第97話 そこにある危機

 翌日、朝食を食べるとすぐにキキョウの街を出発した。目的地は「海岸沿いのダンジョン」である。新しい武器の試し斬りをした荒れ地をさらに奥へと進む。

 昨日のうちにそれなりの数の魔物を倒していたからか、しばらくは魔物の数は少なかった。しかし次第にその数が増えてきた。


「ちょっとこれはまずいんじゃないの? 何だか嫌な予感がしてきたよ」

「あたしもそう思うわ。目的地まではもう少しみたいなんだけど……」


 襲いかかって来るワイルドパンサーたちを倒しながら進む。一匹の強さはそれほどでもないが、数が多い。最終的にはアーダンとジルの体力を温存するために、俺とリリアが魔法で蹴散らすことになった。


「フェル、リリア、大丈夫か?」

「大丈夫。まだまだいけるよ」

「問題ないわ」

「おい、あれがそうなんじゃないのか?」


 高台から海岸線を見下ろせる場所まで到着したとき、ジルが海岸沿いの一点を指差した。そこには砂丘の中にポッカリと大きな口が開いていた。それは何か大きな魔物の口のようであり、中に入ればバクンと食べられてしまいそうである。

 だがそれよりも、もっと気になることがあった。


「何、あの魔物の数」


 リリアがつぶやいた先には海岸を埋め尽くすほどの魔物がいた。どうやらこの大群の一部が荒野の方に流れて来ていたらしい。これが魔物の氾濫か。初めて見たな。


「この数の魔物が街に向かうとまずいよ」

「そうだな。倒すしかないだろう」

「うーん、どうやらあの穴から出て来てるみたいね」


 エリーザが双眼鏡を片手に周囲の様子を調べている。俺のアナライズにもそこから出ている反応があった。どうやらあの穴がダンジョンの入り口であることは間違いなさそうだ。


「ムムム」

「どうした、ピーちゃん?」

「かすかに、かすかにですが、水の精霊の気配を感じます」


 ピーちゃんに注目が集まった。ピーちゃんは間違いないとばかりに首を深く縦に振った。俺には何も感じないが、同じ精霊というだけあって、何か通じるものがあるのだろう。


「それじゃ、水の精霊がダンジョンを操作して、大量の魔物を生み出しているの?」

「そんなバカな! い、いや、もしかしてボクと同じように、魔石を使って『この星』に操られているのでは!? おおお……きっとそうです。あの優しい水の精霊がこのようなことをするはずがありません」


 ピーちゃんが両羽で顔を隠してうなだれた。その体を支えながら背中をなでる。仲間が同じ目に遭っていることに大きな衝撃を受けたようである。この分だと、残りの土の精霊と風の精霊も同じ状態になっている可能性が高いな。


「水の精霊って優しいんだね」

「そうですとも。あの子はいつも海を渡る船を見ながら、その船が沈まないように魔物避けの加護を与えていたのです。小さな漁船が波にさらわれないように海岸沿いの波を穏やかにしたり、植物が枯れないように雨を降らせたりして、あああ……」


 ついには泣き出したピーちゃん。もしかして、水の精霊のことが好きだったりするのかな? 精霊に性別があるのか、恋愛という感情があるのかは分からないけど。でもそれならそれで何とかしてあげたいな。


「まずはこの魔物の大群を何とかしないといけないね。ダンジョンの中を調べるのはそのあとだ。もしかすると、水の精霊に関する手がかりが見つかるかも知れない」

「それならあたしたちの出番じゃない? 近くにあたしたち以外の人はいないみたいだし、広範囲殲滅魔法を使っても良さそうよ。いや、この数の魔物を一度に相手にするのなら、広範囲殲滅魔法を使わざるを得ない!」


 眉と口角をつり上げてニヤリと笑うリリア。その顔を見たピーちゃんの目から涙が止まった。今はプルプルと震えている。どうやらおびえているようだ。


「止めはしないが、二人とも、手加減はしろよ」

「私、何だか嫌な予感がするわ」

「奇遇だな、エリーザ。俺もだぜ」


 引きつった笑顔を見せる三人。そんなにおびえることでもないと思うんだけど。

 問題はどの魔法を使うかだな。火魔法だと、使ったあとに冷えるまで待つ必要があるから却下だな。それじゃ水魔法で押し流すか? うーん、それだと、倒せない魔物が出て来るかも知れない。今必要なのは確実な殲滅力だ。


