第83話 廃坑
注目を集めたリリアは腕を組んで胸を反らした。大変偉そうな感じである。
「いいこと? ミスリルを加工するときにはね、ミスリル専用の炉を使って加熱するのよ。ものすごく高温になるみたいね。そうすることでミスリルを柔らかくすることができるみたいなのよ」
どうやらリリアは俺よりもしっかりと鍛冶の技術書を読んでいたようだ。俺なんてサラッと流し読みしただけなので、全然覚えていなかった。
「そうなのです。ですからミスリルゴーレムを超高温にすることができれば、その間だけは柔らかくなるわけです。その状態なら、普通の剣でも斬れるようになるはずです」
「なるほど。そのときにミスリルゴーレムの核を破壊することができれば倒せるということだな」
ウンウンとジルがうなずいている。確かにそれならジルの剣でも核を壊すことができそうである。これでミスリルゴーレムを倒せる可能性が出てきたぞ。でも良いのかな?
「でもそれって、ジルの剣がダメになっちゃうんじゃないの?」
「心配すんなって。鋼鉄製の剣なら何本も持っている。一本や二本ダメになったくらいでミスリルをあきらめるわけにはいなねぇな!」
ダメだこりゃ。何だか変なスイッチが入ってる。うん、そっとしておこう。逆らったらダメなヤツだ。
「それじゃ、ミスリルゴーレムを超高温にするのが俺の役目だね」
何とか笑顔を作りながらそう言った。ほほがピクピクしているのが分かる。良く見ると、リリアとピーちゃんのほほもピクピクしている。
「頼んだぞ、フェル」
「あたしはフリーズ・バリアでみんなを暑さから守るわ」
「それじゃ俺たちは盛大にミスリルゴーレムの気を引かないといけないな」
「攻撃を受けたらすぐに後ろに下がるのよ。無理して勝てる相手じゃないはずだわ」
お互いに役割を決めてうなずき合う。もし攻撃されてしまっても、エリーザがすぐに治癒魔法をかけてくれるので何の心配もない。
夕食を食べ終えた俺たちは明日からの移動に備えて早めに眠りについた。
翌朝、朝日が昇り始めたころに俺たちはミズナの町をあとにした。鉱山で働いていた人たちは、ミズナから鉱山まで直接通っていたわけではないようだ。どうやら、鉱山の近くに小さな町があったらしい。できれば今日はそこまでたどり着きたいと思っていた。
「道はこっちで合ってるんだろうな?」
「合ってるよ。間違いない。それにしても、本当に道すらなくなっているとは思わなかったよ」
森の中の道なき道を進んで行く。これはオート・マッピングがなければ間違いなく道に迷っていたな。獣道すらなさそうだ。もちろん生き物の反応は時々あった。
「見てよ、標識みたいなのがあるわ。朽ち果てているけど」
「本当だ。文字は……読めそうにないな」
「まあ、道は合ってるってことだよね?」
本当にだれも寄りつかなくなっているみたいだ。これは廃坑近くの町にたどり着いても何もない可能性が高いな。
その後は無言で森の中を進んで行く。どうやらこの森はただの森のようで、俺たちに警戒した野生生物が遠巻きにこちらを見ていた。
日が高くなってきたので、そろそろ昼食の時間にすることにした。久しぶりのアーダンの料理である。アーダンも張り切って作っていた。使う材料は行きの船で入手した食材、「クラーケンの触手」である。
ただ焼いているだけなのに何とも言えない香ばしい香りがしてくる。
「そう言えば毒ガスが出たって言っていたよね。どうする? 念のため、そろそろウインド・バリアを使っておく?」
「その必要はまだないな。まだ毒ガスの臭いがしない」
「そう言えばジルは鼻が良かったね。毒ガスを吸っても大丈夫なの?」
そうだった、ジルの鼻の良さは異常だったな。それでもまさか毒ガスの臭いを感知することができるとは思わなかったけど。一体どんな鼻の作りをしているのだろうか? 犬並みなのかな?
