第91話 お宝

 リリアが言ったように、通路の曲がり角からコボルトが飛び出してきた。コボルトは鼻が利く。どうやら臭いで俺たちのことを察知していたようである。だがそれはこちらも同じ。飛び出したコボルトをアッサリとジルが両断した。


 アーダンはコボルトの攻撃を大きな盾で防ぐと、刃がついたメイスをその頭にたたきつけた。瞬時にコボルトたちが魔石に変わる。ダンジョン内は狭いので、閉所でも使いやすいメイスを使っているようだ。そう言えば、ジルの使っている剣も刃の長さが短かった。

 最後の一匹にファイアー・アローを撃ち込み、全滅させた。


「不意打ちされなければ楽勝だね」

「そうね。あたしたちにはアナライズがあるから、その心配はなさそうだけどね」


 リリアは常に周囲の状況を把握してくれている。その目をかいくぐることは不可能に近い。そのお陰で俺たちは安心して進むことができるのだ。


「よし、それじゃ先に進むとしよう。何かあったら遠慮なく言ってくれ」


 ダンジョンの通路をしばらく進むと、分かれ道があった。分かれ道の先には小部屋がある。さすがにそこに何があるかまでは分からなかった。


「この先は小部屋があって行き止まりだね」

「行ってみようぜ! たぶん俺たちが最初の訪問者だろうからな。宝はそのままのはずだ」

「そうね。行きましょうよ」

「分かった。罠には十分に気をつけてくれ」


 分かれ道を進むと、途中で妙な反応があった。すぐにみんなを止める。


「ちょっと待った。この先に違和感がある。何かは分からないけど……」


 何かモヤッとしたものがある。天井かな? 良く見ると、そこだけ他よりも天井が高くなっていた。天井の先は見えない。俺につられてみんなも上を見上げた。


「これは吊り天井の罠だな。きっとビッシリと針がついてるはずだぜ」

「良く見かける罠だな。前だけ見ていたら簡単に引っかかる。あと、明かりをケチっていてもな」

「スモール・ライトのお陰で罠が丸見えになってるわね」


 エリーザが天井を照らすと、キラリと鈍く光る、いくつものトゲが見えた。

 スモール・ライトは全方位を照らすので天井までしっかりと見えるが、主に前方を照らすことを目的としているランタンでは天井部分は見えないだろう。おお怖い。


「どうするの?」

「一般的な方法は安全な位置から罠を発動させるやり方だな。道のどこかに仕掛けがあるはずだ。それをうまく使う」


 そう言うと、アーダンはジッと通路の先を見た。俺には何かあるようには見えないのだが、アーダンの鍛え上げられた目には何か見えるのだろう。


「あそこだな」


 そう言って足下に落ちていた石を投げた。次の瞬間、ガシャン! と派手な音を立てて目の前に何かが振ってきた。どうやらこれが吊り天井の罠のようである。初めて実物を見た。


「これが上から降ってきたら助からないね」

「相手側は殺すつもりだろうからな。慈悲はないだろう」


 落ちてきた仕掛けを確認し、安全が確保されたところで先に進んだ。途中に魔物が出ることもなく小さな扉の前にたどり着く。


「ねえ、魔物が罠を発動させたりしないのかな?」

「そうならないように作ってあるみたいだな。この通路も魔物が入って来ないようにしてあるんだろう。その証拠に、魔物の姿がない」

「確かに」


 これなら罠を探すのは簡単そうだな。魔物がいないところは罠がある危険性が高い。そう思っても良さそうである。


「まあ、特定の条件を満たさないと発動しない罠もあるから、十分に気をつける必要があるけどな」

「そうなの?」

「ああ。何人以上だとか、重さがどのくらいとかだな。他にもあるかも知れん」


 物知りだな、アーダンは。きっと二人を守るために勉強したんだろうな。アーダンらしい。俺の質問に答えながらもアーダンは扉を調べていた。


「嫌な予感がする」

「それって扉に罠があるってことだよな? なかなか用心深いな」

「そうなると、部屋の中には何かあるのかも知れないわね」


 見た感じでは扉に特に変わったところは見られない。俺が首をかしげていると、隣のリリアも首をかしげていた。分からないのは俺だけじゃなかったようである。安心した。

 しかし扉の罠か。どうやって解除するんだろうか。


「よし、壊すか」

「まあ、そうなるな」


 苦笑いするアーダン。俺たちのパーティーには罠を解除できる人はいない。だから必然的にそうなってしまうのはしょうがないことだ。そんな風に思っていたら、そうでもなかった。


