第96話 海岸沿いのダンジョン
キキョウの街に戻った俺たちはまずは情報収集を開始した。完全に日が暮れる前のこの時間帯ならまだまだ多くの人が行き交っている。今ならまだ十分に情報を集めることができるだろう。
「俺はあの荒野を教えてくれた人のところに行って来る」
「それじゃ俺たちは、古くからここで店を構えていそうなところを当たってみるよ」
それぞれがバラバラに動き出す。この街のどこかに図書館や資料館があれば良かったのだが、あいにくそのような場所はなさそうだった。
俺はリリアを連れてお店を回った。ピーちゃんはポケットの中に隠れてもらっている。
「北の荒野の先に何があるのかだって? 何かあったかしら?」
「どんな情報でも構いませんよ。報酬は支払いますので」
考え込む店主にそう言うと、先代を連れて来てくれた。昔からこの辺りに住んでいるので、詳しいそうである。
「荒野の先ねぇ。そう言えばその昔、ダンジョンがあったって話を聞いたことがあるよ。確か『海岸沿いのダンジョン』と呼ばれていたはずさね。ずいぶん昔に攻略されたそうで、何も残っていないという話だよ」
「有力な情報をありがとうございます。これはお礼です」
「まあ! こんなにもらっていいのかい? ありがとうよ」
俺は情報をもらったお婆さんにお金を渡すと、集合場所の食事処へと向かった。
あの荒野の先にはダンジョンがあるのか。昔に攻略されてお宝は残っていないみたいだけど、どうやらダンジョンそのものは残っているようである。
通常、すべてのお宝が見つかり、旨味のなくなったダンジョンにも冒険者は訪れる。それはダンジョンに魔物が湧くからである。魔物の種類によってはその魔石が旨味になるのだ。
しかしこの国には冒険者がいないため、お宝を取り尽くされたら放置されるのだろう。それでもピーちゃんの話が本当なら、ダンジョンを作った古代人によって魔物の数は制御されており、増えすぎるようなことはないはずである。
「おかしいな。何かダンジョンに問題でも起こったのかな?」
「よくある問題の例としては、利用していた地脈が枯れて、魔物が湧かなくなることですね。それで捨てられた場所は結構ありますよ」
「それじゃあ、各地で見つかってる何もない洞窟は、ダンジョンのなれの果てだったりするのか」
それらの何もない洞窟は冒険者の間では「ガッカリ洞窟」と呼ばれていた。地図にないダンジョンを見つけて喜んで中を調べるとお宝どころか魔物もいない。そりゃガッカリするよね。
「利用してる地脈が強くなりすぎて魔物が増えることはあるの?」
「ないと思います。ダンジョン内に存在できる魔物の数には制限があるはずですからね。そうでないと、自らの手で魔物の氾濫を引き起こすことになります。そんなことをすれば重罪ですよ、重罪」
なるほど、確かにそうだな。自分の作ったダンジョンから湧き出た魔物が街や村を襲い、そこで大きな被害を出したら、責任問題に発展するのは間違いない。そんな危険を冒すようなことはしないか。
制作者が予期しないダンジョンの暴走。何だか嫌な予感しかしない。胸の中にモヤモヤと深い霧を発生させながら宿屋に着いた。すでに他の人は戻ってきていたようである。
「遅かったな、フェル。報告の前に、まずは食事にしよう」
「ごめんごめん。その分、情報は手に入ったよ」
そう言って夕食の注文をした。みんな俺たちを待っていてくれたようである。情報交換をすることを想定していたのか、部屋は個室になっていた。ありがたい。
目の前には大きめの鍋が用意され、その中には肉や野菜がたくさん詰め込まれていた。どうやらこの鍋からそれぞれがさらに取り分けて食べる形のようである。
鍋が火にかけられると、中に入っていた黄金色をしたスープがグツグツと小さな泡を出し始めた。赤と白の霜降りが入った肉の色が変わって行く。室内には良い香りが漂い始めた。
ある程度煮詰まったところで食べ始めた。酢醤油が入ったお皿に具材をくぐらせて食べる。
「うーん、うまい。白いご飯が良く合うね。ほら、リリアもどうぞ」
「ありがとう。この国はこのご飯とおかずのセットが多いわね。パンはほとんどないみたいだわ」
「そうだね。それだけ食生活に違いがあるってことだね」