「少しくらいなら問題ない。それにすぐにエリーザが治療してくれるからな」
「それでも気をつけてよね。吸い過ぎて手遅れになる可能性だって十分にあるんだからね」
「分かってるよ。俺たちの命もかかっているんだ。何か異常があればすぐに言う」
「頼んだぞ、ジル。お前の鼻が頼りだ。ほら、できたぞ。クラーケン焼きだ」
「そのまんま!」
目を大きくしたリリアが声を上げた。切り分けられた白い物体が皿の上に乗った。両面には香ばしそうな焦げがついている。それをフォークで切る。なかなかの弾力である。リリアの皿にも一切れ乗せる。
「どうやって食べるの?」
「スイレンで手に入れたこれを使って見ようと思う。醤油だ」
「醤油」
俺たちはアーダンから渡された焦げ茶色の液体を見つめた。王都の料理店で見かけたものと同じだ。いつの間にこんなものを購入していたのか。醤油はクラーケン焼きと良くあった。
弾力はあるが、噛むとスッと切れて口の中でほぐれた。中からジュワッと旨味がしみ出してきた。それが醤油と混じり合って香ばしさと混じり合った。はい、おいしい。リリアが満足そうにほほに手を当てて、口をもぐもぐとさせている。
おなかを満たした俺たちは再び鉱山跡地に向かって歩き始めた。山の勾配もだんだんと険しくなってきた。エリーザの体力のこともあるので、休憩しながら進む。それでも日が沈む前には廃坑近くの町までたどり着くことができた。
「予想はしていたけど、廃墟だね」
「廃墟だわ」
「一軒くらい家が残っているかと思っていたが、これは無理そうだな」
見るも無惨に家々は潰れていた。良く見ると、どうやら意図的に壊されたみたいである。争った形跡はないので、何かに襲われたわけではなさそうだ。
「他のヤツらに鉱山を取られないようにしたのかな?」
「そうかも知れないわね。あたしたちみたいなすごい冒険者がミスリルゴーレムを倒すかも知れないものね。そうなったら、またここでミスリルを採掘できることになるかも知れないし」
「あとは毒ガスの問題か。ジル、臭いはする?」
「臭いはしないな。毒ガスはもう出尽くしたのかも知れないな」
町を見回りながらもジルは周囲の空気を確認しているようだった。
そうなるとますますだれかに取られないように町を壊した説が強くなるな。そこまでするかと思うけど。
ここに町を再建しようと思ったら大変そうだからね。山道を作らないといけないし、そうなるとすぐにだれかに気がつかれると思う。
「よし、すまないがフェル、リリア、家を作ってもらえないか? まさかここまでひどい有様だとは思わなかった」
「任せてよ。すぐに作るよ。周囲には念のため、ウインド・バリアを張り巡らせておくよ」
「そうしてもらえると助かる」
俺たちはすぐに家を作り始めた。日が暮れる前には完成させなければいけないな。リリアと力を合わせて石造りの家を作りあげた。土間にかまどを用意すると、さっそくアーダンが夕食の準備を始めた。
その間にジルとエリーザが廃坑の確認へと向かった。毒ガスを感知できるジルがいれば、坑道の安全性はある程度確保できるはずだ。現状だと崩落の危険性は高いと思う。明日からの坑道に入るときには土魔法でしっかりと固めながら進むべきだろう。
ミスリルゴーレムは坑道の奥にいるのだろう。この周辺には反応がなかった。
しばらくするとジルたちが帰って来た。問題もなく無事に帰ってきたようだ。
「どうだった?」
「どうやら毒ガスがもう出ていないみたいだな。外から坑道をのぞいて見たが、天井が落ちているのが見えたな。これは慎重に進まないと、生き埋めになってしまうぞ」
「そこは土魔法で何とかするから大丈夫だよ」
それもそうか、と安心した様子になった。どうやら入り口付近から、すでに坑道が崩れかかっているようである。これは慎重に進んだ方が良さそうだな。
そんなことを考えているうちに夕食ができたようである。アーダンを手伝って、石でできたテーブルの上に料理を運んで行く。
「最近魚料理ばかりだったからな。今日は肉料理だぞ」
「やったぜ! さすがはアーダン。良く分かってる」
ジルがうれしそうに手をこすり合わせていた。確かに最近は魚料理ばかりだったな。どれもおいしかったけどね。
食事を食べながら、アーダンに坑道の状況を話していた。
それを聞いたアーダンは坑道が崩れそうな状態になっていることにかなりの危機感を持ったようである。食事中なのにもかかわらず目を閉じで考え始めた。パーティーのリーダーとしては危険過ぎると考えているのかも知れない。
「できることなら坑道の中に入りたくないな」
「それならどうする? あきらめるか?」
そうは言っているが、ジルの顔には明らかに「あきらめたくない」と書いてあった。それならミスリルゴーレムを地上に引っ張り出すしかないな。何とかなれば良いんだけど。
「明日、もっと詳しく坑道を調べて見ることにするよ。もしかすると、何か新しい情報を得られるかも知れない。坑道に入るかどうかを決めるのはそれからにしたらどうかな?」
「そうだな、そうするか」
俺の意見にアーダンも納得してくれたようである。そうでないと、せっかくのおいしい料理が台無しになってしまうもんね。みんなとの食事はおいしく食べたいものだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。