第80話 港街スイレン

 港街の名前はスイレンと言うらしい。スイレンの街の人たちは巨大船から次々と降りてくる人を見て驚きを隠せない様子で、口をあんぐりと開けて見ていた。

 これはピーちゃんが言ったように、他国を侵略する手段としても使えるな。荷物を載せていたスペースを、人を乗せるスペースに変えてしまえば、倍の人数を運ぶことができるのではないだろうか。


 きっとこの巨大船のことはすぐにこの国の王様に伝えられるんだろうな。そしてその手札をチラつかせて自国との取り引きを有利に進めるつもりなのだろう。

 そうやって利益ばかりを考えてしまうところが、「この星」が俺たちを滅ぼそうとする理由なのかも知れない。


 街の人に宿屋の場所を教えてもらうことにした。この際、泊まることができればどこでも良い。宿が全て埋まってしまう前に何としてでも宿を確保しなければ。そうでなければ、再びエレオノーラ号の個室に戻ることになる。


「宿屋あかつきですか。情報ありがとうございます」

「さっそく行こうぜ」


 首尾良く宿屋を聞き出すとすぐにその宿に向かった。教えてもらった宿は俺たちが王都で泊まっている宿にそっくりな作りをしていた。やはり「宿屋なごみ」はこの国の様式を再現した宿屋だったようである。


「すいません、部屋は空いていますか?」

「ああ、空いているよ。四人部屋で良いかい? 一人部屋はなくてね」

「ええ、構いませんよ。それでお願いします」

「ところで何かあったのかい? 今日はやけに客が多いんだけど?」


 うれしそうな様子ながらも、どこか困惑した表情の女将に俺たちが巨大船でここまでやって来たことを伝えた。想像を絶する大きさだったのだろう。全く信じてもらえなかった。それでも部屋は確保することができたので俺たちは気にしなかった。


「あの、お風呂はありますよね?」

「もちろんだよ。部屋ごとについてるよ」

「やったー!」


 お風呂大好き妖精リリアが飛び上がった。それを見た女将も飛び上がった。妖精は初めてみるのかな? それともこちらの大陸では妖精はいないのだろうか。


「もしかして妖精かい?」

「ええ、そうですよ」

「本物?」

「本物です」


 そう答えると、両手を合わせて何やらブツブツと祈り始めた。もしかして妖精はあがめられるべき存在なのかな? そうなると、そんなありがたいものを引き連れている俺たちは注目を集めることになってしまうのかも知れない。


 俺は苦笑いを浮かべながら、部屋まで案内してくれるという女将について行った。四人部屋なだけはあって、そこそこの広さを持つ部屋だった。布団は押し入れの中に入っているらしい。分からないことがあったら何でも聞いて欲しいと言って女将は去って行った。


「分からないこと……布団も押し入れも分からないな。それにこの部屋、ベッドがないぞ」

「ベッドはないけど、畳はある。この上に寝袋を出せば、それで寝ることはできそうだよ」

「そこは女将に聞きましょうよ。無知なことは悪いことじゃないわ。知らないのに聞かないことの方が悪いわよ」


 エリーザの言う通りだと思う。一息ついたら、妖精のことについても聞いておくことにしよう。問題が大きくなりそうなら、リリアには申し訳ないけど、ピーちゃんと同じように隠れて生活してもらうしかないな。

 部屋の中を確認すると、お風呂もしっかりとしたものがあった。ただし、宿屋なごみのような木の香りはしなかった。


「これがベッドの代わりじゃないのか? そうなるとこれが押し入れか」


 部屋の中の扉という扉を開けていたジルが何かを見つけたようである。近くに寄ってみると、紙でできた扉が横に移動していた。


「紙で作られた扉だなんて変わっているわね。隣の大陸ってだけでこれだけ文化が違うものなのね」

「これまでは海を渡るのは命がけの行為だったからね。もしかすると、これからは違って来るのかも知れないよ」


 一息ついた俺たちは港街の探索に出かけることにした。女将にベッドのことを聞くと、やはり先ほどのものがベッドの代わりらしい。女将は俺たちの大陸に布団が存在していないことに驚いていたが、今回は特別に俺たちが部屋にいない間に布団を敷いてくれるそうである。

