第100話 怒りのピーちゃん
怪しげに輝く俺の右手を見て、アーダンたちも固まった。これをどうするかって? そんなの決まっている。
「ピーちゃん、あの怪しい影に何か言いたいことがあるんじゃないの?」
「……そうですね。まあ、あると言えばありますね」
俺の意図を察したのか、これまでに一度も聞いたことがないほどの低い声を発した。リリアが震えながら俺の首筋にへばりついた。その声が聞こえたのか、向こうにいる三人が数歩、後ずさった。
「それじゃ、直接言ってくるといいよ」
俺は右手に集まった全ての魔力をピーちゃんへとそそいた。
巨大化し、姿を変えるピーちゃん。そこには憤怒の表情を浮かべた、筋骨隆々の体を持つ炎の魔人がいた。あ、これは思ったよりもまずいぞ。耳元でリリアが「ヒッ」と、か細い声を上げた。初めて聞くリリアの声である。
炎の魔人を見上げ、棒立ちになる怪しい影。もしあの顔に口があったら、ポカンと開けているんだろうな。
「無常迅速、劫火滅却。消えうせろ!」
ピーちゃんの拳がさらに巨大化し、怪しい影をたたき潰した。その衝撃で大地が揺れる。
あとには何も残っておらす、殴られた地面は溶岩だまりへと変わっていた。……ピーちゃんって怒ると口調が変わるのな。怒らせないようにしよう。
先ほどの攻撃で魔力を使い果たしたのか、元のかわいらしい小鳥の姿に戻ったピーちゃん。まだ怒りは収まっていないようだが、落ち着いてはいるようだ。
「兄貴が魔力の泉を壊したときに、水の精霊の気配も消えました。恐らく地脈をねじ曲げるために、水の精霊の一部を切り離して利用していたのでしょう」
「それじゃ、俺が壊したことで、水の精霊のところに戻って行ったかな?」
「恐らくそうかと思います」
水の精霊の現在状況が気になるが、今の段階ではどうすることもできない。地脈は元の位置に戻ったみたいだし、再びこのダンジョンから魔物があふれることはないだろう。
「ひとまずはこれで安心できそうだね。……リリア、大丈夫?」
「だ、大丈夫よ、たぶん」
そう言って自分の太もも辺りを気にするリリア。まさか……。
「フェル、そっちはもう大丈夫そうか?」
「大丈夫だよって、この溶岩を何とかしないといけないね。アイス・ウォール」
ジュウジュウと派手に氷が溶ける音がする。その音とともに、少しずつ赤い大地が、黒い大地へと変わってゆく。かなり高温になっているようで、完全に通れるようになるまで、かなりの時間がかかってしまった。
「見てよ。ダンジョンの中が暗くなってきているわ」
エリーザの声につられて上を見ると、確かに先ほどよりかは暗くなっているような気がする。
「地脈が無くなったので、明るさを維持できなくなったのでしょう。今ならまだ、明るいうちに外に出ることができるはずです」
「暗くなってもスモール・ライトがあるから問題ないけど、だからと言って無駄に魔法を使う必要はないわ。急ぎましょう」
アーダンたちにケガなどはないようだ。ようやく冷えた溶岩の上を急いで渡り、みんなと合流する。
「すごい攻撃だったな」
「そうだな。こりゃピーちゃんを怒らせない方がいいな」
「ボクが怒ったところであの力は出せませんよ。兄貴から魔力をもらったからこそ、できた攻撃です」
なぜか誇らしげにピーちゃんが胸を張ってそう言った。たぶん俺のことを自慢してくれているのだろうが、今度は俺が恐ろしい存在として思われそうである。
「そうなると、フェルを怒らせない方がいいわけか」
「なら簡単だな。リリアにちょっかいをかけなければいい」
確信しているかのようにジルがニヤリと笑っている。そんなまさか。ちょっと想像してみる。……うん、無理だな。とてもではないが、抑えられる気がしない。
「ちょっとフェル、落ち着きなさい! ジルが言ってるのは例えばの話だから。例えばの」
「分かってるよ、リリア」
「そう? ものすごい殺気があふれてたけど……」
「……」
その後、俺たちはダンジョンから外に出るまで無言だった。
外はまだ明るく、時刻は午後三時を過ぎたくらいだ。何とも中途半端な時間である。今から全力で走っても、恐らく今日中にはキキョウの街までたどり着けないな。