「風魔法かな、やっぱり」

「氷魔法で全部を凍らせても良いけど、あとで溶かすのが大変そうね。土魔法で埋めるのも、この辺り一帯の地形がボコボコになるからやめた方が良いかも」

「雷魔法はうるさいし、風魔法にしておこうか」

「そうね」


 リリアと二人でうなずき合う。これで決定だ。あの辺り一帯を風の刃で一掃すればほとんどの魔物は倒すことができるだろう。ちなみに殲滅魔法は一人で使った場合、体に相当な負担がかかる。そのため、基本的には二人がかりで魔法を使うことになるのだ。


「ヘブン・ストームを使おうと思う」

「あの数ならそのくらいで十分ね」


 リリアの目算でも大丈夫そうである。あまりに強力なものにすると、この辺りの地形を大きく変化させかねない。土魔法よりマシとは言え、細心の注意を払うべきだろう。変えた地形はすぐには元の姿に戻らないし、自力で戻すのならば骨が折れる。


「おい、ヘブン・ストームって何だよ?」

「知らないわ。本人たちに直接聞いたらどうなのよ」

「怖くて聞けるわけないだろ」

「落ち着け、二人とも。そのうち分かるさ」


 何だか後ろからこちらに聞こえるような、聞こえないような声で話しているのが聞こえる。ちょっと気が散って来たぞ。それでも俺たちは魔法を使うべく、体内の魔力を集め始めた。


「兄貴、姉御、気をつけて下さいよ」

「分かってるよ」

「大丈夫、大丈夫。このくらいの魔法なら大したことないから」


 あ、ピーちゃんがさっきよりも震えている。もしかして知っているのかな? どうやらピーちゃんは思ったよりも博識のようである。とっておきの秘密の魔法だとリリアが言っていたんだけどな。

 うん、十分な魔力が集まったな。俺たちはお互いにうなずき合うと、みんなよりも数歩前に出た。


「それじゃいくよ、リリア」

「いつでも良いわよ」

「ヘブン・ストーム!」

「ヘブン・ストーム!」


 目の前に濃い緑色の空気が現れたかと思うと、それらはすぐに目標に向かって進み始めた。風が小麦の穂を揺らすかのように次々と魔物を切断していく。切断された魔物はあっという間に魔石に変わっていった。

 風が通り過ぎたあとには、光を受けて時々七色に輝く魔石だけが残されていた。


「うん。問題なく魔物を倒せたみたいだね」

「取りこぼしはないみたいね。さあ、魔石を集めに行きましょう!」


 俺はリリアに押されて前へと進んだ。肩に止まっているピーちゃんのくちばしがカチカチ鳴っている。もしかして、実際に魔法を見たのは初めてなのかも知れないな。


「化け物かよ……」

「二人を怒らせちゃだめね」

「ほら、俺たちも魔石を集めに行くぞ」


 あの、しっかりと聞こえているんですけど……。

 大量の魔石を集めたところで昼食を食べることにした。その間に俺たちがダンジョンの構造をアナライズで調べることになっている。


「さっきの魔法の一部をダンジョンの中にも放り込んでおいたから、しばらくは魔物が出て来ることはないと思うよ」

「そうか。何か異変があったらすぐに教えてくれ」

「なあ、もう俺たち要らないんじゃないか?」


 いつになく弱気になったジルに、魔法使いの弱点を教えておく。


「広い場所なら自由に魔法が扱えるけど、狭い場所になると使える魔法が限られてくるんだよ。そうなると魔法以外の力に頼らなくちゃいけなくなるからね。だからジルやアーダンみたいな近接攻撃ができる仲間が必要だよ」

「それもそうか。派手な魔法を使ってダンジョンが壊れたら元も子もないからな」

「何かあったときに治癒魔法は必要だろうし、不必要にはならないわよ」


 エリーザがそう言って補足してくれた。

 これはあれだな、俺たちが治癒魔法も使えることは口が裂けても言えないな。俺はひそかにリリアへと目線を送った。小さな口に両手を当てたリリアがコクコクと何度もうなずいた。

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