第98話 怪しい影
休憩も終わり、いよいよ「海岸沿いのダンジョン」に入ることになった。俺たちが消費した魔力もだいぶ回復したし、ダンジョンのマッピングも完了済みだ。
「このダンジョンはそれほど広くないよ。地下三階構造で、狭い通路はほとんどない。どちらかと言うと広々してるみたいだね」
「魔物が増えているのは最下層の小部屋の近くね。そこに行けば何か分かるはず」
「よし、案内を頼むぞ」
「任せてよ」
エリーザがスモール・ライトの魔法を使い、アーダンを先頭にいつもの布陣でダンジョンに入って行く。少し歩くと、予定通り広い空間に出た。
そこは明るい光が天井から降り注ぐ真っ白な砂浜だった。とても地下とは思えない光景だ。
「何だこれ」
「見た目はキレイだけど、何だか気持ちが悪いわね」
「まるで外にいるみたいですね」
ピーちゃんの言う通り、壁さえ見えなければ外と勘違いしそうである。砂浜をよく見ると、あちこちに黒い石が落ちていた。魔石だ。
「魔石が落ちてるけど、どうする?」
「集めるのはあとにしよう。まずは魔物が増えている原因を探るべきだろう」
「だな、向こうから魔物が来てる。下の階の魔物が上がってきたみたいだな」
奥の方から四足歩行の魔物がこちらに向かって来ていた。どうやらヘブン・ストームは地下一階の魔物を殲滅したところで効果が切れたようである。
「これだけ広いなら魔法を使っても大丈夫そうだね」
「フェル、遠くの魔物を頼む」
「それじゃ、近くの魔物は任せたよ」
そう言うと俺は後方の敵に向かってファイアー・アローを放った。
数は多いが、質はそうでもないので余裕を持って魔物の第一波を殲滅することができた。エリーザが治癒魔法で疲労を回復してくれている。
「しばらくは大丈夫そうだよ」
「魔物の襲撃に波があるのか。もしかしてその水の精霊が司令塔になって、魔物たちに指示を出しているのか?」
「その可能性はあるかも知れません。もしかして心を失って、本物の魔物になってしまったのでしょうか……」
しょんぼりしたピーちゃんをリリアと二人でなでてあげる。何とか励ましてあげないと。
「大丈夫だよ。ピーちゃんのときみたいに、きっと魔石を壊せば元の優しい水の精霊にもどるよ」
「そうよ。心配は要らないわ。きっとフェルが何とかしてくれるから」
あ、リリアが妙なプレッシャーをかけて来たぞ。それに「もしかして、できないの?」みたいな目でこちらを見ている。できらぁ! 俺はピーちゃんに力強くうなずいた。
「俺に任せてよ。必ず助け出すからさ」
そうしてようやくピーちゃんが前を向いてくれた。もしかすると、水の精霊を救うのにピーちゃんの力が必要になるかも知れない。しっかりと前を向いてもらわないと。
「この先も似たような構造なのか?」
「調べた限りではそうだね。細い通路、広い空間、その繰り返しだね」
「あまり見ない構造のダンジョンだな。古代人がここに何かを隠すつもりなら、こんな形にはしないと思うんだが」
言われてみれば確かにそうだな。こんなに広い空間に何を隠すつもりだったのか。それにこんなに明るかったら、戦いやすいし、隠し物も見つかりやすいのではなかろうか。
飛行船の格納庫にしても、途中の通路が狭すぎて出し入れすることは無理そうである。
「それは何とも言えませんね。もしかすると、リゾート地として使っていたのかも知れません」
「リゾート?」
「ええ。夏や冬に体を休めるために利用していたのかも知れません。かつてはそのような場所が各地に点在していたものですよ」
今では王族や一部のお金持ちの貴族しかやらないようなことを、古代人はごく一般的に行っていたのかな? それとももしかして、貴族の数がものすごく多かったのか。それなら後継者争いなどで戦いが絶えなかっただろうな。
「天井が明るいのはそのせいなのか?」
「そうかと思います。光を再現するために、地脈の魔力を利用しているのではないでしょうか。あとは気温や湿度なんかも制御していると思います」
