれている。少しすると、半魚人が意味不明な声を出し始めた。どうやら二人の攻撃が効き始めたようである。

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