第103話 暗い海
俺たちは予定通りに二手に分かれて移動を開始した。俺とリリア、ピーちゃんで構成されている「海岸沿いを進むメンバー」はアーダンたちに別れを告げると、すぐに空へと舞い上がった。水平線の彼方には朝日が昇ろうとしていた。
「空を飛ぶ魔物がいなければ良いんだけど」
「大丈夫よ。あたしがちゃんと周囲を見張っておくから」
リリアを胸元に入れた状態で海岸線を目指す。少しでもリリアの魔力を消費させないためである。決してスケベ心からではない。ピーちゃんは俺の隣を滑空していた。
地上を走るよりも空を飛んだ方が間違いなく速い。あっという間に海岸線が見えて来た。
「見て下さい! 向こうから暗い海が移動してきているみたいですよ」
「本当だ」
空から見れば一目瞭然だった。暗い海では波が高くうねっている。空が黒い雲に覆われているわけでもないため、嵐の影響ではないのは確かだろう。ただただ海が暗くなっている。
海岸線に降り立った。このまま暗い海が進めば、今日中に漁業の町ミズナに到達することだろう。
「二人とも、何か分かったことはある?」
「そうね、水の精霊がいるのは間違いなさそうね。遠くに火の精霊と似たような魔力を感じるわ」
「ボクには何も感じないですね。もしかして、もう別物になってしまっているのかも知れません」
ジッと海の方を見つめるピーちゃん。リリアはその方向に水の精霊がいると言う。自分の愛する人が別人になっているだなんて、やるせないだろうな。
「大丈夫だよ。必ず俺たちが元に水の精霊に戻してみせるよ」
「兄貴……」
「それじゃ急いでミズナに向かおう。海が荒れることをみんなに伝えに行かなくちゃ。ミズナならお化け騒動のときに交流があるから、俺たちの話を聞いてもらえるはずだよ」
そうと決まればボーッとしてはいられない。再び空に飛び上がるとミズナを目指して進んだ。ミズナでは今まさに船を沖に出そうとしているところだった。
俺たちはすぐにこれから海が荒れることになりそうだと伝えた。
「町を救ってくれた君たちを疑うはずはないよ。よし、今日は船を沖に出さないようにみんなに伝えておこう」
「ありがとうございます」
「いやいや、お礼を言うのは私たちの方だよ。知らせてくれてありがとう。被害を最小限に抑えることができそうだ」
手伝おうかとしたが「それよりもすることがあるだろう?」と言われて追い返された。ミズナのことは気になるが、そこはミズナの町の人たちに任せよう。俺たちは先を急ぐことにした。
ミズナの町から港街スイレンまではそれなりに距離がある。真っ直ぐに向かえば昼過ぎには到着することができるのだが、海の状況を確認しながら進むため夕方になってしまう可能性も出て来た。
「リリア、暗い海と俺たちの距離はどのくらい?」
「ずいぶんと差が開いているわ。この感じだと、ミズナが暗い海に覆われるのは昼過ぎになりそうね」
「その速度だと、港街スイレンに到達するのは明日の午前中になりそうかな?」
「そのくらいになるわね。急いで準備を進めましょう」
何とか今日中に決戦の場の土台くらいは作っておきたいところだな。土台の細かい調整は明日の朝一に間に合わせれば良いからね。その後も暗い海が動く速度を確かめながら先を急いだ。
俺たちが港街スイレンに到着したのは午後の三時を過ぎたくらいだった。何とか日が暮れる前にたどり着くことができた。急いでアーダンたちを探す。
「アーダンたちは無事に到着したみたいだね」
「巨大船に乗っているわ。あたしたちも向かいましょう」
「そうだね、そうしよう」
港街を突っ切り巨大船エレオノーラ号を目指した。俺たちのことをあらかじめ伝えてあったのか、船の近くに着くと声をかけられた。
「プラチナランク冒険者のフェルさんですね。到着したら船に乗ってもらうように言われています」
「ありがとう」
船着き場に設置されている桟橋を渡って船に乗り込む。そのままみんながいる場所を目指した。どうやら船長室にいるようである。扉をたたくとすぐに返事があった。
「遅くなってごめん」
「構わないさ。海の様子はどうだった?」
「今のままの速さだと、明日の午前中には『暗い海』がここに到達するね」