「あたし、扉の罠解除の魔法が使えるわよ?」

「ええ! 初めて聞く話なんだけど……」

「だって今まで使う機会がなかったもの」


 平然とそう言うリリア。イタズラ妖精は扉を魔法で開けるだけでなく、扉に仕掛けられた罠も魔法で解除できるようである。非常に優秀なのだが、それがイタズラ目的であることを考えると、素直に喜べない自分がいた。


「それじゃリリアに任せよう。頼んだぞ」

「任せてよ。やってみるわ」


 そう言ってリリアが扉に近づいた。そして何やらゴニョゴニョ言うと終わったようである。もしかして、扉の罠解除の魔法、教えてくれないのかな?


「これで大丈夫よ。たぶん」

「たぶん……」

「罠解除に絶対はないのよ」


 当然とばかりにリリアが言い放った。確かにそうかも知れないな。万全を尽くすためにも油断せずに行きたい。結局、扉を壊すことにした。こうやってダンジョンが破壊されていくのか。何だか感慨深いな。


「フェル、魔法で扉を破壊してくれ。念のため、扉から離れるようにな」

「分かったよ」


 俺はみんなが扉から十分に離れたのを確認すると、ウォーター・ボールを扉にぶつけた。ガシンという音を立てながら、小さな扉は部屋の内側に倒れ込んだ。どうやらうまくいったようだ。部屋の中が水浸しにならなくて良かった。

 扉の罠は完全に解除されていたようで、何も起こらなかった。


「良くやったぞ、フェル。さて、部屋の中には何があるかな?」


 うれしそうにしたジルが部屋の中へと進んで行く。俺もそれに続いて、羽のように軽い足取りで部屋の中に入った。が、しかし。部屋の中には特に何もなかった。それを見て露骨に肩を落としたジル。たぶん俺も同じ格好をしていると思う。


「何もないじゃん」

「何もないね」

「ダンジョンのほとんどの部屋は何もないって言われているからな。しょうがないさ」


 一方のアーダンは特に気にしていないようである。これが事前に情報を知っている者と知らなかった者の差か。初めてのダンジョンで気分が高揚していただけに、ガッカリ具合がひどかった。そんな俺を見たリリアが頭をなでて慰めてくれる。ありがてぇ。


 念のため、部屋の中をくまなく調べたが何もなかった。いくら調べてもないものはない。あきらめて先に進もう。先はまだまだあるのだ。きっとそのうちチャンスがあるさ。


「ねぇ、このダンジョンを作った人がすでに隠していた物を回収している可能性もあるのよね?」

「ピーちゃんの話からすると、その可能性はあるな。なるほど、それがハズレダンジョンが存在する理由か」


 納得したのか、アーダンがうんうんとうなずいている。まさか、そんなことってあるの!?


「グアア!」

「嫌だー!」


 思わずジルと一緒に叫んだ。そんなバカな。お宝の眠っていないダンジョンがあるだなんて。もしかしてここがそうなのか? 最深部まで言って、ボスを倒して何もないとか、シャレにならないぞ。


「ま、可能性の話だ。さすがに全く何もないダンジョンはないはずだぞ? 最後のお宝がなくても、途中にはそれなりの宝があるはずさ」


 アーダンが笑っている。まさか叫び声を上げるとは思ってもみなかったのだろう。俺もそう思う。あ、もしかしてリリアがこの話をだしたのは、そのときになって落ち込まないようにするためなのかな? だとしたら正解だな。もし本当にそんなことになったら、その日は立ち直れないかも知れない。


「ほら二人とも行くわよ。大丈夫。きっと魔法袋の一つくらいあるわよ。魔法袋は古代人にとってはそれほどレアな物じゃないみたいだしね」


 エリーザが両手を肩の高さまで上げてこちらを見ている。どうやらエリーザはお宝にはあまり気にしない派のようである。

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