第93話 コボルトキング

 コボルトキングがいる最奥の間はこれまで通ってきたどの場所よりも広い空間になっていた。恐らく、動きの素早い魔物がその機動力を十分に発揮できるような作りになっているのだろう。


「ボーナスがついて強化された魔物ってどのくらい強くなるのかな?」

「それは魔物によって違いますね。恐らくコボルトの場合はその機動性が上がっているのではないでしょうか?」


 ピーちゃんも詳しいことは分からないようである。だが、普段のコボルトキングよりも強い可能性があるということが分かっただけでもありがたい。油断して追い込まれる可能性はなくなったはずだ。


「それじゃ、いつも通りの布陣で行こう。まずは俺が先行して相手の出方を見る。それを見ながら各自が判断してくれ」

「分かったぜ。動きが速いみたいだから、いつものようにはアーダンに集中してくれないかも知れないな」

「そうなると、エリーザが危ないかな?」


 俺はエリーザの方を見た。しかしエリーザはそれほど気にしていないようである。


「大丈夫よ。いざとなったら光魔法でシールドを張るから。それに少々のケガくらいなら一瞬で治せるわ」


 今まで一度も見たことがなかったが、どうやらエリーザはシールドの魔法が使えるようである。これまで使ってこなかったのは単純に使う必要がなかったからなのだろう。それだけアーダンたちが安定して敵を引きつけているということか。


「万が一に備えて、エリーザのことも気をつけておくよ」

「頼んだぞ、フェル。アイツがどのくらい速いか分からないからな。それじゃ、準備はいいな?」

「任せとけ」

「大丈夫だよ」


 俺たちはそれぞれうなずきを返した。それを見たアーダンが通路から広い空間へと躍り出た。ようやくこちらの存在に気がついたコボルトキングが雄叫びをあげた。

 コボルトキングに居場所がバレないように、臭い消しの魔法を使っていたのだ。さぞかし驚いたことだろう。


 雄叫びにも怯まず、アーダンが突進した。相手の顔の表情からは分からなかったが、やはり動揺していたみたいである。その突進を思いっきり受けた。後ずさるコボルトキング。それに追い打ちをかけるかのように、メイスが振り下ろされた。


 だがしかし、それは両手で防がれた。それでもダメージは入ったようである。コボルトキングから低いうめき声が聞こえてきた。危険を察知したコボルトキングは素早い動きで後ろに飛び退き間合いを取った。


 にらみ合うことしばし。コボルトキングが速さを生かして飛び込んできた。それを難なく盾で防ぐアーダンだったが、今度のカウンターメイスは軽くよけられた。

 横に飛んだコボルトキングが地面を蹴り、再び飛び込んできた。しかしその爪は盾に跳ね返される。


 グルルという不愉快そうな声を出すと、少し距離を取った。どうやらコボルトキングは完全にアーダンしか見えていないようである。

 再びにらみ合ったところで、コボルトキングの死角からジルが急接近した。


 殺気を感じたのかそちらの方を振り向いたコボルトキングだったが少し遅かった。ジルの剣が右腕を斬り飛ばした。思わぬ攻撃に目を見開いて飛び退いたが、それを予想していたアーダンがすでにそこに回り込んでいた。


「これならどうだ!」


 アーダンのメイスが深々とコボルトキングの足に撃ち込まれた。骨が折れるような嫌な音がした。コボルトキングはそれでも、無事な片足を使って一気に後方へと下がった。

 アーダンとジルから距離ができた。これなら魔法を使っても二人には当たらない。そしてコボルトキングの機動性は激しく低下している。


「ファイアー・ボール!」

「ストーン・ボール!」


 俺とリリアの魔法がコボルトキングに命中した。コボルトキングが何やら奇妙な声を発しながら消えていった。あとには大きな石と魔石が残っていた。


「おつかれ、二人とも」

「もう一太刀くらい浴びせたかったなー。惜しいことをした」

「あれだけ動きが速いと、攻撃を当てるだけでも大変だぞ? 一太刀だけでも当てれば十分だろう」

「そうだなー」


 ピーちゃんが言ったように、コボルトキングはボーナスで脚力が強化されていたのだろう。かなりの速さだった。

 アーダンも受け身だったから盾で回避できたのだろう。これがコボルトキングを追いかける戦いになっていたら、戦闘が長引いたはずだ。もし俺が攻撃されていたら、回避することはできなかっただろうな。最後まで隠れていて良かった。


