第102話 決戦の場
海岸沿いのダンジョンからキキョウの街を経由して港街スイレンへと向かう。乗合馬車で行くなら二日以上かかる距離だ。水の精霊が現れるまでどのくらいの時間が残っているか分からない。早いに越したことはなかった。
「エリーザ、大丈夫?」
「さすがにちょっと厳しいわね」
大きく肩で息をしている。それもそのはず。ここまでほとんど休みを取らずに走ってきたのだ。ひとまずエリーザを休ませて、残りのメンバーで野営の準備を整える。拠点は簡単な石造りの家にした。これだけでも守りは十分だ。
「夜の見張りは俺たちがやるから、エリーザはしっかり休んでおけ」
「ありがとう。そうさせてもらうわ」
「無理そうなら、俺が抱えて運ぶぜ?」
「大丈夫よ、問題ないわ」
引きつった顔のエリーザがそう言った。その顔を見ると、エリーザにとってジルに抱えられて運ばれるのは最終手段のようである。残りのメンバーには疲れは見られない。全員タフガイである。
リリアとピーちゃんは俺の肩に乗っているので、疲れることはあまりなさそうだけどね。
「ねえ、明日はあたしもコッソリと体力回復魔法と強化魔法を使っておくわ」
「バレなければ良いんだけど」
コソコソと耳元に話しかけてきたリリアにそう答えた。俺たちが治癒魔法を使えることはなるべく黙っておきたい。エリーザの居場所を横取りすることになりかねないからね。
アーダンが準備してくれた食事を食べながら、明日の動きの確認をする。
「明日には港街スイレンに到着するだろう。まずはスイレンを治めている人に連絡だな」
「港に停泊している船にも注意を促さないと」
「そうだな。港には俺たちが乗ってきたエレオノーラ号もあるからな。あれが沈んだら、今度はいつ帰れるか分からないぞ」
あとはどれだけ俺たちの話をまともに聞いてくれるかだな。この大陸では俺たちのことを知っている人はほぼいないだろう。そうなると、俺たちは一般市民とほぼ同じだ。何だか段々不安になってきたぞ。
「俺たちの意見を聞いてもらえなかったらどうするんだ?」
「そうなったら、なるべく被害が出ないように戦うしかないな」
うーんと考え込んだ。戦うと言っても海岸沿いはどこも船着き場になっていたはずだ。とても戦えるような場所ではなかった。
「場所が悪いね」
「そうなんだよな~」
ジルも同じことを思ったのか、無言で料理をつついている。
「ただ倒すだけならウォータードラゴンのときみたいにすれば良いんだけど、今回は水の精霊を助け出さないといけないからね」
そんな悩んでいる俺たちにリリアが答えを出してくれた。テーブルの中央に浮遊すると、腕を組んで大きく胸を張った。
「決戦のバトルフィールドを作れば良いのよ!」
「決戦のバトルフィールド?」
みんなの声がそろった。いったい何をするつもりなのだろうか。困惑する俺たちを気にすることなく、リリアが妙案を話し始めた。
「海の上にあたしたちが戦える場所を作れば良いのよ」
「確かにその考えは一理あるが……でもどうやって?」
アーダンが腕を組んで考えている。リリアの言うとおり、海の上にそんな場所があれば、港がどのような状態でも戦うことができる。それに街への被害も最小限に抑えることができるだろう。事と次第によっては、あとのことを考えずに強力な魔法を使うこともできるな。
「もちろん魔法を使って作るのよ」
「なるほど。氷魔法で足場を作れば、その上で戦うことができるね」
「でもそれだと、ツルツル滑って戦いにくいぞ?」
俺とジルの意見に、チッチッチと指を振るリリア。
「木で足場を作るのよ。水によく浮かぶ木を使えば十分に耐えられるはずよ」
「そうか、その手があったか! あ、でもそんなに広い面積に木を張り巡らせることができるの?」
「そこはほら、フェルからタップリと魔力をもらえば良いわけだし?」
リリアの艶のある声につられて、みんなの注目が俺に集まった。リリアにタップリと魔力を与える……いつぞやのときみたいに肌と肌をくっつけ合えば良いのかな? 何とかなるような気はする。
「……いけそうか、フェル?」
「部屋はのぞかないようにしておくわ」
「それなら別々の部屋をとる必要があるな」
