第94話 ミスリルの剣……
最深部で得られた情報をどう扱うか。すぐには判断がつかなかった。そのため、キキョウに戻るまでは保留しておくことにした。今やるべきことは安全に地上まで戻ることである。
帰りの道は迷うことはないが、道中の魔物を全て倒したわけではない。俺たちが進んだのはあくまでも、その先に小部屋がある道だけである。選ばなかった道は他にもいくつかあるのだ。
「魔物が移動しているかも知れないわ。最後まで気をつけて行きましょう」
「地上に出たらこのダンジョンの入り口は塞いでおいた方が良いかもね」
「そうだな。勝手に入り口を開いておいて、あとで何かあったら問題だからな」
入り口はなるべく狭くしてあるが、このダンジョンに生息しているコボルトたちのほとんどは通過できるほどの大きさである。ダンジョンから外に魔物が出ることはないと言っていたが、万が一の可能性もある。
この辺りは深い霧に覆われた迷いの森だ。もし地上に出たコボルトたちが増殖でもしたら、気がついたときには大きな軍勢になっている可能性もあるのだ。
魔境ではたびたび謎の大増殖が起こって、魔物の大軍が街や村を襲うという事件が起こっている。このダンジョンでもそれが起こるかも知れない。危険はなるべく少ない方がいい。
まっすぐに地上をめがけて進んだため、ほとんど魔物には会うことはなかった。
地上に出るとすぐに土魔法を使って入り口を塞いだ。
「ここまで来ることができる人はそうそういないだろうね」
「そうね。妖精仕込みの迷いの森を抜けられる人なんて、よほど妖精に愛された人くらいだわ」
「兄貴のように妖精に愛された人はそうそういないですからね!」
「……!」
あ、またピーちゃんが締め上げられてる。今度は両腕と両足で全身を締められているな。かなりつらそうだ。早く止めないと!
「ちょっとリリア、そのくらいで……」
「ピーちゃんもこりないわね」
「それだけフェルとリリアをくっつけるのに必死なんだよ。もうくっついてるのにな」
「ジル、それは見て見ぬ振りをしろ。無粋だぞ」
「へいへい」
何というか、そう言う会話は本人がいないところでやってもらいたい。
いたたまれなくなった俺はピーちゃんからリリアを引きはがそうと頑張った。が、しかし。リリアがカニのはさみのように足も使ってひっついていたため、引きはがすのに時間がかかった。
ピーちゃんは全身が青白くなっていた。
ダンジョンを攻略してから数日後、キキョウの街に戻った俺たちは「聖なる大地」の情報をどうするかについて話し合った。その結果、以前にお世話になった古代文字を研究している人に託すことにした。
いずれ完成すると思われる飛行船を購入してそこを目指してもいいだろう。だがそうなると、いつになるか分からない。
その点、研究者に丸投げ、もとい託すことにすれば、それが何なのかについても調べてくれるだろうし、あわよくば国所有の飛行船で連れて行ってくれるかも知れない。
「私たちは歴史研究家じゃないからね。それで良いんじゃないのかしら。もちろんタダで渡すつもりはないんでしょう?」
「もちろんだ。どのくらいのお金がもらえるかは分からないが、少なくとも、そこに行くときは一緒に連れて行ってもらえるように交渉するつもりだ」
特に重要なのはこのコンパスだな。地図と一緒にコンパスが指し示す方角を確認したが、このコンパスは「聖なる大地」の場所を指しているのは間違いないだろう。
つまり、このコンパスさえあれば「聖なる大地」にたどり着くことができるのだ。地図と手紙が一緒に入っていたのは、そのコンパスが何を指しているのかを教えるためだったのだろう。
「このコンパスも渡すことになるのか。代わりのコンパスはないから、壊さないように注意しないといけないね」
「他にも同じものがあれば良かったけど、これ一個しかなかったもんね」
「あそこまで厳重に保管してあったんだから、当時もそれほど数がなかったんじゃないかな?」
逆に言うと、それだけその場所を秘密にしておきたかったというわけだ。一体そこに何があるのか、ますます気になってきたぞ。
「ピーちゃんは何か知らないの?」
「うーん、聞いたことがありませんね。見たことはあるかも知れませんが、それとは気がつかないでしょうね。何せ、見ることができる場所は山ほどありましたから」
