第95話 荒野の戦い
工房の裏手には試し斬りをするためなのか、樽だけでなく藁を束ねたものがいくつもおいてあった。その中にはすでに試し斬りとして使われたのか、切断されたものもあった。
工房の人が藁を束ねたものを準備してくれた。
「これで試し斬りをしてみて下さい。強度は生身の人間と同じくらいになっています」
「お、おう」
いきなり人を斬る前提で話しかけられたことに若干戸惑うジル。それでもミスリルの剣の切れ味が気になったのか、スラリと刀を抜いた。キラリと刀身が光った。薄い青色をした美しい剣だ。家に飾るには良さそうだな。
ジルは声も出さずに刀を振った。サクっという小さな音を立てて藁が斬れた。もう一度、刀を振るうジル。再び同じような音がしてキレイに藁が斬れた。その後しばらく刀を確かめていた。
「切れ味は問題なさそうだな」
「ありがとうございます」
一応は納得したようである。礼を言ってからお金を支払っていた。素材は俺たち持ちである。かかった費用は制作費だけである。当然のことながら、店で売られているミスリルの剣を買うよりかはずっと安かった。
工房をあとにした俺たちは何となく言葉を少なく道を歩いていた。さすがのジルもこれまで使ったことがないタイプの剣に困惑しているようだ。
「ジル、試し斬りに行ってみるか?」
「そうだな。この辺りにちょうど良い場所があるのか?」
「この街を出て、街道を北に進めば魔物が出る荒野があるらしい。そこならちょうど良いんじゃないかと思う。その場所なら今日のうちに帰って来ることができるからな」
気を遣っているのか、アーダンがそう言った。確かに実際に使ってみないことには分からないところはあるだろう。少なくとも切れ味は本物みたいだし、あとはジルの慣れの問題だと思う。
「行ってみようよ。ここ最近、戦う機会がなかったからね。戦いの勘を鈍らせないためにも、行くべきだと思うよ」
「あたしもそう思うわ。たまには魔法を使わないと、忘れちゃいそうだもん」
魔法を忘れることなどないと思うが、リリアも賛成してくれた。俺たちが気を遣っていることに気がついたのか、ジルがちょっと苦笑いした。
「それじゃ、ちょっと試し斬りに行くとしようかね」
「今から行くなら魔法で強化して行くしかないわね。街道を進むなら道は平坦だろうし、問題ないわ」
エリーザも賛成してくれた。道が良ければエリーザも自分の力で走ることができる。抱えられるよりもそっちの方がマシなようである。
荒れ地に行くことに決めた俺たちはすぐにキキョウの街を出た。
街道を北へ走り、遠くに見えて来た荒れ地へ行くべく道を外れた。強化魔法を使っていたこともあり、二時間ほどで目的地にたどり着くことができた。
そこには小さな石や岩がゴロゴロと転がっており、灰色の地面が露出していた。枯れた木が何本か見えるが、足下に草花は咲いていなかった。
「この辺りは植物系の素材はなさそうだね」
「その分、鉱物系の素材があるんじゃないの? 周囲には……あたしたち以外にだれもいなさそうだけど」
アナライズで周囲を確認したのだろう。リリアがちょっと間を空けてそう言った。調べてみると、どうやら魔物はそれなりの数がいるようである。今はまだ、侵入してきた俺たちを遠巻きに見ているだけだ。
「話で聞いていたように魔物はいるみたいだな」
「そうみたいだな」
アーダンとジルが周囲を見渡した。岩に隠れてはいるが、よく見るとチラチラと岩陰かあら顔をのぞかせている魔物がいた。どうやら四足歩行の獣型の魔物がこちらの様子をうかがっているようである。
「ワイルドパンサーね。足場が悪い場所でも素早い動きができるから、あちらの方が有利ね」
「向こうもそれが分かっているようだ。じっくり取り囲んでから襲いかかるつもりだな」
「どうする? 魔法を撃ち込む?」
魔法を使って岩陰から引っ張り出すのが良さそうな気がする。隠れる場所がなくなれば、ワイルドパンサーの動揺も誘うことができるだろう。
「いや、ここはジルに任せよう。コボルトキングのときもあまり活躍できなかったみたいで、消化不良のようだったからな。ここらで発散させた方がいいだろう」
