第105話 潜在能力
「はぁ~、極楽極楽」
「リリアは本当にお風呂が好きだよね」
「そうよ。だって気持ちよくなれるじゃない」
「そうですよね、姉御」
水面をピチャピチャと泳いでいるピーちゃん。どうやらピーちゃんもお風呂は嫌いではないようである。でもこれは、お風呂が好きと言うよりかは、泳ぐのが好きな様子である。
「ねえ、フェルはいつまで天井を見てるのよ。そんなに天井が好きなの?」
「そうなんだよ。なかなか良い天井をしてると思わない?」
「別に思わないんだけど……」
リリアの困惑するような声が聞こえる。ダメだ、リリアを直視する勇気がない。ちゃんとトイレで処理してきたから大丈夫だと思うけど。
「兄貴も魔力の使いすぎで疲れてるんですよ。上を向きたくもなりますよ」
「そんなものかしら?」
「そうですよ」
ピーちゃんがフォローを入れてくれている。とても役に立っているぞ、ピーちゃん。そんな俺の腕にペタッとリリアが張り付いてきた。柔らかい、包み込まれるような感触がする。
「うーん、フェルの魔力にはまだ余裕がありそうなんだけど……。もしかして、魔力量が前よりも増えてる?」
「え? そうなの? 自分じゃ全然分からないんだけど」
前から自分の魔力量がかなり多いことはリリアから聞かされていた。そのリリアがさらに増えたと言うのだから間違いないのだろう。魔力量ってそんなに簡単に増えるものなのかな。特に何もしていないんだけどね。
「普通なら、魔力量が増えてもちょっとずつだから気がつかないと思うけど、フェルくらいに一気に増えたら、自分でも分かりそうなものだけどね」
「そんなに増えてるの?」
「うん」
全然分からない。最近特に変わったことと言えば……ピーちゃんと同化したことと、ピーちゃんから魔法を教えてもらったことくらいだな。そう考えると、ちょっと身に覚えがあるかも。
「ピーちゃんと色々あったのが原因かもね」
「あり得るわね。精霊と同化するだなんて、聞いたことないもの。ピーちゃんには心当たりはないのかしら?」
「そうですね、同化すると言っても、ボクにはほとんど力がない状態でしたからね。その影響で魔力量が大幅に増えるとは思えません。どちらかと言うと、同化したことで兄貴の潜在能力が開花したのではないでしょうか?」
「潜在能力が開花……」
そうつぶやいたリリアと目が合った。小さな深緑の瞳。膨らんだ胸元の、小さなピンク色。
「どうして目をそらすのかしら?」
「い、いやぁ、別に? 俺って潜在能力の塊だったんだなー、あっはっは」
「あ、兄貴は潜在能力の塊ですよ!」
「……怪しい」
リリアがこちらをにらんでいるような気がしたが気のせいだ。俺は何も見ていない。それにしても魔力量が増えているのか。
「全然気がつかなかったな。魔力量が増えたら何か良いことがあるの?」
「強力な魔法をたくさん使うことができるわ」
「それって良いことなのか? 使い方を間違えれば魔王って呼ばれそう」
「魔王……確かに」
リリアが考え込んでいる。せめて否定して欲しかった。魔王になるつもりなど毛ほどもないのだから。それとももしかして、リリアは俺に魔王になってもらいたいのかな? それならやぶさかでないのだが。
食事の準備が整っているかも知れないので長風呂にはしなかった。十分に温まると二人を連れてお風呂からあがった。
「この騒ぎが収まったら、ゆっくりとお風呂に入りたいわね」
「そうだね、そうしよう。この国の宿屋には、どこもヒノキ風呂が設置してあるみたいだから、香りも一緒に楽しみたいね」
タオルでリリアの体を包み込み丁寧に拭いてあげる。そしてしっかりと服を着てもらった。これで大丈夫だ。あとはピーちゃんを拭いてあげる。小さいのですぐに終わった。最後に自分の体を拭いてからお風呂場をあとにする。
残念ながらピーちゃんとはここでしばしの間お別れである。個室での食事だったら一緒に食べることができたのに。ピーちゃんを魔力の空間に戻すと食堂に向かった。
船内にカツンカツンと足音が一つだけ響いている。ひとけのない船内は鋼鉄製のダンジョンのようだった。食堂に近づくにつれて人の声が聞こえ始めた。明かりが降り注ぐ食堂にはすでにみんなの姿があった。
