第84話 ミスリルゴーレム

 翌日、みんなで廃坑へと向かった。事前にジルとエリーザが下見に行っていたのですぐにたどり着くことができた。


「入り口はここだけなのかな? 鉱山っていくつも入り口があるような話を聞いたことがあるんだけど」

「ここだけしかまともな入り口は見つからなかったな。他の場所は毒ガスが出るのを防ぐためなのか、それとも他からやってきた人が採掘するのを防ぐためなのか、潰されていたぞ」

「なるほど」


 なかなか徹底しているようである。それならなぜこの入り口だけが残ったのだろうか? 良く分からないが、取りあえずアナライズで詳しく調べることにした。


「うーん、どうやらこの入り口は少し進むと行き止まりになっているみたいだね」

「どう言うことだ? 坑道の途中を塞いだのか?」

「もしかすると、ミスリルゴーレムが外に出てこないように穴を塞いだのかも知れないね」


 行き止まりになっている先を調べると、その先にはミスリルゴーレムの反応があった。これは間違いなさそうだ。


「その先に反応があるね。恐らくミスリルゴーレムだよ」

「それじゃ、この穴をもう一度掘り進めれば、ミスリルゴーレムがいるってことか」

「どうする? 掘っちゃう?」


 リリアが首をかしげると、アーダンは考え込んだ。ミスリルゴーレムが外に出ないようにしたということは、当時の人たちは外に出すのは危険だと判断したのだろう。その当時はまだここに町があったはずだからね。でも今はその町はない。


 ミスリルゴーレムが倒せそうになかったら、もう一度穴に埋めることは可能だろう。なぜなら、ミスリルゴーレムは以前に戦ったガーディアンとは違って、穴掘りの魔法は使えないみたいだからね。そうでなければ、いまごろ外に出てきているだろう。


「穴を空ければ毒ガスが出てくるかも知れない。そうなったらミスリルゴーレム討伐は中止だ。慎重に少しずつ掘り進めてくれ」

「了解!」


 アーダンの重々しい声がする。どうやらジルの思いを尊重することにしたようだ。恐らくアーダンも欲しいのだろう。それにすでに周囲は廃墟になっている。被害は最小限で済む。


 俺はリリアと協力して、坑道を補強しながら慎重に穴を掘り進めて行く。ジルにはしっかりと鼻を利かせてもらって、異変があればすぐに言ってもらうような体勢をとっている。


「ボクも毒ガスの臭いを感知することができますよ。任せて下さい!」


 ピーちゃんが胸を張ってそう言った。大丈夫なのかな? 体が小さいだけに致死量が少ないと思うんだけど……それよりも、ピーちゃんって死ぬのかな?


「ねえ、ピーちゃんって死ぬの?」

「死なないんじゃないですかね? 鳥の形はしてますが、元はただの火ですからね」


 うん、確かにそうだね。心臓はなさそうだし、何だったら脳みそもなさそうである。そう言えば魔力の塊だったね。死ぬなんて概念はないのかも知れない。


「それなら心強いね。しっかりと頼むよ」

「お任せあれ」


 こうして毒ガス検知担当が二人になったところで順調に穴掘りは進んだ。午前中では開通することができず、お昼を挟むことになった。昼食の準備はすでにアーダンがしてくれていた。


「どんな感じだ?」

「もうちょっとで開通するよ。開通したら、ミスリルゴーレムを外に引っ張り出すつもりだよ」

「その役目は俺がやろう。狭くていつ崩れるか分からない坑道の中よりも安心して戦えるからな」


 問題はうまくミスリルゴーレムが外に出て来てくれるかどうかだが……俺たちが穴を掘っていることに気がついたのか、こちらに近づいて来てるんだよね。そうなると、そのまま外に出て来てくれる可能性はあると思う。

 ダメだったら、アーダンに挑発してもらって外に連れ出してもらおう。


「昼を食べて、少し休憩してから作業を開始しよう。そこからはミスリルゴーレムがいつ出て来ても良いように準備をしておこう」


 俺たちはお互いにうなずき合って確認した。ミスリルゴーレムを倒すにはみんなの協力が必要だ。それぞれの頑張りに期待しよう。

 作業を再開して間もなく、ミスリルゴーレムがいる穴の近くまで掘り進めた。心配していた毒ガスについてだが、今のところは問題なかった。


「毒ガスはないみたいだから穴を広げるね。ミスリルゴーレムがすでにそこまで来ているから、気をつけて」

「分かった。穴を広げたらフェルたちはすぐに下がれ」


 アーダンなら大丈夫だ。俺たちは安心して穴を広げた。だんだん大きくなる穴から丸太のような腕が突き出た。さらに穴を大きくすると、ミスリルゴーレムがはいだしてきた。

 俺たちと交錯するようにアーダンが穴の中に入った。

 穴の奥からはズシンと体に響くような振動が聞こえてくる。その音は徐々に近くなってきた。


「そろそろ地上に出るぞ、準備をしておけ!」


 アーダンの叫び声が聞こえ、いつでも戦うことができるように素早く準備を整える。すぐにアーダンが穴から飛び出してきた。それと同時に大きな土煙が上がった。どうやら入り口がミスリルゴーレムによって崩されたようである。