 これであれをどのように使うかが分かるだろう。なんだか全てのことが新鮮に見えるな。


「あの、この国では妖精は珍しいのですか?」

「滅多に見かけることはないね。もしその姿を見ることができれば、願いがかなうって言われているよ」


 何それ初めて聞いたんだけど。リリアを見るとなぜか胸を張ってこちらを見返していた。どう言うことなの。まさかそんな伝説があるだなんて。


「本当なのリリア?」

「そうみたいね。きっとあたしの仲間がコッソリとお願いをかなえてあげたんじゃないの? ほら、借りていたものを返したりとか?」


 それってあれだよね。妖精がイタズラ目的で盗んだものを、盗まれた持ち主にそっと返しただけだよね? それってどうなのよ。喉までその言葉が出かかったが何とか飲み込んだ。真実を告げてリリアが落ち込む姿を見るのは忍びない。このまま妖精伝説が本物であるように仕向けておかないと。


 俺がアーダンたちを見ると、それを察してくれたのか三人ともうなずきを返してくれた。ありがたい。本当に良い仲間に恵まれたものだ。

 夕食は宿で食べることができるそうである。これで食堂を探す必要もなくなった。気兼ねなく街を探索することができるぞ。


「初めて見るものが結構あるわね。全部買っていたらキリがなさそうだわ」

「何に使うのか分からないものもたくさんあるね。どんな魔道具があるのか楽しみだな」

「ここでしか買えない怪しい魔道具があったりするのかしらね」


 そんなことを話ながら街の中を進んで行く。今回は初日なので、みんなでまとまって行動することにしている。そんな中、さっそく良い匂いがしてきた。


「お、あっちに屋台があるな。夕食までにはまだ時間があるから、ちょっと食べて行こうぜ」

「そうだな、行ってみよう。ついでに近くの街の話も聞いておこう」


 俺たちはジルが指差した方向へと向かって行った。そこには白いパンのようなものが置いてあった。パンとは違うところは湯気が上がっており、熱そうだということだ。


「いらっしゃい。見慣れない格好をしているな」

「隣の大陸から来ました。これは何ですか?」

「おお、良いところに目をつけた。これは肉まんだよ。こっちはあんまん。どっちもうまいぜ食べてみな!」


 おおう、なかなか押しが強そうである。それにおいしそうな匂いもしている。肉まんと言うからには、中に肉が入っているのだろう。肉まんを四人分頼んだ。

 半分に割ると、中から熱々の肉汁がこぼれ落ちた。


「あつあつ!」

「ハフハフ、これはうまいぞ。アーダン、今度作ってくれ」

「善処はする」


 よほどおいしかったのか、アーダンは真剣な表情で肉まんを食べていた。あの顔は何としてでもレシピを身につけようとしている顔だ。

 そんなアーダンを横目に、リリアにもちぎって食べさせた。


「あっつい! でもおいしい!」

「リリアもそろそろ食に目覚めて来たんじゃないの?」

「そうね。これまで食べ物を食べなくて損していたように思うわ。もっと色んなものを食べておけば良かったわ」

「まあ、外れもあるけどね」

「それもまた楽しみの一つよ」


 こうしてリリアと一緒に楽しむことができて本当にうれしい。ちょっと強引にでも一緒に食事をするように頼んで良かったと思う。


「あんまんは中に何が入っているのかしら? 名前からして『あん』が入っているんだろうけど、あんって何?」

「何だろうね?」


 主人に話を聞いてみると、あんと言うのは小豆から作られたものだそうである。小豆とは何ぞや? そのまま永遠と聞き続けることになりそうなので「そうなんですね」と言って話を区切った。


「どうやら知らない食材もあるみたいだな」

「そうだね」


 俺たちの話を聞いていたアーダンが考え込んでいる。これは行く先々で食べ歩きをすることになりそうだ。


「おっちゃん、スイレンから近い場所にある、海沿いの街を教えてくれないか?」

「そうだな……ここから東に海沿いに行くと、漁業が盛んなミズナがあるが……最近なんだか妙なんだよな」

「妙?」


 聞き返したジルの口角が早くも上がっている。何か事件の香りを感じたようである。冒険者としての血が騒いだのだろう。ジルではないが、俺も気になった。もしかすると、水の精霊絡みではなかろうか?


「出るんだよ」

「出る?」

「そうさ。お化けが出るらしい」

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