第92話 最奥

 気を取り直して先ほどの通路に戻った。アーダンに聞いた罠の仕組みから察すると、今歩いている通路に罠が仕掛けてある可能性は低いようだ。コボルトが襲ってきた方の道だからね。

 それでも気を抜かずに、魔法で罠が無いかを確認しながら先を進む。やってみて思ったのだが、この動作はものすごく神経を使う。この状態で魔物に襲われたら、不意を突かれることになるだろうな。


「魔物がこっちに向かってくるね」

「またコボルトだわ。このダンジョンはコボルトを中心に作られているのかしら?」


 そう言えば、ダンジョンには魔物の偏りがあるって聞くな。きっとそれはダンジョン制作者の好みの問題なんだろう。このダンジョンを作った古代人はコボルトの魔物を使うことにしたようだ。


「コボルトは鼻が利いて、動きが素早い。だが魔物の中ではあまり強くはないな。ゴブリンよりかは強いが、ゴブリンほど増えることはない」

「きっとゴブリンは簡単に作ることができるから、数が多いんだろうね」


 これまでの話をまとめると、魔力から魔物が作られていることは間違いない。このダンジョンを作った古代人は地脈の魔力を利用しているからね。そうなると「この星」も魔力を使って魔物を生み出しているのだろう。


 そして最小の魔力で作ることができる魔物が、恐らくゴブリンなのだろう。魔石が魔力の塊であることもうなずける。その魔力の塊をうまく利用して魔道具が作られているのだ。


「来たぞ」


 ジルはすでに剣を抜いていた。物思いにふけっていた俺はハッとなって身構えた。いかんいかん、安全が確保されていない場所でボーッとするのは論外だぞ。


 スモール・ライトの光に照らされたコボルトがこちらに向かって走って来ている。暗い場所から飛び出して来るならまだしも、今回は完全にバレバレである。それでも果敢に飛び込んできた。数は二匹。

 ジルとアーダンがそれをアッサリと倒した。


「便利だな、スモール・ライトの魔法。もし俺たちがランタンを使っていたら、もう少し発見が遅れたかも知れないな」

「この明るさで俺たちに不意打ちするのは厳しいだろうな。曲がり角で待ち伏せするくらいしか方法がないな」

「どうやら相手はそのつもりみたいだよ。あそこの角で待ち伏せしてる」


 俺が指差した場所には横道が延びていた。魔物がいるということは、その先に罠はなさそうである。当然のことながら、そこにそのまま突っ込むわけはない。俺はコボルトが息を潜めている場所に向かって魔法を放った。


「ファイアー・ボール」


 火の玉が着弾すると、悲鳴と共にコボルトたちが飛び出してきた。すでにダメージをかなり受けており、追撃のファイアー・アローで簡単に蹴散らすことができた。


「フェル、この先はどうなっているんだ?」

「通路の先には小部屋があるね。そこで行き止まりになってる」

「さっきの部屋と同じ作りだな。まあ、行ってみるとしよう」

「今度こそあれよ、お宝~」


 通路を進むと先ほどと同じ作りをした扉が見えて来た。アーダンが調べると、罠が仕掛けてあるそうだ。


「このパターンが続くみたいだね」

「よっぽど罠を仕掛けるのが好きだったのね。これはもっと慎重に進んだ方が良いわ」

「そうだね。魔物がいる通路でも罠が仕掛けてあるかも知れない」


 今回も先ほどと同じように罠をリリアが解除してから魔法で扉を破壊する。そうやってようやく部屋の中に入ったが、この部屋も空だった。


「お宝、ない」

「次があるさ、次が」


 さすがに二度目は慣れたぞ。俺はもう過度な期待はしていない。ジルは残念そうな顔をしていたが。

 そうやって先に進んだが、初日に探索した範囲では何一つお宝を見つけることはできなかった。小部屋はいくつかあったんだけどね。




 ダンジョン探索二日目。昨日よりもさらに奥深くに入り込んだ。この辺りに来ると、小部屋の数は少なくなり、道中の通路にも罠が仕掛けてあるところがあった。

 一定以上の重さが加わると崩れる「落とし穴」や、恐らく金属に反応して作動する、通路の横からせりだしてくる槍。いかにも怪しいスイッチなどである。


「魔物の数が減って、その分、強くなったな~」

「どうやらこの辺りの魔物は質にこだわっているみたいだな。マッドコボルトにコボルトジェネラル。大型の魔物が増えるにつれて、通路も広くなっているな」


 今では通路の幅はアーダン二人分の幅から三人分ほどの広さになっていた。同様に天井も高くなっている。この広さなら大型の魔物も十分に戦うことができる。


「その分、通路は一本道になってるみたいだけどね。罠の反応もなさそうよ。あ、またコボルトジェネラルが来たわ」


 アナライズで道を調べていたリリアがそう言った。単調な道になればなるほど、リリアのすることがなくなっていく。リリアが攻撃に参加するのは近いかも知れない。そのときは俺が補佐に回ろう。


