第101話 港街スイレンへ戻る

 どっぷりと日が暮れたころ、食事の片付けを開始した。たき火はそのままに、食器や金網なんかを魔法袋にしまってゆく。それらを洗うのは日が昇ってからにしよう。周りが暗いと洗い物がやりにくいからね。


「船が出発するまでそんなに日付が残っていないから、これ以上港街スイレンから離れるのはやめた方が良いわね」

「船に乗り遅れないためにも、早いところスイレンに向かっても良いかもな」

「そうだな。スイレンに戻るとしよう」


 俺たちは次の船で元の大陸に戻るつもりでいた。そもそもこの大陸に来たのは休養のつもりだったからね。

 そうは言っても、俺たちは冒険者なのでジッとしていられずに色んな場所を動き回ることになってしまった。でもそれはそれで、十分に楽しむことができたと思う。


「水の精霊のことはどうするのかしら? きっとピーちゃんみたいに操られているわよ」

「その可能性は高いと思う。でも、水の精霊の本体がどこにいるかも分からないし、今この国で何か問題が起こっているわけでもないんだよね。どうしたものか」


 せめて問題が表面化していればその場所を目標として動くことができるのだが、その様な話は耳に入って来なかった。キキョウの街はかなり広かったので、この国で起こっている色んな情報も入ってくるはずである。


「魔力の泉を消滅させたときに何か気づくことはなかったのか?」

「それが、水の精霊の一部が開放されたのは分かったのですが、それ以外は何も……」


 他に何か水の精霊に関する手がかりがあれば、そこからたどることができたかも知れないのだが、残念ながら何もないようである。ションボリとうつむくピーちゃん。そんなピーちゃんをリリアがなでていた。


「手がかりはなく、この国でも特に問題が起きているわけではない。そこから水の精霊を見つけるのは難しいだろうな」

「確かにそうね。それに陸地にいるとは限らないもの。ほら、ピーちゃんだって、火口の中にいたじゃない?」

「そうだったな。もし海のどこかにいるとしたらさすがにお手上げだな」


 残念だけど、三人の言う通りだと思う。ピーちゃんもそう思っているのだろう。静かにうつむいていた。何とかしてあげたいとは思うが、どんなに考えても良い案は出てこなかった。


「このままこの国に住んで探し続けるわけにはいかないものねぇ」

「そうだな。冒険者ギルドはないし、そうなれば俺たちはお金の稼ぎようがないからな」

「まあ、腐るほどお金はあるから働かなくても大丈夫だろうけど、向こうに戻れば俺たちを必要としてくれる人がいるからなぁ」


 ジルが空を見上げた。そこには空一面に星が輝いていた。この景色はどこでも変わらないな。水の精霊だけでなく、他の精霊がいつ動き出すのかは分からない。数年後、数十年後に動き出す可能性だってあるのだ。


 たまたま火の精霊であるピーちゃんが動き出したのと、俺たちがプラチナランク冒険者として名を上げたのが一致しただけであって、今後もそうなるとは限らないのだ。俺たちではなく、別の誰かが精霊を救い出す可能性も十分にあるだろう。


「水の精霊がいつ動き出すのか分からないけど、もしそうなったときは必ず助けにいくよ」

「本当は今すぐにでも会いに行ければ良かったんだけど、どこにいるのか分からないんじゃ、さすがに無理があるわ。アナライズで調べられる範囲にも限界があるもの」


 俺たちの意見に納得してくれたのか、ピーちゃんが顔を上げた。


「無理難題をぶつけてしまって申し訳ありません。ボクたち精霊と皆さんとでは時間の感覚が違いますからね。大事な時間をただ待つだけのことに費やすわけにはいきません。帰りましょう」