それもそうだな。どんな部屋でも通路でも乗り物でも見ることができるのだから、見たものが「聖なる大地」かどうかは判断できないよね。看板でも立っていれば話は別だが。
「それならなおさら研究者に任せた方が良いな。下手に俺たちだけで行くと、何かあったときに困るからな」
「ヤバそうなものが封印されている場所かも知れないしな。強い魔物とは戦いたいが、ヤバイやつの封印を解いてまで戦いたいとは思わないからな」
「世界を滅ぼしかけた冒険者として歴史に名前を残したくないものね」
俺も同感だな。別に歴史に名前を残したいとは思わないが、汚名で名前を残し続けることだけは断固拒否だな。
ダンジョンで見つけた情報をどうするかを決めてから数日後、ジルの注文していたミスリルの剣が完成したのと連絡があった。俺たちが泊まっている宿の場所を相手に教えていたので、連絡を入れてくれたのだ。
「この日を待ってたぜ! さあ、行こう!」
「そうだな。ジルが楽しみにしていたもんな」
「俺もついて行くよ」
「あたしも行くわ!」
「よし、それじゃ、みんなで行くとしよう」
何も言わなかったエリーザも半ば強制的に連れて行かれた。どうやらあまり興味はなかったようである。どちらかと言うと、エリーザは剣よりも魔法の方が興味があるからね。
自分が使うことがない剣になど用はないのかも知れない。俺は男心をくすぐるので使わなくても欲しいけどね。そのうち家を買って飾りたい。
跳ねるようにルンルンとした足取りで進むジルを追いかけながら、俺たちはキキョウの街の職人通りと呼べるような場所へとやって来た。建物からは白い煙が上がっており、どこからか、カンカン、コンコンと何かをたたく甲高い音が鳴り響いている。
どうやらこの辺りには色んな工房が軒を連ねているようである。道行く人たちもそれぞれが大きな箱を抱えている。きっと出来上がった商品を届けたり、足らなくなった材料の調達だったりをしているのだろう。
そんなちょっと気になる工房を通り抜けて、ジルがとある家の前で止まった。どうやらここが目的地のようである。
その家は周りの家よりも一回り大きく、どこか古めかしい印象を受けた。きっと古くからこの地に工房を構えているのだろう。これならミスリルを加工できる設備があってもおかしくはないな。
声をかけてから工房に入ると、中にいた職人たちに変な目で見られたが、そのうちの一人が笑顔でこちらに向かって来た。
「ジルさん、お待ちしておりました。注文の品は出来上がっていますよ」
「さっそく見せてもらえるか?」
待ちきれないとばかりに、ジルが食い気味に答えた。俺たちはその職人に連れられて、工房のさらに奥へと入って行った。
そこには机の上に置かれた剣があった。でもちょっと待って欲しい。この形状はジルがいつも使っている剣とは形が違うような……。
ジルの方を見ると、何だが微妙な顔をしてる。今にも「コレジャナイ」と言いたそうである。
「最初はジルさんの注文通りの形にしていたのですが、その形ではどうしても納得するものができないことに気がついたんですよ。そこで自信を持って渡せる物にしました」
「お、おう」
それでもミスリルの剣はミスリルの剣なので文句は言えないようである。どんな注文をしたのかは分からないが、恐らく「絶対にこの剣の形にしろ」とは言わなかったのだろう。
とにかく、何でも良いからミスリルの剣が欲しかった。そうだったんじゃないかな?
「性能に関しては私が保証しますよ。ミスリルで作られた刀なんて、そうそうあるものじゃないですよ! さあ、ぜひとも抜いてみて下さい」
「お、おう」
職人の熱気に押されてジルが剣を抜いた。少しそりのある剣はスラリと抜けた。あのそりのお陰で剣が抜きやすいようである。よく見ると、剣には片側にしか刃がついていなかった。困惑を隠せないジル。
「この手のタイプの剣は初めてみたいですね。こちらの刃のない方は峰と言って、敵を打ち据えたりするときに便利ですよ」
「つまり殺さずに捕まえたいときには便利ってことか。さすがに刃はきれいだな。試し斬りしても大丈夫か?」
「もちろんですよ。裏庭に準備してあります」
そう言って俺たちを裏手の出口から連れ出した。
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