この国の食は嫌いではない。何だか心が落ち着くような気がする。みんなもおなかがすいていたのか、しばらくは無言で黙々とご飯を食べた。一杯では足りなかったので、おかわりも頼む。
「フェルの話を聞こう」
ある程度、夕食を食べたところでアーダンが切り出してきた。俺は先ほど聞いたダンジョンの話をする。そして先ほどピーちゃんとした会話も一緒に伝えた。
「というわけなんだよ。もしかしたら、ダンジョンから魔物があふれ出している可能性があるんじゃないかな?」
「俺もそう思うな。聞いた話によると、北の荒野にはそれほど魔物はいないと言う話だった。もっとも、その話も一年ほど前の話だったけどな」
アーダンは荒野で出現する魔物の数について調べたようだ。その結果「普通じゃない」と判断したようである。ジルとエリーザも似たような話をしており、あの荒野に生息する魔物の数は少なく、これまで一度も魔物が街道まで出て来たことはないらしい。
「あのまま増えると、いつか街道まで出て来るかも知れないね」
「そうなると大変なことになりそうだな。この国の人たちは護衛を連れていないからな」
「それだけ治安が良いってことなんだろうけど、その分、魔物が出たら太刀打ちできないわね」
「どうしたものか……」
アーダンが腕を組んで考えている。この国に冒険者は存在しないため、「ちょっとだれかダンジョンの様子を見に行ってくれないか」と頼むわけにはいかないのだ。キキョウの街を支配している人がすぐに動いてくれる人なら良いのだが、そこは未知数である。
「俺たちはよそ者だからね。俺たちが上に話しても、どこまで話が通ることやら」
「この街の人たちはどうやってお願いしているのかな?」
「さあね。そこから調べる必要があるわ。でもそれだと時間がかかるわね」
この国に初めて来たばかりの俺たちにはその辺りが良く分からない。俺たちの国なら、冒険者ギルドに報告すればそこがうまく処理してくれるのだけど。これが文化の違いというやつか。隣の大陸に渡っただけで、これほどまでも違うとは思わなかった。
だが良く考えると、俺たちの国がある大陸でも、国によって微妙な違いがあったな。冒険者ギルドはあるが、国とは協力はしないとか、人族以外の人種は認めない国とか。
色んな文化の国があって、それぞれが自分の国が一番だと主張しているのだ。そりゃ争い事にもなるか。
アーダンが結論を出すまで、俺たちは意見を差し控えた。それはアーダンに丸投げしているというわけではなく、アーダンなら正しい方向を示してくれるとみんなが信頼しているからである。
「よし、明日、そのダンジョンを見に行くことにしよう」
「了解。そのうちこの街を離れることになるけど、放置するわけにはいかないからね」
「ミスリルの刀の試し斬りはまだまだできそうだな」
俺たちは自由な冒険者だ。やりたいようにやるのだ。
「問題はそのダンジョンについての情報が少ないことね。フェルの話だとずいぶん昔に忘れ去られたダンジョンみたいだから、新しい情報は手に入らないかも知れないわ」
「それも含めて、まずはダンジョンに行ってみよう。行けば距離が分かるし、魔法である程度の構造が分かるだろう?」
「そうね。ダンジョンの構造についてはあたしたちに任せてよ」
リリアがドンと胸を張った。ダンジョンの下調べならお任せあれ。よほどの深い階層のダンジョンでなければ調べることができるからね。
それを聞いて大きくうなずくアーダン。自分の判断が問題なしと確認できたようである。
「保存食にはまだ余裕があるから、場合によってはそのままダンジョンに入ることもできるわ」
「そこまでの緊急事態になっていなかったら良いんだがな」
「どうだろうな? あふれる寸前とかだったら、中に入って魔物を倒すんだろう?」
「そうなるだろうな」
荒れ地にいた魔物はどれも大した強さはなかった。もしその魔物がダンジョンから出て来たのだとしたら、余裕をもって倒すことができるだろう。
もしそれが集団になっていたら……広範囲魔法を使わざるを得ないだろうな。
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