第104話 決戦前夜
どこからともなく海面に丸太が浮かび上がってきた。それでもなお、魔法を唱え続けるリリア。いつの間にかそれらの木材は太いツタで結びつけられ、大きな筏のようになっていた。ようやく魔法の詠唱が終わると、リリアがぺしゃりと潰れた。慌てて両手で支える。
「魔力の補充が終わったらもう少し場所を広げるわ。そのあとは沈まないように厚みを持たせないと」
「ひとまずお疲れ、リリア。筏に降りても大丈夫?」
「大丈夫よ。大人数で乗らなければそう簡単には沈まないから」
その言葉を聞いて、俺たちは大きな筏へと降り立った。波によって揺れてはいるが、足下はしっかりとしていて、不安を感じることはなかった。
「これで十分な気がするけど?」
「ダメよ。相手がどんな攻撃をしてくるのか分からないもの。クジラみたいな巨体で飛び乗られたら、一巻の終わりね」
「何それ怖い」
考えてみれば、その可能性は大いにあり得るな。火の精霊だって体を求めて巨大なファイアータートルを呼び寄せていたからね。水の精霊が自分の体にするために、巨大な魚を呼び寄せていても不思議ではない。
「確かにそれだとひとたまりもないな。リリアも恐ろしいことを良く考えるな」
「クジラってどんな生き物なのかしらね?」
「でっかい魚であることは分かった」
それを聞いてガックリとうなだれたリリアはクジラについて説明してくれた。何その魚。そんな巨大な魚がいるだなんて、聞いてないよ。
「クラーケンを体にするって手もあるか」
「どちらにしろ巨大な怪物になりそうね」
クラーケンは二度ほど戦ったことがあるので何とかなるかも知れない。そう言えばウォータードラゴンなんてのもいたな。もしかして、海の魔物って大きくて厄介な種類ばかりなのではなかろうか。
「丈夫な決戦の場を作るためにも、しっかりとリリアの魔力を補充しておかないといけないね」
「海の魔物も陸にあげてしまえば、こちらが有利に戦うことができるからな」
「もしかして、私たちって邪魔かしら?」
そうかも知れないな。決戦の場を設置する場所さえ分かればあとは作るだけだし、俺たちなら飛んで街まで帰ることができる。アーダンたちがこの場所にいても、特にすることはないかも知れないな。
「……」
「黙ってるってことはそうみたいね。それじゃ私たちは先に街に帰って、そこでできることをしておきましょう」
「そうだな。この辺りに生息する海の魔物について調べておけば、何かの役に立つかも知れないからな」
「それじゃ、頼んだぜ、二人とも」
そう言うと、アーダンたちは乗ってきた船で戻って行った。それを見届けると、筏の上にテントを立てて簡易の休憩所にした。俺たち以外に人がいなくなったことだし、ピーちゃんを出しても大丈夫だろう。
「兄貴、別にボクを外に出さなくても大丈夫ですよ?」
「余計な気を遣わなくて良いから」
だれかに見られたらまずいことをするわけではないので問題ない。あ、もしかして、あの三人にも勘違いされていたりするのかな? でも時すでに遅しか。
魔力を補充しやすいように、服の中にリリアを入れた。すぐにペッタリとした、少し冷たい感触が胸元に現れた。いや、今までとはちょっと違うぞ。何だかスライムのような、小さくて柔らかい感触がある。これはもしかして……。
「フェル、何かいやらしいこと考えてない?」
「考えてない、考えてないから。えっと、俺が意識的にリリアに魔力を送り込んだら、補充する速度が速くなる?」
「早くなるけど、効率が良いとは言えないわね。フェルの魔力を余計に消費させちゃうことになるわ」
「それくらいなら大丈夫だよ。一晩寝れば回復するからね」
俺はピーちゃんを助けるときに使った方法でリリアに魔力を送り込んだ。一気に送ると大変なことになりそうなので、少しずつ送る。
「あっ……あんっ」
リリアが艶のある声をあげた。うん、何となくそうなるんじゃないかと予想はしてた。
「あの、ボク、小屋の外を警戒しておきましょうか?」
「余計な気を遣わなくて良いから。魔力を送っているだけだから。いやらしいことをしてるわけじゃないからね?」
これでピーちゃんがいなくなったら俺の理性が飛びそうだ。抑え役としてピーちゃんの存在は必要だ。その後も胸の中でもぞもぞと体を動かしているリリアに魔力を送り込んだ。だんだんとリリアの体が温かくなってきた。
