第89話 迷いの森
どこまでも白い霧が漂っているかのように思える森を進む。俺は魔法を使って位置を確認しているから何とも思わないが、そうでなかったら不安に押しつぶされていたことだろう。
「フェル、まだつかないのか?」
「まだだよ。この調子だとあと数時間はかかるね」
「……休憩しよう」
さすがのアーダンも気がめいって来たようである。森に入ってから何度目かの休憩である。いつもよりも間隔が短い。緩慢な動作でそれぞれが倒木に腰掛けた。アーダン、ジル、エリーザの三人は無言だ。
「見てよ、今の位置はここだよ」
あまりにも神経的に参っている様子だったので、オート・マッピングをみんなにも見えるようにして地面に広げた。
緑と焦げ茶色の大地に青白い光が差した。
「何だこれ!? フェルとリリアにはこの光景が見えているのか?」
「そうだよ。頭の中にね。エリーザもリラックスを使っていなかったら、同じものが見えていたと思うよ」
「確かにそうかも知れないけど……どうやってるの、これ?」
地面の地図を指差ながらエリーザが半眼でこちらを見た。そう言えばやり方を教えていなかったような気がする。俺は内心冷や汗をかきながらリリアを見た。確か、オート・マッピングを教えたのはリリアだったよね? 俺じゃなかったよね?
「あ、いっけな~い、忘れてた。てへ」
リリアが舌をちょっと出して、エリーザに謝るような仕草を見せた。かわいい。それを見たエリーザは無言で眉間を指で押していた。どうやらおとがめはないようだ。良かった。
「リリアちゃん、あとでやり方を教えてよね」
「も、もちんよ!」
ドン、とリリアが胸をたたいた。良く見えないが、冷や汗をかいているように見える。どうやら内心、相当まずいと思っているようだ。明後日の方向を見ながら俺の肩に飛び乗ってきた。
「フェル、この魔法を使ったままで動けないのか?」
「できるけど、結構目立つよ?」
「それなら、できれば使ったままにしておいて、俺たちにも見えるようにしてもらえないか? 敵が現れたら俺たちが対処しよう。エリーザにリラックスを使ってもらっていても、どうも気がめいる」
アーダンが眉間をグリグリと親指で押している。これは俺が思っている以上に心労にきているな。これくらいの魔法で少しは心労が解消されるなら、喜んでそうしよう。
「分かったよ。前方に表示しながら進むことにするよ」
「エリーザのリラックスはしっかりと効果を発揮していると思うんだけど?」
魔力の流れが見えるリリアはリラックスの魔法が使われていることが分かるのだろう。首をかしげていた。
「ちゃんと効果はあると思うぞ。だが見える景色がずっとこうだとな……」
「そうそう。ここまで変化がないと、わけが分からなくなってくるな」
アーダンとジルが周囲を見渡す。確かにそこには、どの方角を見てもほとんど同じ光景が広がっていた。そりゃ頭の中も鬱々としたものになるか。
そこから先は俺がオート・マッピングを表示したこともあり、みんなの表情はずいぶんと明るいものになった。そして口々に「その魔法はずるい」と言われた。
それもそうか。この魔法があれば迷子にならないばかりか、ダンジョンでも道に迷わないからね。ただし、すごく目立つ。魔物何かがいたら、真っ先に狙われることになるだろう。
数時間後、古文書に記された場所へとたどり着いた。急に視界が開けたかと思うと、そこには小さな岩山がポツンとあった。
「何この明らかに怪しい岩山」
リリアが怪訝な顔をしている。俺もそう思う。妖精の魔法で念入りに隠していたことだし、きっと何かあるのだろう。試しにアナライズで調べると、とんでもないことが分かった。
「ダンジョンだ! この岩山にダンジョンの入り口が隠されてるよ!」
初めてのダンジョン。うれしさのあまり叫んでしまった。ちょっと恥ずかしい。チラリとリリアの方を見ると、口元に手を当ててニヤニヤとほほを緩ませていた。
「ダンジョン! 待ってたぜ、この時をよ!」
ジルのテンションが跳ね上がった。先ほどまでの生気の無い顔がウソのように高揚している。目はランランと輝き、腕はワナワナと震えている。今にも突撃しそうな様子である。
たぶん俺もジルと同じ様子だったんだろうな……。そりゃリリアもあんな顔になるか。
「本当だわ。フェルの言う通り、ダンジョンが続いているみたいね。入り口は塞がれているみたいだけどね」