 しかし不死身のゴーレムは崩落した土や石を押しのけて姿を現した。キラリと磨き抜かれた鏡のように淡緑色に輝く体。その色は本に載っていたミスリルの色と同じだった。

 どうやら本当に全身がミスリルでできているようである。だがしかし、ミスリルが貴重な鉱物であるためか、普通のゴーレムよりも小さかった。もっとも、小さいと言ってもアーダンと同じ大きさではあるのだが。腕だけが異様に太いのが印象的だ。


「なあ、ミスリルゴーレムの核を破壊すると、あのミスリルの体は魔石になるんだよな?」

「そうなるはずだよ」

「ミスリルがもったいないよな?」

「うん? それはそうだけど……」


 ゴーレムの核を破壊すると魔石に変わる。これは魔物を倒すと魔石に変わるのと同じ原理である。

 だがしかし、不死身のゴーレムにはある特徴があった。それは冒険者ならだれでもしっていることなのだが、本体から手や足を切り離した状態で核を破壊すると、切り離された部位がそのままの状態で残るのだ。なぜそうなるのかは分かっていない。


「何とか腕の一本くらい持って帰れないかな?」

「ミスリルゴーレムの腕を切り離すか。可能かも知れないが、すぐに元の位置に戻るぞ? 腕を切り離した瞬間にミスリルゴーレムを倒すような芸当をしないと無理だな」


 アーダンの言う通りである。手足を切り離してもすぐに元に戻ってくる。これがゴーレムは不死身と言われる理由だ。


「それなら腕が戻らないようにすれば良いのですよ!」

「どうやってやるの?」

「押さえつけるのです!」


 自信満々にそう言ったピーちゃん。戦闘では全く役に立たないので、せめて助言してパーティーに貢献しようとしているみたいである。

 ピーちゃんが言うことにも一理あると思う。魔法を使えば短い時間なら押さえつけることができるかも知れない。


「リリア、ストーン・ハンドで捕まえておいたらどうかな?」

「分かったわ。やってみる!」


 作戦は決まった。まずは片腕を切り落とす。そしてその後に本体の核を攻撃してミスリルゴーレムを撃破するのだ。

 まずはアーダンがミスリルゴーレムの攻撃を引き受ける。先ほどから目の前をちょろちょろしていたのが気に入らなかったのか、ミスリルゴーレムは脇目も振らずにアーダンに対して猛烈に攻撃を始めた。


 それを盾でいなすアーダン。さすがに受け止めるのは無理だと判断したようだ。どうやらミスリルゴーレムは普通のゴーレムよりも力が強いみたいだ。心なしか動きも速いような気がする。


 ミスリルゴーレムがアーダンに夢中になっている間に魔法の準備を行う。まずはミスリルゴーレムの動きを封じ込める必要がある。火に耐性を持っている土魔法で動きを封じ込めることにした。


「ストーン・ハンド!」


 土で作られた手が地面から伸び、ミスリルゴーレムの足を捕まえた。ミスリルゴーレムが力任せにそれを引きちぎろうとしている。あまり長くは持たなそうだ。

 それを見届けたアーダンが一気に俺たちがいるところまで下がった。


「リリア!」

「任せてよ。フリーズ・バリア!」


 空の色を薄くした霧のようなものが俺たちの周囲を包み込んだ。これで火魔法を使っても大丈夫なはずだ。一気に魔力を練り上げる。


「フレイム・トルネード!」


 初級魔法のファイアー・トルネードでは無理だと判断し、思い切ってこちらにした。火の粉を散らせながら、炎の渦がミスリルゴーレムを包み込む。さすがミスリルゴーレム。ビクともしなかった。


 しかし徐々に表面の輝きが失われつつあった。きっと柔らかくなっているのだろう。

 ミスリルゴーレムが拘束を破った。一歩、また一歩と近づいてくる。俺は魔法を維持するのをやめた。炎の渦が消えるのと同時にアーダンがミスリルゴーレムに向かう。ゴーレムの体からは湯気が上がっていた。


 アーダンに向かって腕を振り上げたそのとき、疾風のように駆けつけたジルがミスリルゴーレムの腕を斬り飛ばした。剣がはじかれるとは一切思っていない鋭い一撃だった。ドスンと地響きを立てて腕が落ちる。


「ストーン・ハンド!」

「ストーン・アロー!」


 地面に落ちた腕をリリアが魔法で拘束した。これですぐには元の位置に戻らないはずだ。それと同時に、あらかじめアナライズで確認しておいたミスリルゴーレムの核がある部分に印を撃ち込む。


 一本に威力を凝縮した石の矢がミスリルゴーレムの腰の辺りに突き刺さる。狙いはバッチリだ。

 ミスリルゴーレムは腕がなくなっているのに気がつかないのか、短い腕を振り下ろした。当然のことながら、それはアーダンには当たらなかった。


 アーダンが後ろに下がった。それを追いかけようとするミスリルゴーレムが体を起こしたとき、先ほど石の矢が刺さった場所を、寸分違わずジルの剣が深々と突き刺した。

 ミスリルゴーレムは意味不明な言葉を発しながら魔石へと変わっていった。

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