魔力の補充が終わると、すぐに筏造りを再開した。そして再び、魔力補充の時間になった。
「思っていたよりも大きくなったわ」
「え? 何が!?」
「何って、決戦のバトルフィールドよ。何だと思ったの?」
「あ、いや、そうだよね、アハハ……」
「変なの」
あ、ピーちゃんが察したかのように目をそらしたぞ。だが確かにリリアが言うように、筏はずいぶんと大きくなっていた。これから先は簡単に沈まないようにするために厚みを増していく作業に入る。
「あと何回くらい魔力を補充すれば土台が完成しそう?」
「んー、あと三回くらいかしら? フェルの魔力は大丈夫なの?」
「あと三回か……ギリギリかも知れない」
夕日が地平線に沈みかけている。スモール・ライトの魔法を使いながら夜も作業すると考えると、少し厳しいかも知れない。こんなときはピーちゃんだ。
「ピーちゃん、この辺りでエナジー・ドレインを使っても魔力を集められるかな?」
「効率はとても悪いですが、少しは集めることができると思います」
「それじゃ集めた魔力をピーちゃんに渡すから、それで周囲の明るさを確保してもらえないかな?」
「お任せあれ!」
ドンと胸を張るピーちゃん。これまで特に役に立っていないと思っていたのか、目がキラキラと輝いてうれしそうである。大丈夫。ピーちゃんはしっかりと役に立っているよ。
リリアに魔力を補充する作業にも慣れて来たので心の余裕が出て来たんだよね。そして余裕ができた分だけ、リリアと接触してる場所が敏感になってきてるんだよね。
あと三回、理性が持つかな? このあと一緒にお風呂に入ることになったら非常にまずそうである。
エナジー・ドレインを使って魔力を集めると、ピーちゃんに分け与えた。ピーちゃんが言っていたようにほんのちょっぴりの魔力だったが、明るさを確保するくらいなら十分である。
日が沈むとピーちゃんが明るく輝いた。神々しいな。
ようやく決戦の場が完成し、あとは明日の朝に表面を仕上げるだけになった。ヘロヘロになったリリアをしっかりと抱きしめて街へと向かった。港に到着すると、アーダンたちが待ってくれていた。
「お疲れ、フェル、リリア、ピーちゃん。その分だと、良いものができたみたいだな」
「まあね。仕上げは明日の朝することになるけど、今の状態でも十分戦えるよ」
「そうか。今日はエレオノーラ号に泊まって良いそうだ。特別に本来なら貴族が使う部屋を貸してもらえることになったぞ。食事の準備ができるまでにはもう少し時間がかかる。その間に風呂に入ってきたらどうだ?」
「賛成! もう潮風でベタベタ。早くお風呂に入りましょ」
へたり込んでいたリリアが元気な声をあげた。さすがはお風呂大好き妖精。疲れていても、いや、疲れているからこそ、お風呂に入りたいのかも知れない。
船員の案内に従って船内にある個室のお風呂へと案内された。本来なら貴族しか利用できないはずだが、特別に使わせてもらえるらしい。浴室には丸い陶器製の浴槽があった。隣にある魔道具からお湯が出るようになっているみたいである。ボタンを押すと、温かいお湯が出始めた。
「それではボクはこれで……」
「待ったピーちゃん。俺を一人にしないでくれ」
「あら、あたしがいるわよ」
そうじゃない、そうじゃないんだよリリア。そんな男心も分からずにリリアが目の前であっという間に全裸になった。眼前に桃のようなお尻が浮かんでいる。
「風邪を引くといけないから、リリアとピーちゃんは先に入っていてよ。すぐに服を脱いで俺も入るからさ」
「妖精は風邪を引かないから、そんなことを気にしなくても良いわよ。精霊も風邪なんて引かないでしょう?」
「それはそうですが……。姉御、ここは兄貴の優しさを素直に受け取るべきですよ。ささ、先に入って待っていましょう」
「そう? それなら先に入るけど……」
しゃがみ込んだ俺は顔を上げることもできずに、そのまま二人が浴室に入るのを待った。良くやったぞ、ピーちゃん。あとでご褒美をあげないといけないな。
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