リリアがコンコンと岩山をたたいている。さてどうするか。みんなの注目がアーダンに集まった。まあ、行くしかないだろう。
「良し、それじゃダンジョン探索といこうか。だが、今日のところはここで野営をして、明日、改めて探索をすることにしよう」
「了解」
みんなが一斉に動き出した。テントを張り、かまどを作り、野営の準備を整える。この辺りは霧の魔法の影響はないみたいで、空には青と赤の色が、少しずつ色を変化させながら混じり合っているのが見えた。
「どうやらこの辺りは魔法の影響はなさそうね。エリーザも、リラックスの魔法はもう使わなくても良さそうよ」
「それを聞いて安心したわ。みんなが寝るまで魔法を使い続けなきゃいけないかと思ったわ」
半分は冗談なのだろうが、エリーザの顔色は少し青くなっていた。まだまだ余裕はありそうだが、楽ではない、と言った感じだ。
明日からの探索に備えて、それぞれが準備する。俺とリリアは魔法での探索を開始した。
アナライズとオート・マッピングを併用してダンジョンの内部構造を調べていく。俺たちが調べている間に夕食の準備ができた。
「良い匂いね」
「二日目のカレーはおいしいからね」
今日も昨日に続いてカレーである。だれからも文句は出ない。一日歩いた疲れを解きほぐすかのように、ゆっくりと夕食を食べた。
「魔法でダンジョンの内部を調べて見たんだけど、魔物の反応がたくさんあるよ。あまり強くはなさそうだけどね」
「ずいぶんと深いみたいで、この位置からは最下層まで見通すことができないわ。途中にいくつか小部屋があるみたいなんだけど、そこに何があるのかは行ってみないと分からないわね。お宝がある可能性は十分にあるわ」
リリアがうれしそうに言った。俺は初めてのダンジョン探索なのだが、どうやらダンジョンにお宝があるという話は本当らしい。特にこれから向かうダンジョンはまだだれも行ったことがなさそうなので、期待は高そうだ。
「一日で調査できそうな感じか?」
俺とリリアはお互いに首をひねって考える。俺たちの歩行速度を考えて、魔物を倒す時間を考えて。
「小部屋も全部調べながら進むなら二日はかかるかしら? まあ、その間に最下層がどんな感じなのかも調べることができると思うし、急がないなら二日か三日の時間をかけた方が良いかも」
俺たちの意見にうなずきを返したアーダン。脇道の行き止まりの部屋にも寄るとすると、それなりに時間がかかりそうである。だが、期間が特に決められているわけではない。時間をかけても問題ないと思う。
「せっかくここまできたんだ。無駄になる可能性は高いが、じっくりと調べることにするか」
「そうだな。ここで三日かけても剣が完成するまでには街に戻れるからな。良いと思うぜ」
「そうね。どうせジルの剣を受け取ってからじゃないと先には進めないものね」
お互いにうなずきを返した。これで決まりだ。ここまで隠されたダンジョンだ。間違いなく何かお宝が眠っていることだろう。それが何なのか、今から楽しみだ。
入り口が隠されているということは、だれかが封印したのかな? それだともしかすると、最下層には強力な魔物がいるのかも知れない。
でもおかしいな。そんな魔物がいたら、この程度の封じ込め方では簡単に破壊できそうなんだけど、どうして出てこないのかな?
「ねえ、ダンジョンの魔物って何で外に出てこないの?」
「それにはボクがお答えしましょう」
ピーちゃんが両羽を広げた。注目が集まったのを確認すると、コホンと一つ咳をした。
「皆さんはダンジョンと呼んでいるかも知れませんが、実はこれはその昔に作られた秘密基地なのですよ!」
「な、なんだってー!」
「な、なんだってー!」
とりあえずリリアと一緒に声を上げて驚いておいた。ピーちゃんは満更でもない顔をしていたが、残りの三人は苦笑していた。良かった。もしだれも驚かなかったら、ピーちゃんがへそを曲げていたかも知れない。
「秘密基地? だれが作ったんだ?」
「それはもちろん古代人ですよ。古代人は大事な物を隠すために至る所に秘密基地を作っていたのです。それが今はダンジョンと呼ばれているのですよ」
「知らなかったわ。それじゃ各地に残っているダンジョンはすべて古代人が作ったものだったのね。道理で古代文明時代のアイテムが手に入るわけだわ」
納得したのか、エリーザがウンウンとうなずいていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。