「どこかで野営する必要がありそうだね」
「そうみたいだな。拠点を作る材料が多いのは岩場の方か。これ以上、魔物が増えることはないだろうから、疲れているようならこの辺りで野営をしても良いぞ?」
うーん、とみんなで考える。だがその前に、やっておかなければならないことがあった。ダンジョンから魔物が湧き出る可能性はほとんどないが、万が一の可能性を考えておいた方が良いだろう。どのみちこのダンジョンは宝も取り尽くされているし、訪れる人はいないはずだ。
「その前に、このダンジョンの入り口を完全に塞いでおくよ」
「それが良い。そうすれば、同じようなことは二度と起きないだろうからな」
アーダンにうなずき返すと、ガイア・コントロールの魔法を使って、入り口を地中の中へと沈めた。あとは痕跡が分からないように、周囲と同じ砂浜に変えておく。これでここに「海岸沿いのダンジョン」があったとは思わないだろう。
「これでよし」
「そのうちこの場所にも人が集まってくるかもね。保養地としては確かに良い場所だもん。青い海に、白い砂浜。波も穏やかだしね」
肩に乗っているリリアが首元に優しく寄り添ってきた。リリアが言う通り、美しい景色だ。海は透明度が高く泳ぐ魚の姿が見え、砂浜は光り輝いていた。
「それじゃ、今日はこの場所で野営をすることにしよう」
「そうね。こんな景色、そうそう見られそうにないものね。せっかくだから、十分に味わっていきましょう」
「拠点はどうする?」
「あたしが作るわ」
そう言うとリリアは精霊魔法の一種である、木属性魔法を使って一軒の木造住宅を作りあげた。海岸沿いに良く似合う、窓が大きくて、風通しの良い二階建ての家だった。
「良いね、この家。何だか分からないけど、心が躍るような気がするよ」
「奇遇だな、フェル。俺もだぜ。これは夜には外でたき火をしないとな」
「それなら調理場は外に作ることにするよ」
俺たちはそれぞれ荷物を出したり、テーブルを並べたりして野営の準備を整えた。それでも時間があったので、冷たい飲み物を飲みながら二階から海を見ていた。
「あと数日で帰りの船が出発する日になるな」
「もう一ヶ月になるのか。あっという間だったような気がするよ」
「そりゃな。お化け退治にミスリル入手、そしてダンジョン攻略だ。それだけ何かあればあっという間だろうよ」
言われてみればそうかも知れない。どうやら思った以上にこの一ヶ月は活動的に過ごしたようである。
「次にこの大陸に来ることはあるのかしら?」
「どうだろうね? 今度は自分たちの飛行船で訪ねてみたいね」
「お、早くも飛行船を買うつもりか? 俺は賛成だぜ」
ジルがすぐに賛成してくれた。アーダンとエリーザもうなずいている。プラチナランク冒険者の俺たちなら、多少値段が高くても飛行船を買うことができるはずである。
そんな夢のような話をしつつ、日は暮れていった。
本日の夕食は肉や野菜を直火で焼きながら食べる豪快な料理だった。キキョウで買ったタレをつけて食べるらしい。金網の上では今まさに、ジュウジュウと肉汁をこぼしながら肉が焼けている。その隣では緑や黄色の色鮮やかな野菜が焼かれていた。
「ジル、ちゃんと野菜も食べなさいよ」
「分かってるよ。エリーザは俺の母ちゃんか」
「そんなわけないでしょ! 一応言っておかないと、肉しか食べないでしょが」
エリーザがお怒りのようである。どうやら前に同じ料理をしたときにジルが肉だけを食べたらしい。怒られるジルを横目に、肉だけでなく、野菜も皿にのせた。
タレとともに肉に挟んで野菜を食べると、中から出て来た肉汁が野菜とうまく絡み合った。ほどよい硬さに焼かれた肉が口の中で野菜と一緒に溶けていった。
「最高においしいな。肉が良いのか野菜が良いのか、それともタレか。リリアもどうぞ」
「ありがとう。こうしてみんなで焼きながら食べているのも良いんじゃないのかしら?」
「それもあるね。色んな要素が絡まり合ってこの味になっているんだろうね」
そのまま暗くなるまで、俺たちは飲んだり食べたりを繰り返した。
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