「ごめんね、ピーちゃん」

「気にしないで下さい。ボクたち精霊は不死なる者ですから。悠久のかなたのどこかでまた出会えますよ」




 翌日、昨日までの穏やかな海とは違い、嵐が来たかのように荒れていた。強い風が吹いているわけでもなく、ただただ波が水しぶきを上げて海岸へと打ち寄せているのだ。

 首をかしげながら一階に下りると、アーダンが朝食の準備をしていた。それを手伝いながら、先ほど気になったことを話した。


「海の波が変じゃない?」

「フェルもそう思うか。俺もそう思う。そして嫌な予感がする」

「それって、やっぱり水の精霊の仕業ってことかな? ダンジョンを使って魔物を氾濫させる作戦が失敗したから、別の手を打ってきた」

「可能性はあるな」


 手を止めずに準備を続けながら話を聞いた。アーダンの勘は良く当たる。嫌な予感がしたということは何かがあると言うことだ。放っておくわけにはいかないな。


「ピーちゃんは何か感じない?」


 ピーちゃんは首を左右に振った。今のところ、水の精霊の気配はないようである。リリアに目配せすると、リリアも首を左右に振った。特に思い当たることはないようだ。

 そのうちジルとエリーザも降りてきた。


「海が荒れてるな」

「風もないのに不思議ね。空もこんなに良い天気なのに……ってアーダン、あなた怖い顔をしてるわよ」

「そうかも知れんな」


 その言葉で察したのか、エリーザが息を飲んだ。ジルはヤレヤレと言った感じで頭をかいていた。さすがに幼なじみなだけあって、アーダンのことを良く知っているようである。

 朝食の準備ができた。それを食べながら、ピーちゃんとリリアが今のところ何も感じていないことを話した。


「これから何か起こるんじゃないかしら?」

「そうかもな。水の精霊が姿を見せてくれるかも知れないぞ」

「助け出せるチャンスだね」


 俺の言葉にみんながうなずいた。問題はどこで姿を現すかだな。街に被害を出さないためにも、ここに来てくれたら良いんだけど。


「狙いはどこかな?」

「そうだな……そう言えばピーちゃんは体を手に入れたらどこに向かうつもりだったんだ?」

「え? そうですね」


 うーんと思い出すように眉間に羽先をトントンとさせるピーちゃん。無言でピーちゃんを見守った。「この星」に操られたピーちゃんが向かおうとしていた場所が分かれば、同じく操られた水の精霊が向かう場所も分かるかも知れない。


「確か、生き物が多い場所だったと思います。そこで多くの生き物を消し去る。そんな考えで思考が埋め尽くされそうになっていました」

「そうなると、水の精霊も人が多い場所を狙う可能性が高いか」

「魔物を氾濫させて生き物を殺す作戦が破綻したから、その腹いせにあたしたちを狙うんじゃないの?」

「そんなまさか」


 てっきりリリアの冗談だと思ってそう言うと、ピーちゃんが何かを思い出したかのように翼を広げた。


「そのまさかですよ! 私が姿を見せたのも、皆さんが邪魔をしたからです。邪魔者を排除せよ。確かにそう『この星』の声が聞こえました」

「それじゃ俺たちの方に向かってくるってことか」

「それに加えて人が多いところなら、さらに可能性が高くなるわね」


 今俺たちがいる場所は戦いやすいが人はいない。この近くまで来ても、人が多い場所を目指すかも知れない。そうなると、この近くで人が多いところ。キキョウの街か、港街スイレンだ。


 だがしかし、キキョウの街は海沿いではなく、ちょっと内陸に位置している。それなら向かう可能性が高いのは――。


「港街スイレンに向かいそうだね」

「そうなるな。邪魔者の俺たちがそこにいれば、ほぼ間違いなく来るんじゃないか?」

「急いで戻るべきだね。できれば街の人たちを避難させることができれば良いんだけど……」

「よそ者の俺たちの話をどれくらい聞いてくれるかだな」


 それでも何もしないよりかはずっと良い。俺たちは急いで朝食を食べると、借宿を元の砂浜に戻し、港街スイレンへと急いだ。

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