「ケガはない? うん、なさそうね」


 エリーザも合流して、さっそくコボルトキングが守っていた扉を開くことにした。一息入れたアーダンが扉を調べている。そしてすぐに終わった。罠は仕掛けられていないようである。


 扉を壊して中に入ると、そこには台座があった。台座の上には四角い金属の箱が置いてある。金属の箱には幾重にも幾何学模様が施されていた。これはもしかして、付与と言うものではないだろうか。


「リリア、これって付与されているよね?」

「そうみたいね。さすがに何の付与なのかまでは分からないけどね」

「箱に施されているくらいだから、劣化防止とかかな? もしかして中身は食べ物だったりして」


 その昔、金のリンゴと呼ばれる果実があったと言う話を聞いたことがある。その果実は食べると寿命が延びるらしい。本当かな? 俺の食べ物発言に、リリアは嫌そうな顔をしている。


「いくら劣化防止がされていても、食べたくないわね」


 俺たちはその謎の箱を取り囲んだ。両手で抱えられるくらいの大きさである。アナライズで調べたが、特に罠などはないようだ。妙な感じはしなかった。


「箱には特に何も怪しいところはないよ」

「よし、それじゃ、開けてみるとしよう」

「ダンジョンのボスが守っていたお宝か。何が入っているか楽しみだな」


 ジルの言う通りだな。初めてのダンジョン最奥部の宝物。一体どんなお宝が入っているのだろうか。

 アーダンが静かに箱の蓋を開けた。その中をみんながのぞき込んだ。


「何だこれ?」

「地図とコンパスと手紙?」

「どれも保存状態は良さそうだな。この箱は劣化防止機能がついているみたいだな。この箱だけでも相当価値があるだろう」


 地図も手紙も、以前の古代遺跡の調査で見たような触ればボロボロに崩れてしまうようなものではなく、先ほど箱に入れたかのようにみずみずしかった。

 傍らに置いてある謎のコンパスも問題なく機能しているようである。針がゆらゆらと動いていた。


「このコンパス、何を指しているのかしら?」

「んん?」


 エリーザの言葉が気になったのか、ジルが自分のコンパスを取り出した。そして何度もそれを確認する。


「どうやら北を指しているわけじゃなさそうだ。別の何かを指している」

「別の何か? もしかして、この地図と手紙に関係しているのかな?」


 地図を開いてみると、海上の一点に印がつけられていた。もしかすると、このコンパスはその場所を指し示しているのかも知れない。


「こっちがフォーチュン王国がある大陸で、こっちが今俺たちがいる大陸みたいだね」


 お店で買った大陸の地図を開いて確かめる。少し海岸線が違っているが、恐らく合っているはずだ。俺たちが知らない島が間にいくつもあるようだった。


「ここに何かあるのね。これだけ厳重に保管してあるんだから、きっとすごいお宝が眠っているんだわ」

「海底にお宝か、引き上げるのが大変そうだね」


 そんな話をしていると、エリーザがちょっと待ったをかけてきた。


「ねえ、この手紙によると、どうやらその場所は海底じゃないみたいよ」


 エリーザが何やら手帳を見ながら手紙の内容を読み解いていた。もしかして、古代文字の解読表を作ったのだろうか? あの長くて眠たくなる話を聞いて、しっかり理解していたとは驚きだ。

 そんなエリーザにみんなの注目が集まった。


「海底じゃない?」

「そうよ。どうやらそこにあるのは空を飛ぶ大地みたいよ」

「空を飛ぶ大地!?」


 何かとんでもないものが出て来たな。空を飛ぶ大地があるだなんて、とてもではないが信じられない。海底に行くのも大変だが、空に浮かぶ大地に行くのも大変そうだ。


「そこには何があるんだ?」

「どうやらそこは『聖なる大地』って呼ばれているみたいね。詳細は不明よ。きっとそれだけ書けば、古代人には何のことか分かったんじゃないかしら?」


 聖なる大地か。一体何があるのだろうか。

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