「暗い海か。確かにそうだな」
俺の報告にまだ半信半疑の様子の船長が首をひねっていた。アーダンたちは事情を話したのだろうが、完全に信じてもらえてはいないようだ。
「途中でミズナに寄って、海に出ないように言っておいたよ」
「そうか。うまくやってくれると良いんだが」
「大丈夫だよ。沖に出ないようにしておくって言ってたからね」
ここまで話してようやく事態が良くない方向に動いていることを感じたようである。船長が一つ咳をした。船長室にいる他の船員も心なしか顔色が悪くなっていた。
「その『暗い海』と言うのは本当にそこだけ海面が荒れているのですか?」
「それは間違いないですね。海岸線で確認してきましたが、どうやらその奥に水の精霊がいるみたいです」
俺の発言に部屋の中にいた全員の顔つきが変わった。もちろんアーダンたちもである。
「間違いないのか?」
「間違いないわね。火の精霊のときと同じ魔力の気配を感じるわ」
この場にピーちゃんの姿はない。なぜなら火の精霊は消滅したことになっているからだ。本当は本人から直接説明してもらった方が良いんだろうけど、それは宿に戻ってからにしてもらおう。アーダンたちにはこれだけでも言いたいことが伝わったハズである。
「ここで水の精霊を止めておかなければ、スイレンだけでなく、この船も危ないでしょう」
「まさか水の精霊が……」
アーダンの言葉にぼう然となる船長。船長が火の精霊が天災を起こそうとしていた話を聞いているか分からないが、水の精霊がこちらに敵意を向けていることは理解してもらえたようである。
「そこで私たちは海上に水の精霊と戦える場所を作ろうと思っています。うまく行けば、街にも船にも被害を出さずに対処できるかも知れません。協力してもらえませんか?」
「もちろん、全面的に協力しましょう。我が国のプラチナランク冒険者が対応してくれるのならば、これほど心強いことはない」
プラチナランク冒険者になっていて良かった。これがゴールドランクとかだったらイマイチ信用されていなかったかも知れない。
俺たちはすぐにこれからやろうとしていることの計画を話した。
「決戦の場を作る場所はこの辺りが良いでしょう。ここなら船の交通の妨げになりにくいはずです。そこまではエレオノーラ号に積んである小舟で送ります」
「商船の主な通り道が分かって良かった。『暗い海』はこちら方面から来ているので、この位置で対処できれば十分でしょう」
「このことは私からこの街の官僚に伝えておきましょう。他にも乗り合わせている貴族にも伝えておきます。それで多少は動いてくれるでしょう」
「助かります」
どうやら面倒くさい官僚への説明は船長がしてくれるようである。その後も二、三個確認を行うと、決戦の場を作るべく俺たちは海に出た。
まだ波は比較的穏やかなのだが、巨大船と違って小型船の揺れは大きかった。
「まさかこんなに揺れるだなんて思わなかったよ」
「酔い止めを飲んでおいた方が良かったわね」
「それでも、乗合馬車よりかはマシか?」
ジルが言うように乗合馬車よりかはマシだろう。道が悪いと、お尻が痛くなって座ってられないくらいだからね。
沖に出るとさらに揺れが激しくなってきた。船から落ちないようにロープやマストにしがみつく。
「あの辺りで良さそうよ」
「陸地からの距離は問題ないみたいだね。商船の航路との距離はどうなってる?」
「えっと、今はこの場所にいるね」
甲板にオート・マッピングの魔法を映し出した。陸地から現在地点までの地図がそこにしめされている。それを見ながら、この小舟の船長が慎重に確認する。
「問題ありません。航路からも十分に離れています」
「よし、それじゃリリア、しっかり頼んだよ。魔力の供給は俺に任せて」
「分かったわ」
そう言うと、何やら良く分からない言葉で魔法を唱えるリリア。俺が木属性の魔法が使えないのはこの言葉が良く分からないからである。聞いたところによると、妖精言語だそうである。そんな言語体系があるだなんて、そのとき初めて知った。
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