「遅くなったかな?」
「いや、大丈夫だ。もう少ししたら呼びに行こうかと思っていたところだよ」
「主役がそろわないと食事が始まらないからな」
「だれが主役だよ、だれが」
お互いに笑い合った。その間に食事の準備が整ったのか、どんどん料理が運ばれてきた。食堂には俺たちだけでなく、船長や、船員たちの姿もあった。きっと港街スイレンに停泊している間はずっとこの光景が繰り広げられていたのだろう。
「明日の朝一番で決戦の場を整えれば、問題なくその上で戦えるはずだよ」
「そうか。あとはどのタイミングで水の精霊がやって来るかだな」
「嵐が来たみたいに波が高くなるんでしょう? そんな状態でも戦うことができるか心配だわ」
俺たちの中で一番運動能力が低いエリーザが顔色を悪くしている。きっと揺れる足場に気を取られて、足を引っ張ったらどうしようとか考えているのだろう。真面目で優等生な雰囲気のあるエリーザならあり得るな。ここは明るい話題を提供しよう。
「その心配ないよ。波を穏やかにするマイルド・ウェーブの魔法を使うからね」
「波を穏やかにする魔法……そんなピンポイントな魔法があるのね」
「何でも、津波を起こす魔法に対抗するために作られたらしいよ」
「津波を起こす魔法」
あ、エリーザの顔色がますます悪くなったぞ。これは予想外だ。まずいと思ってアーダンとジルの方を見ると、こちらも顔色が良くなかった。どうしよう。チラリとリリアを見るとしっかりとうなずいた。
「津波を起こす魔法は広範囲殲滅魔法の一つだから、使えるのはフェルくらいなものよ。そう簡単に使われることはないわ」
「フェルだけが使える」
「そうよ。だからフェルを怒らせなければ大丈夫よ」
「フェルを怒らせない」
あああ、何かダメなような気がする。何だか俺たちの周りが静かになっているような気がするぞ。どうしてこうなった、どうしてこうなった。何か言わなきゃと思っていると、都合良く食事の準備が整ったようである。俺たちから少し離れた席にいた船長が立ち上がった。
「諸君、そろそろ乾杯の時間だ。明日は大変な一日になるだろうが、我々にはフォーチュン王国でもトップクラスの実力を持つプラチナランク冒険者がついている。何も心配はいらない。我々は我々ができることに全力で取り組めば良いのだ。皆の奮闘を期待している。乾杯!」
「乾杯!」
それぞれがグラスを掲げて乾杯を行う。俺たちも、俺たちの近くの席にいた人たちも同じように乾杯をした。よしよし、これで何とかごまかすことができそうだぞ。
この状況を利用するべく、俺は食事をリリアのお皿につぎ分けてあげる。用意されている料理は明日の決戦に備えてなのか、豪華なものだった。
テーブルの中央にはローストチキンが置いてある。その隣には燻製されたベーコンやハムにウインナー。煮魚もある。そしてそれぞれ個人の前には小さいがステーキが運ばれていた。
「このステーキは豚じゃなくて牛肉みたいだね。中からジュワッと肉の旨味が出て来るよ」
「チキンも皮がカリカリとした食感でおいしいわね。お肉も柔らかいわ」
少しでもリリアが色んな料理を食べることができるように、少量ずつ取り分けている。アーダンたちは調子を取り戻したのか、モリモリと食事を食べ始めた。
「何か新しい情報はあった?」
「いや、特にないな。この辺りの海に生息する魔物についてはあまり知られていないようだ。話を聞いて、それもそうかと思ったよ。わざわざ好き好んで海に入って、海の魔物を狩るやつはいないってことさ」
確かにその通りだな。海の魔物にとって、海の中は自分たちが優位に立てる場所だからね。そこで魔物と戦おうとする人はいないか。
「それじゃ、明日どんな姿で水の精霊が現れるかは分からないってことだね」
「火の精霊と同じ考えなら、巨大な魔物の姿で現れるだろうな。それが一体何になるか」
お互いに首をひねりながら、その日の夕食は進んでいった。
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