「今はその地脈を利用して魔物を生産しているというわけだ。思った以上に地脈は厄介な存在だな」
眉間に深いシワを寄せながらアーダンが考え込んでいる。フォーチュン王国にもいくつもの地脈がある。そのほとんどがダンジョンに使われているとすれば、今もどこかで魔物が増え続けているところがあるのかも知れない。
残りの精霊はどこにいるのだろう。もしかすると、火の精霊のように操られた精霊が、だれも訪れないダンジョンの中でひそかに魔物を増やし続けているのではないだろうか。それが一斉にあふれだしたとしたら……あまり考えたくはないな。
「それならこれ以上増える前に片付けた方が良さそうだね」
「それが一番ね。できればこのダンジョンを無力化できれば良いんだけど……」
「地脈を封鎖することができれば可能ですよ。地脈から得られる魔力がなくなれば、魔物を生み出すことはできませんからね」
地脈の封鎖か。魔力が見える妖精のリリアや精霊のピーちゃんがいれば、何とか地脈を封鎖することができるんじゃないかな? そんな疑問を持ちながらもダンジョンの奥へと進んで行った。
各部屋が広いこともあり、遠慮なく魔法を使うことができた。そんな事情もあって、思ったよりも早く最深部までたどり着くことができた。
「ここが最後の部屋か。キキョウの街で聞いていた通り、道中に宝はなかったな」
「人が来ないのも納得ね。これだけ明るかったら、宝箱があったら見逃すはずがないもの」
「扉も破壊されているな。この感じだと、部屋の中のものはすべて持ち出されて、何も残っていないはずなんだかがな。何が待ち構えていることやら」
奥に進む前に休憩を取ろうとしたのだが、小部屋から魔物が出てくるのを見てこの場で休むのは厳しいと判断した。結界を張って休むのも有りだが、魔物が周りをうろついていたら、気が休まらないだろう。
「それじゃ、中に入ってみるとしよう。何か分かることはないか?」
「魔力の反応があるわ。ゴースト系の何かがいるわね」
「部屋はそんなに広くないよ。だからあの辺りまでおびき出さないと、強力な魔法は使えないね」
先ほど通過してきた広い部屋を指差した。魔法で一気に倒すのならば、最奥の部屋の中にいる「何者か」をそこから引っ張り出すしかない。こればかりはやってみなければ分からない。
「ようやくこの刀の本領を試すことができるな」
ジルがミスリルの刀をポンとたたいた。そうだった。ことの始まりはゴーストとの戦いで役に立たなかったことだったな。今はミスリルの武器になったことだし、雪辱を果たしたいようである。
「こんなことなら俺の武器も作ってもらえば良かったな」
「フォーチュン王国に帰ったらすぐにルガラドさんに新しい武器を作ってもらおうよ」
「そうだな、そうするとしよう。そのためにも、まずは目の前の戦いに全力を尽くさないといけないな」
お互いにうなずくと、俺たちは最奥の部屋へと入って行った。
その部屋にはこれまで通ってきた場所のような、天井から照らす光はなかった。その代わり、床の一点からあふれる光が、部屋の中を黒い虹で不気味に照らしていた。
「何あれ」
「何て言ったら良いのかしら……そう、あれは魔力の泉ね」
首をひねりながらリリアがそう言った。魔力の泉の前には怪しい影がこちらに背を向けていた。あれが水の精霊なのか? ピーちゃんを見ると、首を左右に振った。どうやら人違いのようである。
「何にせよ、まずはあいつを倒さないとな」
ジルが剣を抜いた。アーダンも盾を構えて腰にぶら下がっていたメイスを手に取った。俺たちも油断なく、それを見つめた。
こちらの存在に気がついたのか、ゆっくりと振り返ったかのように見えた。
そこに顔はなく、不気味に光る赤い光点が二つ、こちらを見ているような気がした。
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