第88話 宝の地図が示すもの

 地図とエリーザが示した一点を何度も見比べる。間違いはなさそうだ。この場所に何かがある。もちろん、他のだれかに取られていなければの話だが。


「どうするって、聞くまでもないか」

「そうね、宝の地図を目の前にして、逃げるわけにはいかないわ」

「リリアの言う通りだな。出されたものは全部食べなきゃな」


 妙なところで気が合う二人。お宝に完全に目がくらんでいるようだ。あとでガッカリするパターンじゃなければ良いんだけど。

 頼む、何かあってくれ。リリアが枯れた花みたいにションボリとなるのは困る。


「それじゃ、宝探しに行くとしよう。まずはこの森についての情報収集からだな」

「そうだね。さすがに何の下調べもなしに行くのは無謀だからね」

「行くにしても徒歩になりそうね。何日くらいかかるかも計算しなきゃいけないわよ。あまりに時間がかかりすぎると、ミスリルの剣の受け取りが遅れるわ」

「それはまずい!」


 そんなわけで、俺たちはそのまま別れて情報収集を開始した。商人やお店の人、馬車の御者などに話を聞いて回る。古い伝承なら高齢の方が知っているだろうと思って、特に重点的に聞いた。


 情報を集めた俺たちは昼前に宿に集合した。ここで一度、情報を整理して、足りない情報を午後から集める予定だ。昼食を食べながら情報交換を開始した。昼食はそれぞれが街の露天で買って来たものだ。

 俺は葉っぱの包みを開き、おにぎりをほおばった。もちろんリリアにも分けてあげる。中には「おかか」と呼ばれるものが入っているらしい。うん、なかなかおいしいぞ。


「それじゃ、まずは俺から。あの森は迷いの森と呼ばれていて、この辺りでは恐れられているらしい。それで森にはだれも近づかないそうだ」

「迷いの森……何か仕掛けがあるのかな?」

「何でもいつも霧が立ちこめているらしいわ。他にも似たような地形が続いているそうよ」


 エリーザが追加情報を付け加えた。森には木がたくさん生えており、基本的に同じような光景が続く。そのため普通の状態でも目印がないと迷う。それが霧に包まれているとすれば、目印もあまり役には立たないかも知れない。


「森は魔境じゃないそうだ。それに野生生物もほとんどいないらしい。いつも霧に覆われているから生き物が少ないのかも知れないな」

「俺の情報も似たようなものだね。何でもコンパスが使えなくなる場所があるらしい。それで道に迷って戻って来られなくなるみたいだよ。森の中はいつも暗いらしい。ここから森まで、歩いて大体一日半かかるってさ。近くに村はないそうだよ」

「一日半……そこから森の中を進むことになるのね」


 実際に森の中に宝を探しに行くのならばそうなるだろう。オート・マッピングがいつも通りに使えれば、道に迷うことはないので問題ないと思う。森の外縁から宝の場所までの距離を確認すると、たぶん一日くらいかかるのではないだろうか。いや、森の中を進むから、もっと時間がかかるかな?


「そこに何があるのかは分からないままか。それじゃ、まずは森の外縁まで行ってみるとしよう。そこから先に進むかどうかは、森を見てからだな。森には魔物もいないみたいだし、不安要素は迷いの森ってことだけだな」

「その迷いの森もオート・マッピングやアナライズを使えば問題ないわよね?」


 エリーザが首をかしげながら俺たちの方を向いた。


「たぶん大丈夫だと思うけど、どうかな? リリア」

「そうね、何か仕掛けが施されていなければ問題ないはずよ」

「もし、何か仕掛けがあったらどうするの?」

「それを解除して進むしかないわね。まあ、あたしにかかればイチコロよ」


 フフン、とリリアが両腕を組んだ。自信満々だな。イタズラのスペシャリストである妖精にとって、だれかが仕掛けた罠を解除するのもまた、楽しみの一つのようである。なかなか良い性格をしてると思う。


 方針は決まった。今日は準備を整えて、明日の朝出発する。そしてその日のうちに森まで到着する予定である。ちょっとした強行軍になるが、そこはエリーザの強化魔法でカバーする。

 今回は山ではなく比較的平坦な丘陵地帯を進むはずなのでエリーザも大丈夫だろう。




 準備を整えた俺たちは予定通り次の日の日が暮れる前には迷いの森に到着していた。

 日が完全に暮れるまでにはまだ時間がある。そのため、少しだけ森の中へと足を踏み入れた。

 そこは前情報にあったように、木々の間を真っ白な霧が覆い尽くしていた。


「何だか嫌な感じだね」

「お化けが出そうな感じですか?」


 ピーちゃんが首をひねりながら聞いてきた。確かにお化けが出そうな、何だかゾクゾクする感じが背中をはっているような気がする。情報にはなかったけど、もしかしたら強力な魔物が住み着いていたりするのかな?


