第87話 古文書

「思ったよりも、戻ってくるのが早かったね」

「ああ、おかげさまでな。実際にミスリル製の武器を作ったことはないが、ミスリルを鍛えることができる炉を持っている鍛冶屋を見つけることができたのさ」

「それって大丈夫なの!?」


 思わずギョッとして二人を見た。ジルはニコニコしているが、アーダンは苦笑していた。

 ああ、なるほど。ジルを止めることができなかったんだね。


「エリーザに一緒に来てもらうべきだったよ」

「残念だったわね」


 アーダンが首を左右に振ると、エリーザが両手を上げて答えた。お手上げだそうである。エリーザが二人と一緒に行っていたら、きっと一日中振り回されることになっていたな。ひとまずジルが落ち着いたみたいだし、良かったとするべきなのかも知れない。


「どんな剣ができるか楽しみね」

「さすがはリリア。分かってるじゃないか」


 ジルがうれしそうにニンマリとほほを上げて答えた。確かに楽しみではあるが、さっきチラリと武器屋を見たときに、見慣れない剣がたくさん置いてあったんだよね。確か、カタナとか言ったっけ。本当に大丈夫なのかな。何だか不安になってきたぞ。


 恐らくアーダンも不安に思っているのだろう。苦笑いを浮かべたまま、そのことを忘れるかのように市場の商品を見ていた。


「ところで、その剣はいつ頃完成するの?」

「十日もあれば完成するそうだ。ジルの剣、一本だけだからな」

「あら、てっきりアーダンも注文したのかと思ったわ」


 エリーザがそう言うのも分かる。顔にはあまり出さなかったが、アーダンもミスリルの武器を欲しそうにしていたもんね。


「俺は王都に戻ってから、ルガラドさんに作ってもらうよ」

「俺もその方がいいと思う」


 みんなでウキウキになっているジルを見た。ジルはそれに気がつかないのか、適当な商品を手に取っては戻しを繰り返していた。

 アーダンたちを加えた俺たちはそのままキキョウの街の観光名所を回ることにした。市場だけでなく、立派な門構えをした屋敷や、庭園なんかも見て回った。何でもわびさびを感じることができるそうだ。俺には良く分からなかったが。肩に座っているリリアも首をかしげていた。




 観光名所は一日では回りきれなかった。まあ、あと十日はこの街にいることになるだろうし、そのうち全部を回ることができるだろう。宿に戻った俺たちは、そのまま宿で夕食を済ませた。あとは寝るまで自由時間だ。待ってたぜ、このときをよ!


「フェル、一体何を見てるんだ?」


 俺とリリアにピーちゃんが頭を突き合わせて何かしていることに、アーダンが気がついたようである。


「ああ、これ? これはね、昼間リリアが見つけた古文書だよ。何か秘密がありそうなんだよね~」

「そうですとも。何せその本には兄貴と姉御の愛が……グッ!」


 余計なことを言おうとしたピーちゃんがリリアに締められた。ミスリル鉱山跡地でピーちゃんが不死身だと知ったからなのか容赦がない。首から上が、赤色から青色に変化したピーちゃんが涙目でタップしていたのでさすがに止めた。


「あ、兄貴~!」


 泣きついてくるピーちゃん。


「これに懲りたらリリアを刺激するのはやめなさい」

「ボクは兄貴と姉御の仲を取り持とうとしているだけなのに~」


 俺はひそかにピーちゃんをなでてあげた。

 その気持ちはありがたいが、アーダンたちがいる前でやるのは良くないな。やるのなら俺たちだけのときにしてもらわないと。その機会がいつ来ることやら。当分は無理そうだな。早くも王都に帰りたくなってきたぞ。

 王都に帰ればアーダンたちとは部屋がバラバラになる。それだけチャンスも増える。


 古文書をパラパラとめくってゆく。特に何も怪しいところはなさそうである。書いてある文字も読めないし、何だか書かれているその文字も、色んな文字が混じっているようである。まさしく意味不明の理解不能である。