「小細工せずに、力で潰すつもりのようだな」

「ま、俺たちにとっては問題ないけどな」


 目の前に突っ込んできたコボルトジェネラルを軽く蹴散らしながらそう言った。ジルとしては強い魔物と戦いたいのだろう。そしてその強い魔物は恐らくダンジョンの最奥の扉を守っているはずだ。


 すでに今から戦うのが楽しみなようで、いまだにお宝がゼロにもかかわらず足取りが軽い。対して俺は段々と足取りが重くなってきた。このまま何の収穫も無く終わってしまうんじゃないか……。


 同じような道をしばらく進むと、ようやく分かれ道があった。片方の先に部屋があることを告げると、当然のことながら行ってみることになった。


「二人が言った通り、扉があるな」

「久しぶりの扉ね。今度こそ、何かあると良いわね」


 どうやらエリーザも、一つも宝を得られてないことに焦ってきているようだ。「今度こそ」の部分をずいぶんと強調していた。毎回のように罠を解除して、扉を壊して部屋の中に入る。

 中にはチェストが並んでいた。


「おお! なんかあるよ。これは何かお宝がある予感がする!」

「奇遇だな、フェル。俺もだよ」

「あたしも、あたしも~!」


 みんなの表情が明るくなったような気がする。何も言わなかったが、どうやらアーダンも気にはなっていた様子である。


「まずは罠を調べる。恐らくないとは思うが、念のためだな」


 チェストに罠があった場合、仕掛けた本人もそれを開けるときに罠にかかる可能性がある。そのため、こういったものには罠がかかっていないのが一般的なのだろう。

 アーダンのチェックはすぐに終わった。やはり罠は仕掛けられていなかったようだ。


「よし、大丈夫だ。さっそく開けてみよう」

「何が入っているかな~」


 うれしそうに手をこすり合わせながらジルがチェストの一つを開けた。中には短剣が入っていた。赤と金の見事な装飾が施された短剣である。おもむろにジルが鞘から引き抜いたが、刃の方は特に何も変わったところはなかった。


「ふむ、高そうなだけだな。売ればお金になるかもな」

「こっちは何が入っているかな? お、これはたぶん魔法袋だな」

「やったわね。お宝よ!」


 リリアがよろこんでいる。魔法袋の容量は……今俺たちが持っている物とほとんど同じ容量だな。これはなかなかの値段になりそうだ。残りのチェストには金の延べ棒や宝石が入っていた。


「どうやらこの部屋は当たりだったみたいだな」

「そうみたいね。このダンジョンはここのチェストの中身を隠していたかったのかしら?」


 エリーザがほほを拳でトントンと軽くたたいている。ここが本命ならば、これ以上進む必要性は薄くなるな。先に進むほど魔物も強くなり、罠も厳しいものになるはずだ。安全を求めるなら、ここで打ち切りもありだと思う。


「きっと奥に行けば、もっとすごいお宝があるはずだぜ。まだダンジョンのボスと戦ってないし、当然、先に進むだろ?」


 ようやくお宝を手に入れて目を輝かせたジルが「もちろんみんなも行くよな?」みたいな目でこちらを見てる。俺たちは顔を見合わせたが、それを否定する意見は出なかった。

 時間の制限があるわけでもないし、どうせなら最奥まで行ってみたいという思いはある。


「そうだな。俺たちが最初にここに来た冒険者だし、行き着くところまで行ってみるとするか」

「そうね。奥にもっとすごいお宝があって、それを他の冒険者に取られたりしたら、悔しくて夜眠れなくなりそうだもんね」


 エリーザも反対はしないようである。俺たちはうなずいて、ダンジョン攻略を再開した。

 そして翌日、ついにダンジョンの最奥にたどり着いた。ここまでに、他にもいくつかのお宝を獲得していた。魔法袋五個、古代の魔道具十数個、大量の古代の金貨。有り体に言えば俺たちはお金持ちである。


「あれがこのダンジョンのボスみたいだね。あれはコボルトキングかな?」

「当たりよ、フェル。このダンジョンは最初から最後までコボルト尽くしだったわね。よっぽどコボルトが好きだったのね」

「確か、同じタイプの魔物で固めるとボーナスがついたはずですよ」


 ピーちゃんが思い出したかのようにそう言った。と言うことは、あのコボルトキングは通常のよりも強くなっているのだろう。どれほど強くなっているのかは分からないが、油断しないようにした方が良さそうだ。


「いつものコボルトキングよりも強いか。腕が鳴るぜ」


 ジルが静かにそう言った。

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