「ボクはあちらの空間に戻っておきますよ」
みんなの変な気遣いがつらい。いったい俺とリリアが何をすると思っているのか。体格差をよく考えて欲しい。キスすらまともにできないと言うのに、何をしようと言うのかね。
「そんなに気を遣わなくても大丈夫だよ。それじゃ、港街スイレンに着いたらすぐに海の上に決戦のバトルフィールドを作ることにするよ。無駄になったら壊せば良いだけだし」
「そうだな、その方が街中で戦うことになるよりかはずっと良さそうだからな」
方針は決まった。あとは水の精霊がやって来るのを待つだけだ。問題は場所をどこにするかだな。あまりにも陸地に近すぎると船の航行の妨げになるだろうし、遠く離れるなら、そこに行くまでの足がいる。
「どちらにしろ、早く港街スイレンにたどり着かないとな。早く寝て、明日朝すぐに出発だ。やっぱエリーザを抱えた方が早くないか?」
「それは最終手段だな。せめて水の精霊がどの辺りにいるかが分かれば良いんだがな」
「そうねぇ、海岸沿いに移動すれば、このまま陸地を移動するよりかは手がかりを見つけやすくなるかも?」
夕食が終わると、テーブルの上には料理の代わりに周辺の地図が広げられた。このまま進むべきか、海岸線まで向かってそこから港街スイレンを目指すか、どちらが良いのかを話し合うことになった。
「このまま真っ直ぐに港街スイレンを目指せば、明日の昼過ぎには到着するだろう」
「海岸線を目指すと、到着するのは夜になりそうだね」
「早く到着すればそれだけ下準備を早めることができる」
「海岸線に沿って進めば、水の精霊の動きが分かるかも知れないわ」
どっちが正解なのだろうか。準備は早い方がいい。しかし水の精霊の動きも気になるところだ。それに海の状態を見ることができれば、あの荒れた海がどこまで続いているのかを知ることができる。
「俺は海岸線に向かった方が良いと思う。海の状態を知っておいた方が良いんじゃないかな? すでに海が荒れているなら、足場を作るのは簡単じゃないと思うんだ。そうなれば、別の方法を考える必要があるかも知れない。それにミズナにも緊急事態を知らせないと」
「確かにそうだな。ミズナにも知らせなければならないな。昼過ぎにスイレンに着くことができれば住人に警告することができるが、どれだけの人が俺たちの意見を聞いてくれるのかは未知数だからな」
「急いでスイレンに帰っても、無駄になる可能性があるってことね。でも少なくとも、エレオノーラ号の人たちは聞いてくれるんじゃないの?」
「それもそうだね」
これは困ったな。どっちが良いのか悩ましいところだ。そのとき、ピーちゃんが肩から地図の上に降り立った。
「二手に分かれてはどうでしょうか? 兄貴と姉御、そしてボクは海岸線を目指すのです。ボクたちは空が飛べますからね」
「なるほど、その手があったな。何もみんなで一緒に行動する必要はないからな」
アーダンがあごに手を当てて、大きくうなずいている。一緒に行動する時間が長くなっていたから、そのことをすっかり忘れていた。それなら俺たちもエリーザを気にせずに強化魔法を使うことができる。
「それが良いわ。そうしましょう! そうすればエリーザもジルに抱えられなくて済むはずよ」
「そうね!」
「……そんなに嫌か?」
あ、ジルが落ち込んでいる。こんなとき、どうやって励ませば良いんだ? 困った俺はアーダンとピーちゃんを見た。アーダンはあからさまに視線をそらした。打つ手なし、ということだろう。一方のピーちゃんは……。
「そんなことはありませんよ。エリーザ姐さんの照れ隠しですよ!」
「ち、違うから!」
大慌てでエリーザが否定した。その慌てふためき様を見たリリアが悪い顔をしている。
「あら、そうだったのね。それは悪いことをしちゃったわ。今度から見て見ない振りをするから、ジルにお姫様抱っこして運んでもらっても良いのよ?」
「違うから!」
エリーザの完全否定宣言にジルの顔がしょんぼりした表情になってしまった。悪いことしちゃったなぁ。あとでリリアに二人をからかわないようにしっかりと言い聞かせておかないと。
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