「確かに何だか背中が変だな。こんなのは初めてだ」

「ジルもか? 俺もだよ」

「あら、アーダンも? 私もよ。どうなってるのかしら? お化けなんて怖いと思ったことなんてないのに」


 三人も首をかしげていた。小さい頃からつわものだったのであろう勇者村の三人は、この奇妙な感情に納得がいかないようである。


「うーん、これは魔法が仕掛けられているわね」

「何か分かったの、リリア?」

「そうね。この魔法には見覚えがあるわ。だってあたしたち妖精が使う魔法だもん」


 何それ、妖精だけが使える特殊な魔法があるのかな? 初めて聞いた。あ、でもリリアにしか使えない植物属性の精霊魔法があったな。それに似たようなものなのだろうか。


「どんな魔法なの?」

「霧を発生させて周りを見えなくする魔法と、背中をゾクゾクさせる魔法ね」

「何その魔法。一体どこで……なるほど、こうやって使うのか」


 戦闘では全く役に立たない魔法のようである。どう見てもイタズラ目的で作られた魔法だ。こうやって来た人を怖がらせて遊んでいたのかな? 霧の中から肩をたたいたりして……。


「それじゃ、この変な気持ちになるのは魔法のせいなんだな。人の感情を変化させる魔法があるのか。ちょっと怖いな」


 珍しくアーダンが引きつった顔をしている。肉体には自信があるが、心の中まではそうでもないようだ。一方のジルとエリーザは気にしていない様子だった。

 とりあえず今日のところは森から出たところで野営をすることにした。近くに魔物はいないし、野生生物はそう簡単に人には近づいて来ない。そのためテントを張って一夜を過ごすことにした。


 テントを張り終わるとすぐに、土魔法で立派なかまどを作り出す。最近はこの作業にも慣れて、アーダンが納得がいくものに仕上がっている。そのため、アーダンがかまどを作ることはなくなった。


 出来上がったかまどを喜々とした表情で使うアーダン。どうやら今回も気に入ってもらえたようである。これでおいしい夕食にありつけるな。お、今日はカレーかな? お米に合うんだよね。パンと一緒に食べてもおいしいけど。

 カレーを囲みながら、明日のことについて話す。まずは迷いの森の仕掛けについてである。


「リリア、魔法の仕掛けは解除できるの?」

「できるけど、しない方が良いわね」

「なんで?」

「そこまでして隠してあるのよ? きっと何か重要なものが隠されているのよ。だれにも見られたくない何かが」


 だれにも見られたくない何か……もしかして、妖精の村があるのか!? うん、可能性は高そうだぞ。だって使われている魔法は妖精特有の魔法だし、場所も森の中。本に書かれている物語の中では、妖精は森の中に住んでいたはずだ。

 リリアもその可能性を考えているのかな? だとしたら、この仕掛けを解除するわけにはいかないだろう。


「それじゃ、あのゾクゾクする感じのまま先に進むしかないのか」

「そうなるわね。アーダンは苦手みたいね?」

「お、これは思わぬ弱点を発見したぞ」


 二人の声の調子からして、これまでアーダンにはこれと言った弱点はなかったようである。アーダンの顔がますます険しいものになっていた。


「それならエリーザがリラックスの魔法を使えば良いんじゃなの? 気持ちが和らげば、あの感じもなくなるんじゃないかな?」

「確かにフェルが言うように、リラックスの魔法で和らげることができたはずよ」


 俺の提案にリリアが同意してくれた。魔法を解除するのがダメならば、別の魔法で無効化すればいいはずだ。普通の魔法使いならば、魔法をかけ続けながら歩くのは難しいがエリーザならば問題ない。


「分かったわ。それじゃ明日はずっとリラックスの魔法を使っておくことにするわ。場所と周囲の確認はフェルとリリアちゃんに任せたわ」

「任せてよ」

「もう、しょうがないわね」


 そう言いながらもリリアはうれしそうである。だれかに頼られるのは好きなようである。これがピーちゃんがリリアのことを「姉御」って呼んでいる理由なのかも知れない。

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