第99話 精霊魔法

 怪しい影はゆっくりとこちらに向かって動き始めた。その黒い霧のような体に、魔石は刺さっていなかった。


「水の精霊じゃないみたいだよ」

「そうか。それじゃ一体何者なんだろうな」

「まあ何にせよ、倒すしかねぇな!」


 怪しい影が放った水の弾をジルが刀で切り払った。そしてそのまま接近する。相手は姿形が定まっていない魔物だ。普通の剣ではダメージを与えることはできないはずだ。

 しかし、ジルの持つミスリルの刀はその影をザックリと切り裂いた。


「キョエエ!?」

「斬れる!」


 ニカッと輝くような笑顔をするジル。一方の怪しい影は、まさか攻撃が当たるとは思ってもみなかったのだろう。避ける素振りも見せずに攻撃を受けた。怪しい影が悲鳴のような甲高い音をかなでる。確かな手応えを感じたジルはさらに攻撃を加えた。


「ギョエエエエ!」


 体を裂かれ、後ずさる影。それを追いかけるジルに触手のような細い影を打ちつけた、それさえもジルは危なげなく切り落とした。

 だがしかし、魔力の泉のところまで下がったとき、怪しい影に変化があった。先ほどジルが与えたダメージはなくなり、それどころか、先ほどよりも一回り大きくなっていた。


「なんだ?」

「魔力の泉から魔力を吸収しているわ!」


 リリアがそう叫ぶのと同時に怪しい影がいくつもの水の槍を飛ばしてきた。それをジルは簡単に刀でたたき落とし、俺たちの方に飛んできたものはシールドの魔法で防いだ。

 怪しい影は再び先ほどの大きさまで縮んでいた。どうやら体の大きさと魔力量には何かしらの関係があるようだ。


「先にあの魔力の泉を何とかしないといけないみたいだね」

「そうみたいだな。ジル、二人でそいつをそこから引っ張り出すぞ」

「了解した。攻撃が効いても、無限に回復するんじゃ倒しようがないからな」

「エリーザ、援護を頼む。フェル、魔力の泉は任せたぞ」

「分かったよ」


 俺にはリリアとピーちゃんがついている。魔力の泉を調べることができれば、何か対応策が分かるはずだ。

 アーダンとジルが怪しい影を挑発して、少しずつ部屋の外へと連れ出して行く。どうやら頭はそれほど良くないようである。


「よし、今のうちに近づこう。アイツの目、見えているのかな?」

「見えてないと思うわ。たぶん魔力とか熱とかで感知してるんじゃないかしら?」

「それならそれを遮断する魔法を使って、俺たちの動きがなるべくバレないようにしよう」

「そうね、そうしましょう」


 すぐにリリアが魔法を使ってくれた。これですぐにはバレないはずだ。その間に魔力の泉を解析するとしよう。なるべく相手の死角になるように素早く移動して、魔力の泉の前までたどり着いた。


「二人とも、何か分かる?」

「どうやらこのから魔力を引き出して魔物を生み出しているのは間違いなさそうですね」


 ピーちゃんがそれを確かめながらそう言った。リリアも同じ意見のようで、真剣な表情をしながら見つめている。


「それじゃ、これを塞げば魔物がこれ以上増えるのを防ぐことができるというわけだ。これって地脈だよね?」

「そうね、間違いないわ。細くなった地脈を無理やりねじ曲げてここまで引っ張ってきてるみたいね。元々この場所の地脈は枯れかけていたんじゃないかしら?」


 なるほど、枯れかけた地脈から効率良く魔物を生み出すためにこの位置まで引っ張ってきたのか。


「地脈って、こんな風に地上に出るものなの?」

「普通は無理ね。きっと何かしらの方法があるんだと思うわ。どんな方法かは分からないけどね」

「基本的に地脈は大地の中を循環するようになっていますからね。その輪から外れた地脈は枯れてしまうのです」


 地脈循環の輪は少しずつ移動しているのかも知れないな。それで場所によっては地脈が枯れることになるのだろう。ここの地脈はもう枯れる寸前だ。ここで何とかすれば、二度と利用されることはないだろう。


