第86話 内陸の街、キキョウ

 数時間後、アーダンたちが戻って来た。ジルは嵐に遭ったかのように残念な感じになっていた。どうやらダメだったみたいですね。アーダンを見ると無言でうなずいた。


「かつてミスリル鉱山に近かったミズナなら可能性があると思ったんだけどね」

「どうやらミスリル鉱山が閉山したと同時に職人たちの多くが別の場所へと去って行ったらしい。まあ、当然と言えば当然か」

「それじゃ、ミスリルの剣を作るのは無理ね」


 ホッと一息つき、柔らかい口調で話すエリーザ。これでミスリルの剣を作るのはしばらくお預けかな? ようやくジルが正気に戻りそうだ。


「ここでは無理だな。だがここから少し内陸に行ったところにキキョウと言う大きな街があるらしい。そこに行けば、もしかしたらミスリルを扱える職人がいるかも知られないと言われたよ」

「もしかして、か。ハッキリとしてるわけじゃないんだね?」

「そうだ。かつてこの辺りにいた職人はみんなキキョウへ向かったらしい。そのままキキョウに住み着いた鍛冶職人がいるかも知れないと言っていた」


 キキョウに行っても無駄になる可能性があるのか。鍛冶職人はたくさんいるかも知れないけど、ミスリルを加工できるほどの設備を持っている工房があるかどうか。こればかりは行ってみなければ分からないな。


「それで、どうするの? 行くの?」

「行きたい」


 今にも枯れそうな声でそう言ったジルにみんなの注目が集まった。何だかふびんな子みたいである。俺たちは了承するしかなかった。

 キキョウまでは馬車で二日くらいの距離にあるらしい。出発は明日の朝一番になるだろう。


 ジルが今から走って行くことを提案したが、エリーザによって却下された。ジルは橋の下に捨てられた子犬のような顔をしてエリーザにお願いしたが、エリーザには効果がなかった。まるで見慣れているかのように、一切妥協しなかった。強い。




 翌日、港街スイレンから朝一番でやって来た乗合馬車に乗り込んだ。このまま野宿をしながらキキョウに向かう。どうやら途中に町や村はないらしい。その代わり、盗賊などはいないそうである。この国は思ったよりも安全そうだ。


 ミズナを出てから二日目。前方に大きな街が見えてきた。ここがキキョウか。堀や城壁などはなく、港街スイレンと同じ木箱のような形をした家が並んでいる。


「港街スイレンよりも大きいね。二倍くらいはありそうだよ」

「そうだな。ずいぶんとにぎわっていそうな街だな。畑がずっと向こうまで続いている。人が多い証拠だな」

「ここなら間違いなく腕利きの鍛冶屋がいるな」


 ジルがそう断言するが、腕利きだからと言って設備が充実しているとは限らないんだよな~。そこが心配どころだ。

 キキョウの街に入ると、俺たちと同じような格好をした人たちを数人見かけるようになった。どうやら俺たちと同じ船に乗っていた人たちもこの街に来ているようである。


 港街スイレンよりも大きくて、物がたくさん売ってそうだからね。観光目的にも、商売目的にも、この街に来る人は多そうである。

 まずはいつも通り宿屋を探すところから始めた。もちろん、いつも泊まっているタイプの宿屋を探す。首尾良く今回も似たような宿に泊まることができた。


「この宿、どこにでもあるわね」

「そうだね。同じ一族が経営しているのかも知れないよ」

「もしかすると、この形態がこの国では一般的なのかも知れませんね」


 確かにピーちゃんの言う通りだな。似たような宿が多い。きっと一番人気の形態なのだろう。ちなみに、俺たちが住んでいる大陸で見かけるような宿は今のところ見たことがなかった。不人気なのかな? まあ、お風呂はついていないし、そうなのかも知れない。

 どうやらこの国の人たちはお風呂が大好きなようである。


「鍛冶屋探しは明日からだね。さすがに日も暮れて来たし」

「フェルの言う通り、明日からにしよう。ジルもそれでいいな?」

「そうだな。仕方がないな。それなら早く寝て、朝一番で起きないとな」

「ちょっとジル、相手の迷惑になるから、朝一番では行かないわよ」


 エリーザがジルを叱っていた。これでもし、ミスリルの剣を作ることができる鍛冶屋が見つからなかったらどうなるんだろう。ちょっと心配になってきたぞ。

 何とか逸るジルをなだめながら次の日を迎えた。


 朝食を食べるとすぐに行動を開始することになった。だがしかし、みんなで行ってもしょうがないだろうということになり、前回と同様、アーダンとジルが鍛冶屋を探し、残りのメンバーは自由行動をすることになった。