 そんな中、何も書かれていない空白のページがあった。


「何だこれ、どうしてここだけ何の文字も書かれていないんだ?」

「本当ね。不思議だわ。他のページにはビッシリと文字が書いてあるのに」


 リリアがその空白のページを光にかざしたりしながら調べている。リリアちゃんアイには何も異変は見られないようである。そのうちアーダンたちも集まって来た。


「何か秘密がありそうだな」

「もしかしたら本物の宝の地図かも知れないわよ」

「伝説の剣のありかかも知れないぞ」


 伝説の剣……まだジルは剣が欲しいのか。そのうち探しに行こうぜとか言い出さないことを願うばかりだ。

 空白のページをジッと見つめたが、何も得られそうになかった。と、そのとき。


「これはもしかして、あぶり出しなのでは!?」

「何か知っているのか、ピーちゃん!?」


 みんなの注目がピーちゃんに集まった。ピーちゃんは静かにうなずきを返した。どうやら自信があるみたいだ。ゆっくりともったいぶるかのように古文書の前に立った。


「恐らくこれは、火であぶることで何かしらの文字が浮かび上がってくる仕掛けになっているはずです」


 そう断言したピーちゃん。ゴクンとだれかが唾を飲んだ音が聞こえたような気がした。みんなが見つめる中、ピーちゃんが両方の羽を広げた。


「バーニング・フェザー・アタック!」


 元から真っ赤に燃えているピーちゃんの体がさらに燃え上がり、どんどん熱くなって行く。いつの間にこんな魔法を!?


「何、その魔法。聞いたことないんだけど。適当に言ったわよね?」

「……」


 リリアのジットリとした目にも負けず、ピーちゃんは熱を発し続けた。たぶん普通に体の温度を上げているだけなのだろう。ピーちゃんと同化した俺には、それが手に取るように分かった。格好をつけたかったんだね、ピーちゃん。


「おい、見ろよ! 何か模様が浮かび上がってきたぞ」

「これは模様じゃないわ。地図よ、地図。宝の地図よ!」


 興奮したエリーザが声を上げた。確かにエリーザが言うようにどこかの地図のようである。しかも中央付近にはバツ印があった。これはもしかして、もしかするのか?

 そのページにそれ以上変化がなくなったところでピーちゃんは元の温度に戻った。その顔はやり遂げたような、すがすがしい顔をしていた。お疲れ、ピーちゃん。まあ、消費しているのは俺の魔力なんですけどね。


「この場所にお宝があるのかしら? 店主の話を信じるなら、この場所に金銀財宝が?」

「金銀財宝!? 行こうぜ、お宝探しに!」

「それはいいが、まずはこの地図がどこを表しているかを調べないといけないな」


 俺たちは地図をジッと見た。この国に来てから日が浅い俺たちでは、それがどこなのかは判別できなかった。それにこの国じゃない可能性だって大いにあるのだ。さらに言えば、偽物である可能性も十分にある。


「うーん、ここって海よね? それならここは海岸線?」


 リリアが地図の端を指差した。その場所は塗りつぶしてあるように見えた。


「そうかも知れないね。ここから先は塗りつぶしてあるみたいだよ」

「それなら海岸線をくまなく探せば、似たような地形を見つけることができるんじゃないか?」

「そうね。探してみましょうよ!」

「その店主とやらに、からかわれていなかったらいいな」


 アーダンの言うことはもっともだ。からかわれている可能性もある。だが、たとえそうだとしても、ジルの剣ができるまでの暇つぶしにはなりそうだ。

 みんなもそう思っているのか、反対意見は出なかった。


「まずは本屋に行きましょう。そこで海岸線の地図を見つけて見比べるのよ。それならすぐに場所が分かるはずだわ」

「この街から近くだと良いわね。さっと行って、さっと帰って来ることができれば良いのに」

「そんなに都合良く行くかな~?」


 そんな会話をしながら、明日に備えて眠りについた。リリアの目はすごいな。本当に何でも見通すことができるみたいだ。そのリリアの目についたのだから、地図の場所にはきっと何かがあるはずだ。店主のイタズラではないだろう。そこに何があるのか楽しみになってきたぞ。


 翌朝、朝食を食べ終えた俺たちはさっそくキキョウの街で一番大きな本屋へと向かった。ここならきっと地図が置いてあるはずである。

 俺たちはそこの店主に断って地図を見せてもらった。予想した通り、この店には大小様々な地図があった。この辺りの地図だけではない。どうやらこの国の地図も、この大陸の地図もあるみたいだ。


「せっかくだから、この大陸の地図を買っていこうかな」

「面白そうね。お金はあるし、この金額でも問題なく買えるわね」


 周辺の地図ならまだしも、大陸全土の地図となればそれなりに高い金額になる。この地図もその例にも漏れず高かった。


 オート・マッピングは便利だが、地図として作れる範囲はそれほど広くはない。大陸全体を見渡したいのならどうしても大きな地図が必要になってくる。これまではあまり気にしていなかったが、プラチナランク冒険者になってから活動範囲も広がってきた。そうなると積極的に世界地図を手に入れた方が後々役に立つだろう。


「ねえ、見てよここ! 古文書の地図の海岸線とそっくりよ!」

「本当だ。完全に一致、とはいかないけど、ほとんど同じだね」

「間違いなさそうな感じだけど……それだと、地図に示された場所はこの辺りね」


 エリーザが一点を示した。そこはどうやらキキョウの街から少し離れたところにある森の中のようである。

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