「どうすればこの地脈を元の位置に戻せるんだ?」

「うーん、無理やりこっちに地脈を引っ張って固定しているみたいだから、それを押し返してやれば固定しているものが外れて元の位置に戻るかも?」


 自信なさそうにリリアが言った。魔力を固定する何らかの方法があるのかな? どうやらその方法に思い当たるものがないようで、リリアが首をひねっている。


「ピーちゃんは何か分からない?」

「……」

「ピーちゃん?」

「この手法には心当たりがあります。他でもありません。ボクたち精霊が地脈から魔力を得るときに使う方法です」

「それって……!?」


 リリアが両手を口元に当てた。それはきっと、ピーちゃんがここに来る前に感じていた、水の精霊の力なのだろう。つまり、この騒動には水の精霊が関係しているということだ。


「ピーちゃん……」

「ボクたちが魔力を得るために地脈を動かすのは一時的なものです。長くそれを維持することはできません。そんなことをすれば精神に負担がかかりますからね」

「それじゃ、今のこの状態って」


 こちらを見上げたピーちゃんが悲しげに首を縦に振った。


「近くに水の精霊の気配を感じます。ボクにはそれが悲鳴を上げているように感じるのです」

「何とかしないと! ピーちゃんは火の精霊だろう? 何とかならないの?」

「力を失っているボクにはどうすることも……」

「それなら俺がやるよ。俺とピーちゃんは同化したんだろう? それなら俺にも同じことができるはずだ」


 同化が何を意味するのかは今まで全く分からなかった。てっきりピーちゃんと一緒に行動すること意味すると思っていた。だが、それだけではないはずだ。同化したということは、ピーちゃんの力を俺も使うことができるようになっているはずである。


「本気なの、フェル?」

「もちろんさ。ピーちゃんが苦しんでいるのに、放ってはおけないよ」

「……分かりました。ボクの中に封印されている魔法を解放しましょう」

「ちょっと待った。それって大丈夫なの!?」

「使い方さえ間違えなければ」


 それって、使い方を間違えば、とんでもないことになるってことだよね? 俺の気分次第で世界を滅ぼしたりとかできないよね? 信じてるよ、ピーちゃん。


「わ、分かった。それで水の精霊が救えるのなら、やってやろうじゃないか」

「震えてるわよ、フェル」


 リリアがそっと肩に寄り添ってくれた。今はそれがありがたい。


「だってしょうがないじゃないか。怖いものは怖い」

「大丈夫ですよ。兄貴なら絶対に正しいことに使ってくれる。ボクはそれを知っています」


 ピーちゃんが力強くそう言った。リリアも隣でうなずいている。そこまで言われたら怖じ気付いている場合じゃないな。ピーちゃんと水の精霊のために一肌脱いでやろうじゃないか。


「ピーちゃん、やってくれ」

「かしこまりっ!」


 ピーちゃんが一際明るく輝いた。その光が目に入ったとき、頭の中にスッとした光が差し込んだ。これが火の精霊が使うことができる魔法。確かに異質だな。


「フェル、大丈夫?」

「大丈夫だよ。どうやら『エナジー・ドレイン』の魔法を固定しているみたいだね」

「エナジー・ドレイン……聞いたことがない魔法ね」


 この魔法を使えば、地脈どころか相手の生命力も奪うことができる。そしてそれを自分の力に変換できるのだ。使い方によっては危険な魔法だな。


「リリアがさっき言っていたように魔力を押し返すのは無理そうだよ。でも、その代わりに『エナジー・ドレイン』を使って、この状態からさらに魔力を引き出したらどうなると思う?」

「えっと、地脈から引き出す魔力量が増えるから、一時的に地脈が広がるか、魔力が流れる速さ増大する?」


 リリアが首をかしげながら答えた。俺もリリアと同じ考えだ。そうなればどちらにしろ、固定されている『エナジー・ドレイン』の魔法に負荷がかかるはずだ。そうなれば、固定化しているのを壊すことができるかも知れない。


「兄貴、いけますよ! 地脈を無理やり引っ張って来ているだけでも相当な負担がかかっているはず。その均衡が少しでも傾けば簡単に崩れるはずですよ」


 ピーちゃんからの保証ももらえたことだし、やってみるとしよう。何だかいけそうな気がしてきたぞ。


「エナジー・ドレイン」


 魔力の泉に向かって魔法を使う。直後、すさまじい勢いで、暗い七色の光が噴き出した。泉の中からはペキペキという、氷がひび割れるような音が聞こえる。音がやんだ途端に、魔力の泉はすっかりと消え去った。どうやら元の地脈の位置に戻って行ったようである。


「キキキー!?」


 どうやら怪しい影が魔力の泉が消えたことに気がついたようである。赤い二つの光がこちらを見ている。その光が、驚いたかのように少し大きくなったような気がした。


「ねえ、フェル、その集めた魔力はどうするの?」


 俺の右手には七色に光る魔力が、むき出しの状態で集まっていた。

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