「それじゃ、この街の観光名所でも回るとしようか」

「そうね。それだけじゃつまらないから、何か面白い話がないか聞いてみましょうよ」

「この国には冒険者ギルドがないみたいだし、問題はどうやって情報を集めるかだな」


 どこかに情報を売っている店があったりするのかな? それとも酒場とかに行って話を聞き出すのだろうか。良く分からないな。

 とりあえず俺たちは観光地を巡りつつ、お店を見て回ることにした。何が売っているか気になるしね。


「漢方薬……何か御利益がありそうな薬だな」

「何だか怪しいわ。粉薬みたいだし、戦闘中には飲めないわね」

「風邪に効くって書いてありますよ」

「基本的に冒険者は風邪を引かないから、庶民向けの薬なのかしら?」


 謎のアイテムを売っている通りへとやってきた。ここはこの街で一番の人気の市場だそうで、観光名所の一つだった。色んな物を手に入れることができるそうである。もちろん、ゴミもたくさん売っているそうなので、目利きが必要なようである。


「俺は商人じゃないからなー。何が良い物なのかサッパリ分からないな」

「私も分からないわね。ここはリリアちゃんにお任せかしら?」

「あたしに任せてよ。このリリアちゃんアイは何でも見通すことができるのよ!」

「本当かなぁ」


 自信満々にそう言ったリリアをちょっと疑いながら見つめた。リリアはそんなことにはお構いなしで商品を見て回っている。ときどきお店の人たちがギョッとした表情をしていた。

 大丈夫ですよー、イタズラしないように言ってありますからねー。


「うん、これなんか良さそうよ」

「何これ? 古い本?」

「そうみたいね。これは何かの古文書かしら? 何て書いてあるのかは分からないわね」


 俺たちはリリアが指し示した古めかしい本を手に取った。表紙はボロボロで書いてある文字は分からない。泥水でぬれたのか、ところどころが茶色く変色し、ヨレヨレになっていた。


「お目が高いね、お客さん。それは宝のありかを示す本だよ。その本が示す場所には金銀財宝があるよ」


 ウソっぽい。きっと店主はこの本に書いてあることはデタラメだと思ってるのだろう。それにこの本が読めるとは思えない。適当なことを言って、俺たちに売りつけようとしているのだろう。


 だがしかし、リリアの目が反応した。間違いなくこの本には何かあるはずだ。俺は迷わず購入することにした。


「買うよ。いくらだ?」

「それは……銀貨一枚だね」


 安いな。これは完全に偽物だと思っているやつだ。俺は銀貨一枚を支払って古文書を購入した。


「買うのを迷わなかったですねー、さすがは兄貴」

「リリアが間違うはずがないからね。きっとこれには何か秘密があるはずだよ。宿に帰ったらじっくりと調べてみよう」

「愛されてるわね~、リリアちゃん」

「ちょっとエリーザ、関係ないわよね!?」


 真っ赤になったリリアが反論しているが俺はそのつもりだった。まあ、黙っておこう。またピーちゃんがリリアに怒られるかも知れないしね。

 そのまま市場を見て回る。そこには雑貨だけでなく、変わった形をした投げ物も置いてあった。


「手裏剣……何かかっこいいな、これ」

「刃がたくさんついてて、持つだけでケガしそうなんだけど、大丈夫?」

「……確かに。練習する必要がありそうだな」

「このナイフは変わった形をしてるわね。クナイ? って言う名前みたいね」

「記念に何本か買っておこうかな」


 お金なら腐るほど持っている。今度はいつ来ることになるのか分からないので欲しいと思った物は買うことにした。エリーザも色々と化粧品を買い込んでいるようである。もちろんそれらの荷物は俺の魔法袋の中に入れているので手持ちはない。


 そうやって買い物を楽しんでいると、アーダンたちがやって来た。ジルの顔が笑顔になっていることから、きっとミスリルの剣を注文できたんだろう。

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