それを聞いたジルは刀を抜いて一歩前に出た。どうやらそのつもりのようである。慣れない武器だからと言って不覚を取るようなことはないと思うが、念のためいつでも支援できるようにしておく。
ジルがさらに一歩近づいたとき、岩陰からワイルドパンサーが飛び出した。それを一太刀で斬り捨てるジル。声もなく魔石へと変わった。すぐに別方向から二匹のワイルドパンサーが飛びかかってきた。
一匹を難なく斬り、もう一匹の攻撃を刀で受ける。
あれ、おかしいな? ジルなら返しの刃でもう一匹も両断してるハズなんだけどな。ワイルドパンサーの攻撃を跳ね返したジルが追撃を加えて魔石に変えた。
「切れ味は本当に良いんだが、やっぱり慣れないからか戦いにくいな。刃がある方は使いやすいんだが、反対側がなー。イマイチ使い方が分からん」
「今は気にせず、刃がある方だけに意識を向けた方が良いな。下手すりゃ自分の武器でケガをすることになるぞ」
「確かにな」
切れ味を確かめることはできたようだが、使い勝手についてはあまり良くないみたいである。これはフォーチュン王国に戻ったら作り直してもらうことになりそうだな。さいわいなことにミスリルはまだある。あと何本かミスリルの剣を作ることができるだろう。
その後も何体もの魔物を倒しているうちに、どうやら刀の使い方に慣れて来たようである。動きに迷いがなくなり、流れるように魔物を倒し始めた。どうやら無駄にならなくてすみそうである。
「ゴア!」
「おっとっと、ファイアー・アロー!」
後ろから襲いかかって来る魔物はリリアが魔法で倒していた。相変わらず魔法の扱いに長けているようで、無駄な魔法を使うことなく魔物を倒している。
それにしても、思ったよりも魔物が多いような気がする。それなりの勢いで倒しているはずなのに、後から後から湧いて来てるような気がする。
「アーダン、ここの魔境って、魔物の数が多いって話だった?」
「確か、魔物はいるけどそれほど多くはないし、強い魔物もいないって言ってたぞ」
「それにしては魔物が多くない?」
どうやらエリーザも薄々気がついていたようである。ちょっと硬い表情をしながら疑問を呈した。アーダンも何かおかしいと思ったのか考え始めた。
「ジル、街道まで戻るぞ」
「分かった。お陰でかなり感覚がつかめたぞ。刀もなかなかいいな」
「ミスリルが無駄にならずにすんで良かったよ」
そんな会話をしながらも元来た道を引き返した。それほど奥まで踏み入っていないのにこれだけ魔物がいたのだ。奥に行けばもっと魔物がいるのではないだろうか。
街道に出た俺たちは休憩を取った。夕暮れまではあと一時間ほどありそうだが、帰りの時間を考えると、そろそろ帰った方が良さそうだ。
「今から帰れば夕暮れ前にはキキョウの街にたどり着くよ」
「帰るのは確定事項ね。それよりも、どうするの? あの荒野には何かありそうな気がするんだけど」
「俺もそう思う」
俺とリリアの会話を聞いていた二人と一匹もうなずいている。ジルだけは訳が分からないという顔をしていた。ジルにさっき感じたことを話すと、確かに倒した数が多かったような気がすると言った。
拾った魔石の数を数えると、三十個を超えていた。街道から近い場所でこの数はちょっと異常だと思う。
「怪しいわね」
リリアが腕を組んで目の前に積み上げられた魔石をにらんでいる。眉間にはシワがよっていた。
「あの荒野の先には何があるの?」
「それについては何も聞いていないな。近くに魔物が生息する場所がないかを聞いただけだからな」
「それなら街に戻って情報収集する必要があるわね。もしかして、魔物が異常発生してあふれだそうとしているのかも知れないわ」
どうやらエリーザは最悪の事態を想定しているみたいである。他の可能性としては、あの荒野の先にダンジョンがあって、そこから魔物が大量に出て来ているとかだろうか。
一番安心できるのは元からあの荒野にはこれだけの数の魔物が生息しているという場合である。
「よし、急いで帰ろう。今ならまだ街の人たちから話を聞くことができるはずだ」
休憩を終えた俺たちは来たときと同じように急いでキキョウの街へと戻った。
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